§2014ローマの旅 - その12 石棺
相変わらず,古代の石棺には魅せられ続けている.病膏肓という感じであろうか. |
今回も,ヴァティカン博物館,カピトリーニ博物館,ボルゲーゼ美術館,アルテンプス宮殿考古学博物館で浮彫付き古代石棺を相当数見ることができた.ただし,残念ながらヴァティカンでは,以前も見られたピオ・クレメンティーノ博物館とキアーラモンティ博物館は見ることができたが,相当数の傑作を展示していると思われる未見のグレゴリアーノ・プロファーノ博物館とエトルリア博物館は,閉館していて,今回も見ることができなかった.
ピオ・クレメンティーノ博物館やキアーラモンティ博物館は,石棺の形で展示されているものの他,浮彫部分がパネルとして展示されているものが多数ある.紹介作品を絞り込むのが大変なので,今回は石棺の形を保って展示されているものの中から幾つか紹介する.
眠る女性の石棺
この写真の石棺は,オリジナルに,この殆んど丸彫りの横たわる女性像の蓋があったのかどうか情報がないのでわからない.もし元々がこの組合せの石棺だったとしたら,女性像の人物が石棺に入っていたことになるが果たしてどうだろうか.
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写真:ピオ・クレメンティーノ博物館,八角形の中庭 |
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右腕には蛇が巻き付いていて,女性はそれを握っているように見える.
以前,ディオクレティアヌス浴場跡の考古学博物館で見ることができた「ジャニコロの偶像」に蛇が巻き付いていたのを思い出すが,東方密儀的な要素を持つ「死と再生」の呪術的意味を持っているのだろうか.
正面パネル部分に描かれているのは,竪琴,笛,シンバルなどの楽器を持った有翼の幼児たちで,類例についての知識がないので,本当のところは分からないが,ディオニュソス(バックス)の従者のような酔態にも見える.子どもたちの中でも,向かって左端は明らかに有翼なので,エロス(クピド)かプット―であろうか.ディオニュソスと関係があるかも知れないのなら,ここではエロス(クピド)の可能性が高いであろう.
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写真:カピトリーニ博物館 |
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上の写真の石棺は,素人目にも上下で違う材質に見えて,蓋と棺本体がオリジナルにこの組合せだったかどうかはわからない.
しかし,この材質の違いは,埋葬者の肖像を反映していると思われる蓋の部分は,埋葬に合わせて後から発注されたが,細かく浮彫彫刻が施された棺本体は,既製品と言うか,前以て造られていたものを購入することが多かったかも知れない(ジョン・ラウデン,益田朋幸(訳)『初期キリスト教美術・ビザンティン美術』岩波書店,2000,p.
48参照),ということで説明がつくかもしれない.
それでも,死後,数日で殆んど丸彫りに近い彫刻ができるとも思えないので,疑問は残る.芸術的に高水準かどうかはわからないが,上の彫刻もそれなりに意匠を凝らしたものである.
イルカ型の肘掛を両端にした背もたれのある長椅子に横たわった女性の腰のあたりに,頭部が欠損しているが犬と思われる小動物がいて,女性は右手に,花のついた茎か果実のついた枝のようなものを2本持っている.紐のついた装飾品のようにも見えるので,小動物が犬でなく猫なら,猫じゃらしのようなものかも知れない.
写真では分かりにくいが,頭の横に,鳩のような鳥を抱いた幼児(首は取れている)がいて,幸福だった家庭生活を思わせる.幼児がこの女性の子なら,若い女性の石棺ということになるだろうか.横たわる女性の頭の横に有翼の幼児がいる,似たような作品もあったので,エロス(クピド)の可能性もあるだろう.
棺本体の浮彫に目をやると,中央(向かって)右側の兜を被った女性は女神アテナ(ラテン語でミネルウァ)で間違いないと思うが,中央左の腰かけた男性は,アテナの前で坐っていることを考えると,ゼウス(ローマではユピテル)くらいしか思いつかない.だとしたら,彼の膝の上にいる幼児,またアテナの前にいる少年は誰だろうとの疑問を抱く.前者はガニュメデスかも知れない.
ゼウス(ユピテル)のさらに左側に,上体を起こして横たわっている女性は「豊饒の角」(コルヌコピア)を持っている.
コルヌコピアとの関連で思いつく神は,男性なら河神アケロオスとヘラクレス,富の神プルートスだが,女性だとゼウスを育てたアマルテイア,大地の女神ガイア(ローマでテッラもしくはテッルース),ヘルメス(ローマでメルクリウス)の母マイア,運の女神ティケー(ローマではフォルトゥーナ),ローマ神話では,平和の女神パックス,豊饒の女神アブンダンティア,収穫の女神アンノーナなどが考えられる.
しかし,ゼウス(ユピテル)の傍らにいて,さらに左には鍛冶仕事をしている男性が2人いて,その一人がペパイストス(ローマではウルカヌス)とすれば,その母であり,ゼウスの妃であるヘラ(ローマではユノー)であろうと思われる.
ストリジラトゥーラの石棺
これまでも,S字カーヴの左右対称連続模様であるストリジラトゥーラの石棺の相当数見てきたが,今回も精緻にカーヴが彫り込まれた石棺を見ることができた.
下の写真は,八角形の中庭で雨ざらしの状態で展示されている石棺だ.カーヴ中央の人物は,摩耗もあって大人か子供かはっきりしないが,被埋葬者なら,石棺のサイズからして大人であろうし,何らかの象徴か寓意なら,子供が描かれている可能性もある.
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写真:ピオ・クレメンティーノ博物館,八角形の中庭 |
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両端のライオンの頭部の装飾が目をひく.鼻輪をしており,ノッカーなどではよく見るタイプだが,石棺にこれが使われている類例があるのか,自分でも今まで見たことがあるのか,思い出せない.初めてではないような印象だが,マッシモ宮殿の博物館で見た,舟の装飾のプロトメーなどを想起しているのかもしれない.
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写真:カピトリーニ博物館 |
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上の写真は「蓋」が彫刻ではなく,浮彫のタイプの石棺だ.一見,左右対称に浮彫が施されているように見えるが,よく見ると,向かって左はヒッポカンポス(海馬)だが,右は別の海獣のようである.
本体部分は,ストリジラトゥーラに囲まれた中央に,書物を手にした男性と,話しかける女性が描かれている.例えば,前8世紀の教訓詩人ヘシオドスに霊感を吹き込むムーサ(詩神)のようにも見えるが,確信はない.
海と舟が描かれた石棺
下の写真の石棺の中央の円をクリペウムと言う.中に描かれている女性は,被埋葬者であろう.このパネルもあるいは既製品で,クリペウムの中の後被埋葬者の姿だけ,没後に彫られたものかもしれない.
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写真:カピトリーニ博物館 |
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クリペウムを支えている角の生えた2柱の神は,下半身が魚の海獣の姿をしていて,その両脇は海の女神であろう.最下部は小舟の浮かぶ海であり,櫂を漕いでいるのは,はっきりは分からないが有翼の子供のようにも見える.
クリペウムとその下の小舟を中心として,ほぼ左右対称だが,両側に2人ずついる女性のうち外側の2人が,向かって右側は後ろ向き,左側は前向きで何かを手に持ち,構図にひねりを与えている.
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写真:
幼児の石棺
キアーラモンティ博物館 |
幼児が浮き彫りになっている石棺は多いが,上の写真のものは,石棺自体が小さいので,被埋葬者も幼児であろう.目にする部分だけで3艘の小舟が波に浮かび,幼児が櫂を握っている.向かって左端は有翼なので,エロスかプットーであろう.
最初に紹介した石棺もそうだが,エロス(クピド)あるいはプットーの浮彫のある石棺はあちらこちらで見かける.

写真:女子と男子の遊びの様子を活写した石棺 キアーラモンティ博物館 |
幼児の浮彫の石棺をもう一つ紹介する.この石棺は小さくないので,被埋葬者は幼児ではないであろう.であれば,被埋葬者とは無関係の,当時の風俗を彫り込んだ既製品であろうか.向かって右側が男子,左側が女子だが,いずれも地面の石を用いて何かをしているように見える.
石棺については,魅せられ続けてはいるが,知らないことばかりだ.工房で既製品を購入することが多かったかも知れないことなど,今回もまた新たな知識を仕入れたが,浮彫の鑑賞,モチーフや形状の分析にもさらなる勉強が必要だろう.
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ラファエロの眠る 飾り気のない棺
パンテオンにて
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