フィレンツェだより
2007年6月1日


 




ゴルドーニ劇場



§バロック・オペラ「ダフネ」

ゴルドーニ劇場でバロック・オペラ「ダフネ」を見た.


 原作は古代ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』第1巻で,オッターヴィオ・リヌッチーニの台本に,音楽はマルコ・ダ・ガリアーノとある.

 リヌッチーニは最古のオペラ「ダフネ」の台本作家で,確かこれにヤーコポ・ペーリが作曲したのが「最古のオペラ」とされ,その上演が1590年代のフィレンツェであったことはよく知られている(1598年にコルシ宮殿で上演とフィレンツェ歌劇場の広報誌にはある).

 この作品は失われたが,同じくリヌッチーニの台本にペーリが作曲し,1600年にやはりフィレンツェで上演された「エウリディーチェ」が「現存する最古のオペラ」であることも,多くの参考書から知ることができる.

 マルコ・ダ・ガリアーノは1582年フィレンツェに生まれ,1643年に死んだ音楽家で,1608年に作曲された彼の「ダフネ」は,マントヴァのゴンザーガ家の宮廷で上演された.フィレンツェ帰国後,ガリアーノはメディチ家の宮廷楽師長を35年間務めたそうだ.



 ガリアーノの「ダフネ」は,マントヴァ侯ヴィンチェンツォの息子フランチェスコ(後のフランチェスコ4世)とサヴォイア家のマルゲリータの婚礼を祝うための作品だったようだ.

 上述のペーリの「エウリディーチェ」は,フランス王アンリ4世とメディチ家のマリア(マリー・ド・メディシス)の婚礼を祝って,ピッティ宮殿で上演されたらしいが,その際には,上演の目的上,結末をハッピーエンディングに変えている.

同様に婚礼を祝って上演されたガリアーノの作品の結末は「めでたしめでたし」ではないが,それで良かったのだろうか.


 他の作品にも見られるであろう「愛の神の勝利」というモティーフが重視されたのだろうか.

 現在では同時代人のモンテヴェルディ(1567-1643)に比べると評価に雲泥の差があるかも知れないが,当時は有名な音楽家だったということだろう.いずれにせよフィレンツェの音楽史に燦然と輝く人物の一人のようだ.

 私のイタリア音楽に関する知識は,パレストリーナとモンテヴェルディが好きという程度なので,彼については全く知らなかった.モンテヴェルディの方が先に生まれたが,死んだのは同じ年のようだ.モンテヴェルディは後にはヴェネツィアで活躍するが,ゴンザーガ家に仕えて,1607年にマントヴァで現存する傑作オペラ「オルフェーオ」を上演している.影響関係がどうなっていて,何か個人的なつながりがあったのかどうか,誰か詳しい人に教えを請いたいものだ.



 曲も器楽演奏も良かった.指揮者のガブリエル・ガッリードは自らタンバリンを奏する熱の入れ方だった.

 歌手は様々だが,牧人ティルシを歌ったフランソワという名前なのでフランス人だろうからジェスローと読むのだと思うが,この人がギリシア悲劇でいう「知らせの者」(ギリシア語でアンゲロス,ラテン語でヌーンティウスというが,パンフレットにはイタリア語でヌンツィオと書いてあった)の役を果たす場面が熱唱だった.アポロに迫られたダフネが月桂樹に変身する場面を「知らせの者」に語らせる手法だ.

 アポロは若々しく美しい神で,だからこそ,その熱愛が報われない所に「恋の不条理」が説得力を持つのだが,今日アポロの役をやった歌手は若くも美しくもなかった.

 そもそも演出がそうなっていなかった.おそらく,病院になっている修道院が舞台で,ニンフは看護役の修道女たち,牧人たちは入院患者,愛の神(アモーレ)は入院中に周囲を困らせているいたずら者の少年,ヴィーナス(ヴェーネレ)は退院する彼を迎えに来る母親,ティルシは(自信はないが多分)修道院長,アポロはその病院の医者という設定になっていて,中年の医者が若い修道女に懸想して,むりやり迫って,そのあげくに死なせてしまうというストーリーが読み取れた.

最後近くに,囚人とも思える姿で出てきたアポロが嘆きの歌を歌うが,歌詞とのギャップが大きいように思われた.


 とはいえ,音楽が良いので楽しめた.演出家はやりすぎだと思うが,わかりにくくはなかったし,まあ,ありがちな演出なので,限られた予算内でそれなりに工夫したということなのだと思う.歌手には特に不満はなかったし,器楽演奏はかなりのレヴェルだと思う.何と言っても劇場と座席が良かった.

 ゴルドーニ劇場はこじんまりとした劇場で,平土間を囲むようにボックス席(小部屋)があり,それが4階まであった.私たちのボックスは4階で,椅子は3つあったが,客は私たちだけだったので2人でゆっくり楽しめた.天井がすぐ近くだったが,舞台も字幕もよく見え,たいへん良い体験をさせてもらった.

 下の写真はデジカメを持っていかなかったので,開演前に携帯電話の機能で写した.画質は悪いが,雰囲気だけでも伝われば良いと思って載せる.

写真:
4階ボックス席から


 カルロ・ゴルドーニは18世紀の劇作家で,確かヴェネツィアの出身だったと思うが,フィレンツェになぜゴルドーニ劇場があるのかは今のところ私にはわからない.それどころかカッライア橋の北側の袂にはゴルドーニ広場があり,大きな彫像(下の写真)まである.イタリアが生んだ偉大な劇作家だからだろうか.

 確か岩波文庫に翻訳が1つあったし,彼の原作がよく喜劇オペラになったようだ.私が見たことがあるのは,スカイパーフェクTVで放映されたガルッピの「田舎の哲学者」だけだが,これは音楽が良くて素晴らしいオペラだった.





アルノ川に向かって
すっくと立つ
ゴルドーニの像