フィレンツェだより
2007年5月24日


 




わが家のお気に入り
豆のケーキ



§日常生活の構築

こちらに来てから,ともかく野菜がうまい.


 フィノッキ(茴香),ルーコラ(伊和中辞典には「ヨーロッパ産のサラダ用野菜」とある),ズッキーニなど,日本では(少なくとも私は)食べないものをはじめとして,どれもうまい.

 一方,パンとの相性は今ひとつだと思っていた.

 しかし,ついに中央市場で,うまい(少なくとも私たちと相性が良い)パンを売る店を見つけた.この店のセーガレ(ライ麦パン)が私たちのお気に入りである.この店はドルチェ(お菓子)もうまい.上の写真はその店で買った,見た目は地味だが,大変美味なケーキである.


散髪に行く
 まもなく滞在2か月,だいぶ薄くなったとはいえ髪の毛は伸びるので,何とか床屋に行くことが課題だった.エッセルンガに行く途中,サンガッロ通りからリベルタ広場に出るところに,良さそうな理髪店あるのはだいぶ前からチェックしていた.

写真:
目をつけていた理髪店


 イタリア語で散髪の注文をつける自信がないのこともあって,逡巡していたが,連日34度の猛暑だし,これから夏に向かって髪は短い方が良いので,勇気を出して行ってみた.

 いかにも老職人という感じの店主で,好感が持てた.来たばかりの日本人で,イタリア語ではうまく説明できないと言ったら,大丈夫と言ってくれたので,ともかくお願いすることにした.

 鋏を小気味良く使う懐かしい感じのやり方で,仕上がりは写真のようだった.私は気に入っている.髪が短いと楽だ.こちらの注文は全部聞いてもらえた(ような気がする).薄くなった所も上手に隠してくれたと思うがどうだろうか.

写真:
しっかり短く
自然な仕上がり


 洗髪込みで33ユーロと日本に比べてやや高いようには思えるが,ヴィンチェンツォ翁の鋏さばきに感謝したい.写真ではわかりにくいが,店の入口脇には日本と同じ,赤,青,白の渦がぐるぐる回っている.

 ご主人が愛想で「暑いね」と言ったので,返答に窮し,「5月のフィレンツェはいつもこんなに暑いのですか」と聞くと,「例外的だ」(エッチェツィオナーレ)と言ったような気がした.英語のexceptionalだろう,多分.基本的な語彙もまだまだおさえられていない.本当にそう言ったのかどうか自信がない.



 イタリアではほとんどの店は朝早く開くが,昼休みを取る.たいていの店は時計の絵入りで「時間割」や「時刻表」と同じ語のオラーリオと書いた紙を貼って営業時間を示している.ヴィンチェンツォ翁の店は1時から4時まで昼休みで,着いたのは3時半で,まだ昼休み中だった.

 床屋の向かいに,小さいが,内容充実が予想される店構えの古本屋があるのを前から目をつけていて,こちらはもう開いていたので,入れてもらった.

写真:
目をつけていた古本屋


 老主人に「ブォン・ジョールノ」と言ったら,「ブォーナ・セーラ」と言われた.いつも言い間違えるのだが,こちらは昼休みが終わったら夕方でなくてもそう言うんだったな,と思い,「ブォーナ・セーラ」と言い直すと「ウグァーレ」と言われた.英語のequalと同じ語源の語なので,「おんなじだから気にしなくても良い」というようなニュアンスだろうか.

 先日,古代庭園展を見に行ったとき,写真を撮っていて係員に注意された人が「フラッシュは焚いていない」と反論して,「ウグァーレ」と言われていた.「同じことだから,やめなさい」ということだろうか.

 古典文学の棚が見つからず,「ギリシア・ラテン文学の本はないか」と聞くと,梯子を使って,文学史の教科書を出してくれた.さらにギリシア語の辞典を出して,語源と説明が詳しいと薦めてくれた.「古典文学の作家たちの作品が見たい」と言うと,イタリア語使い始めの私たちがよく使う句である「オ・カピート」(分った)と言い,古典文学の作品がそこそこある棚を見せて,1冊1冊説明してくれた.

 魅力的な本が他にもあったが,何せ今日は予定外だし,財政を取り仕切る妻同伴ではないので,BURのシリーズのアリストパネス『福の神』,プラトン『書簡集』,ルキアノス『本当の話』と,ミラノのガルザンティ書店から出ているBURとは別の対訳シリーズ(もとはボローニャで1982年に出版された本らしい)のアプレイウス『魔術論』,いかにも中高生が使いそうな教科書版のカエサル『ガリア戦記』とサルスティウス『カティリーナ戦争』を買った.

 ルキアノスに老店主が反応して,「偉大な作家だ」と演説を始めた.私のイタリア語力ではほとんど理解できないので,聞き取れて,自分も納得したところだけ頷きながら,拝聴した.

 ひとしきり演説が終わったところで,近くに住んでいるので,また買いに来ると言うと,ちょっと来いと言って,カーテンの裏を見せてくれた.BURのシリーズがたくさんあった.廉価と使いやすさが売りの一般的な本なので,「古書」ではないが,私にはこれを安く売ってくれるだけでも宝の山に思えた.

 ふと見るとセネカの『メデア/パエドラ』があったので,この本は今ほしいと言って買った.全部で25ユーロ.支払いを済ませたら丁度4時になったので,床屋さんに行った.

 初老以下の人は日本人と見ると,まず英語で話しかけてくれるが,今日は英語をまったく使わない世代の人2人と何とかコミュニケーションできて,良い経験になった.床屋さんも古本屋さんも,もちろんまた行くつもりだ.

写真:
予定外に購入した本



科学史博物館のイベント
 科学史博物館で17世紀風の格好した人が説明してくれて,入場無料のおもしろい企画がある,と電話で教えていただいた.夜の9時からだったので,夕食後,散歩がてらウフィッツィ美術館の隣にある建物(カステッラーニ宮)に向かった.

写真:
アルノ河畔の
科学史博物館


 メディチ家とロレーナ家のコレクションをもとにしており,ガリレオ・ガリレイの望遠鏡のみならず,様々な分野の実験器具,渾天儀,世界地図などおもしろいものが多かっただけでなく,その精密さに驚いた.科学の発達の下支えになったものを見ることができたように思えた.

 17,18世紀風の宮廷装束姿の女性がヴァイオリンを弾いていたり,同じく鬘と装束を着用した学芸員と思われる男性が額に汗を流しながら,加速度の実験の説明に熱弁をふるったり,すばらしい企画だった.

 ガラス管と水銀で真空をつくる「トリチェリの実験」で有名なトリチェリ(エヴァンジェリスタ・トッリチェッリ)がガリレオの弟子だそうで,たくさん掲げられた肖像画の中で知っている人はごく僅かだったが,科学というものも人間的営為の中から生まれたのだなと思った.

 私たちのような文系人間でも小学生の時の理科の実験は好きだったという人は多いのではなかろうか.実験器具の展示は懐かしいという気持ちを抱かせてくれた.

宮廷装束姿の男性たちはストッキングがよく似合っていたが,大きな体に脛が細長くないと様にならないことがよくわかる.


 アルノ川に映るヴェッキオ橋や,ライトアップされたサン・ミニアート・アル・モンテ教会が印象に残る夜景もまた良かった.土曜日にやって好評だったので,もう一度やることになったということらしい.これも「文化週間」の恩恵ということになる.





科学史博物館
特別企画のポスター