§巡礼街道の旅 - その15 聖ヤコブ像
サンティアゴ巡礼の道をたどる旅だったので,当然ではあるが,聖ヤコブの像を見る機会はたくさんあった. |
事前に知識があって,最も見たいと思っていたのは,サンティアゴ大聖堂の栄光の門の中央の柱に彫られている「聖ヤコブ」像だ.同日中に時間を変えて,しつこく3度も大聖堂を拝観したおかげで,3度目に修復中の覆いが外されていて,観ることができた(下の写真).
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写真: 「聖ヤコブ」像
サンティアゴ・デ・コンポステーラ
大聖堂 栄光の門 |
頬の部分に彩色が残っていて,顔が赤銅色に見える.まるで仏像のようだ.良い表情だ.上のタンパンにキリストがいるのだが,これは今回観ることはできなかった.
聖ヤコブが彫刻,絵画等に表現される場合のタイプとして,
1.使徒・司教型
2.巡礼者型(サンティアゴ・ペレグリノス)
3.戦士型(サンティアゴ・マタモロス)
があるらしいことは,以前整理した.書物と司教杖が,使徒・司教型のアトリビュートだとすれば,栄光の門のこの彫刻も,あるいはこのタイプかと思われる.
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写真: 「聖ヤコブ」像
サンティアゴ・デ・コンポステーラ
大聖堂 プラテリアス門 |
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現在はプラテリアス門にあるこのヤコブ像は,本来は他の場所にあったとされる.通常,殉教聖人は,その栄光を示す棕櫚の枝を手にしているが,ここではその代わりに両側に棕櫚の木が彫りこまれている(写真ではカット).
踏みつけている怪物はドラゴンなどではなく,「邪鬼」のように見えるので,これもまた仏像のような感じがしないでもない.光輪と背景に文字が見え,かろうじて「ヤコブス」と言うラテン語名が読み取れる.書物を持っているので,これも使徒・司教型であろう.
巡礼者型(サンティアゴ・ペレグリノス)
トップに掲げた巡礼型の聖ヤコブは,スペイン・ルネサンスの巨匠ヒル・デ・シロエの作品で,ミラフローレス修道院の付属博物館で見ることができた.瓢箪の下がった巡礼の杖,つば広の帽子,用語は適切ではないかもしれないが,頭陀袋を思わせる肩掛けの袋など,ほぼ完璧な巡礼型の特徴を示している.
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写真: 「聖ヤコブ」像
サンティアゴ・デ・コンポステーラ
大聖堂 聖なる門
ペドロ・ドカンポ作(1694年) |
サンティアゴ・デ・コンポステーラの「聖なる門」の上部に飾られた彫刻は,ペドロ・ドカンポと言う作家の名前が伝わっている.なかなかの作品だと思うが,今のところラフエンテの著書以外から情報が得られない.
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写真: 「聖ヤコブ」像
ロンセスバジェス |
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上の写真はロンセスバジェスの参事会教会で撮ったものだ.これが,瓢箪の下がった杖,帆立貝が正面に貼り付けられているつば広の帽子を被った聖ヤコブとの最初の出会いであったかもしれない.バロック風のレタブロ装飾の中央に置かれ,側廊の小さな礼拝堂にあったが,
Fermin Miranda Garcia / Eloisa Ramirez Vaquero, Roncesvalles, Govierno
de Navarra, 2010(アクセント記号省略,1993年初版の第2版)
に情報も写真もない.
それに比べると,プエンテ・ラ・レイナのサンティアゴ教会で撮った下の写真の聖ヤコブは,14世紀のゴシック彫刻と言う説明が本当なら,貴重なものであろう.
Jose Maria Jimero Jurio, Puente la Reina: Confluencia de Rutas Jacobeas,
Govierono de Navarra, 1999(アクセント記号等省略)
に拠れば,「サンティアゴ・ベルツァ」と称される.「ベルツァ」は「黒い」と言う意味のバスク語で,バスクのナショナリズムを象徴することもある「黒鷲」と言う語(アラノ・ベルツァ)にも用いられている.
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写真:
プテンテ・ラ・レイナ
サンティアゴ教会
「ナバラのサンティアゴ」
(サンティアゴ・「ベルツァ」) |
「黒い聖母」は南仏からカタルーニャに見られ,尊崇を集めているマリア像の総称(田中仁彦『黒マリアの謎』岩波書店,1993など参照)で,私たちもバルセロナ近郊のモンセラット,中部フランスのロカマドゥールで見ているが,「黒いヤコブ」は果たして,他に類例があるのかどうかわからない.
この彫像は比較的有名なものであるらしく,ロンセスバジェスのサンティアゴ教会の堂内には,この像のコピーが祀られている.上記の『ロンセスバジェス』に,その写真が掲載されていた.自分の撮った写真も確認してみたが,閉まっている扉の小さな窓から暗い内部を撮ったものなので,アラバスターの窓から射す光を受けて,黒くぼんやりその姿が写っているのがそれであろうと想像できるだけだった.
柳宗玄(本文)/赤地経夫(写真)『世界の聖域16 サンティアゴの巡礼路』講談社,1980
にも,白黒だが,オリジナルの方の写真が掲載(p.20,16世紀頃のキャプション有)されている.
この像は書物を持っているので,杖が司教杖であれば,使徒・司教型とも言えるかも知れないが,瓢箪こそ下がっていないものの,杖は巡礼型の聖ヤコブやその他の巡礼たちが持っていることが多いタイプのように見えるし,帆立貝が前面に貼り付いた帽子を被っているので,やはりサンティアゴ・ペレグリノスであろう.
戦士型(サンティアゴ・マタモロス)
今回の旅で,サンティアゴ・マタモロスとの最初の出会いは,パンプローナの大聖堂の右側廊のレタブロ(祭壇衝立)の最上部にある彩色木彫であった.
これについては西語版ウィキペディアの「パンプローナ大聖堂」の中で写真が紹介されており,その説明に拠れば,1683年に作成されたバロック様式のレタブロで,置かれている礼拝堂はサンタ・カタリナ礼拝堂とのことだ.普段なら写真OKなのに,ミサの最中だったので,撮影できず残念に思ったが,サンティアゴ・マタモロスの像は,この後たくさん見ることができた.
下の写真はブルゴスの大聖堂の博物館で撮ったもので,彩色は華やかだが,それだけに血腥いように思え,私たちのイメージする「聖人」の姿にふさわしいとは思えない.
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写真: 「聖ヤコブ」像
ブルゴスの大聖堂
博物館のレタブロ中央 |
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サンティアゴ巡礼への興味は,2008年にボローニャの国立絵画館のプセウド・ヤコピーノ作とされる剥離フレスコ画「白馬に跨って疾駆する聖ヤコブ」を見たことから始まった.この絵は間違いなくサンティアゴ・マタモロスであっただろうが,蹴散らされているイスラム教徒がいなかった(と思う)分,心安らかに見ることができた(ような気がする).
博物館のレタブロは,最上部にはおそらく聖母被昇天の像があり,両脇は女性の聖人たち,最下部は聖遺物を置く場所に見える.レタブロの中央部にサンティアゴ・マタモロスがいるのは珍しく思えた.このレタブロはバロック以降の新しいものだと思うが,今のところ情報がない.
ブルゴス大聖堂では,堂内のサンタ・テクラ礼拝堂に,チュリゲラ様式とされる豪華絢爛たるレタブロ(17世紀)があり,この最上部にもサンティアゴ・マタモロスの彫像がある.
サンタ・アンナ礼拝堂の石造墓碑がレタブロのようになっており,その最上部にもサンティアゴ・マタモロスの石像がある.サン・グレゴリオ礼拝堂の鉄柵上部にも材料はわからないが彩色されたサンティアゴ・マタモロスがいた.
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写真: 「聖ヤコブ」像
レオンのパラドール
ファサード上部 |
石造のサンティアゴ・マタモロスは,巡礼地の歴史的建造物の外側を飾るものとして,諸方に見られるかもしれない.私が見たところでは,レオンでは,パラドールのファサード上部の浮彫,サンティアゴ・デ・コンポステーラでは,オブラドイロ広場の大聖堂の真向いに建っているラホイ宮殿正面の最上部,大聖堂とアサバチェリア門と,インマクラーダ広場を挟んだ向かい側のサン・マルティン・ピナリオ修道院の正面最上部に丸彫彫像などが目を引いた.
レオンのサン・イシドーロ聖堂の「仔羊の門」上部には,騎馬で司教姿の聖イシドルスの丸彫彫像があった.サン・イシドーロ・マタモロスとでも言うのだろうかと思ったが,サン・イシドーロ・ア・カバロス(馬上の聖イシドロス)と呼ぶようだ.聖ヤコブのイメージは反映されているようで,レコンキスタに関係づけられてはいるものの,ムーア人(イスラム教徒)を殺しているわけではなさそうだ.
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写真: 「聖ヤコブ」像
サンティアゴ・デ・コンポステーラ
大聖堂 サンタ・カタリナ礼拝堂
ガンビーノ作(18世紀) |
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ただでさえ,血腥いイメージを拭い去れないサンティアゴ・マタモロスであるが,サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂のアサバチェリア門から入って,短い階段を降りたすぐ右側のサンタ・カタリナ礼拝堂の彩色彫像(上の写真)は新しいだけにリアルで,一層生々しい.
最近のイスラム過激派によるテロを意識してか,騎馬像の下部は花で隠されているが,『芸術新潮』の「生きている中世 スペイン巡礼の旅」特集号掲載(p.63)の写真で見るとおり,聖ヤコブの刃に倒れたイスラム教徒たちが馬蹄の下に踏みつけられている.
宗教行事の行列で担がれる彫像の一つらしく,芸術作品と言うよりは,言葉は悪いが実用品のようにも見える.ただ,サンティアゴ大聖堂に入って初めて見た造形作品だったので,多分,生涯忘れられないイメージが残ったと思う.異教徒の私には,しんどいイメージである.
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エルグレコの描いた大ヤコブ
アストゥリアス美術館
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