フィレンツェだより
2007年5月5日


 




丘の上
サン・ミニアート・アル・モンテ教会



§5月のフィレンツェ

しばらく雨が続いている.今朝も起きたら雨で,午前中ずっと降り続いていたが,午後になって日が出たので,今度こそ上がったと思って,洗濯物を干して外出することにした.


 5月はミケランジェロ広場にアヤメ(イーリス/アイリス)園が開園している.この季節だけのものなので,早めに行きたいと思っていたが,連日の雨で思うようにいかなかった.

写真:
雨上がりのアルノ川
川面に厚い雲が映っていた


 途中,橋を渡る時に,連日の雨で増水したかも知れないアルノ川の様子を見てみたいと思った.1966年に起こったアルノ川の洪水の話は有名だ.

 橋の上から見ると水量は思ったほどではなかった.

アヤメ園の入口で


 ミケランジェロ広場まで登り,アヤメ園を探して入った.愛好者たちが丹精したのがよくわかるすばらしい花ぞろいだったが,雨の影響で,もう盛りは過ぎていた.

 丘の斜面を利用した園内は,オリーヴなどの木々の間を鳥が飛び交い,池には鯉,めだか,蛙がいる牧歌的な心安らぐ空間だ.

 アヤメに見とれていたら,自らも愛好者でアヤメを育ているらしい年配の女性が妻に英語で話しかけてきて,ひとしきり薀蓄をかたむけた.いやみのない好感の持てる話に聞きほれた.

 イーリスはギリシア神話では,神々の女王ヘラ(ヘーラー)の使いで,古代ギリシア語では「虹」をも意味する.今日は雨上がりでも虹は見られなかったが,七色以上のアヤメを堪能した.



写真:
激しい雨に打たれたアヤメの野


雨の雫が残っていた



サン・ミニアート・アル・モンテ教会
  ミケランジェロ広場をさらに登るとサン・ミニアート・アル・モンテ教会がある.いつか行ってみたいと思っていた.この教会も素晴らしかった.フレスコ画や祭壇画は必ずしも有名な作家のものではないようだが,訴える力に満ちている.

 ガイドブックに載っているファサードの写真は,きれいだが安っぽく見えることが多いように思える.実際には丘を登って見える姿も美しいし,ふもとのアルノ川沿いから仰ぎ見ても,控えめだが白く輝いている.

写真:
サン・ミニアート・アル・モンテ教会
ファサードの前で


 2層構造のファサード上部には「聖母マリアと聖ミニアートの間にいる玉座のキリスト」のモザイク画の背景が金色に輝いている.12世紀の作品だそうだ.

 教会の名のもとになっている,ミニアートという聖人は4世紀にこの地で殉教した人物とのことだが,詳しいことは私にはわからない.ファサードの右側に見えるの城のような建物は司教館で,13世紀のものとのことである.

 ファサードの最上部には十字架ではなく,後援者だった商人ギルド(カリマラ組合)の象徴である「黄金の鷲」が置かれている.

 現役の教会で,拝観料はないが,静粛(silentiumシレンティウムとラテン語が書いてあった)を求められるし,写真は厳禁だ(後日:フラッシュを焚かなければ撮っても良いようだが,この時はそう思えた).薄暗いというよりは,真っ暗に近い堂内に入ると,ひんやりとした空気に包まれ,緊張を強いられる.フレスコ画の古さに驚く.

 堂内は3つの部分に別れていて,ガイドブック(『最新完全版ガイドブック フィレンツェ』)に「地下祭室」とある少し低くなった部分は暗くてよくわからなかったが,そこにある信者のための椅子に,少しのあいだ腰掛けさせてもらっているうちに目がかなり慣れた.

 「階上の内陣」奥の丸天井の大きな「聖母と聖ミニアートの間にいる玉座キリストと4人の福音史家の象徴」のモザイク画は,1260年頃のもので,作者はわからないらしいが,先日サン・ジョヴァンニ洗礼堂で見た巨大なキリスト像を思わせる.絵の巧拙はわからないが,圧倒的迫力だし,図像的にも「福音史家の象徴」がおもしろかった.

 階上の内陣から行く聖具室は,1ユーロの喜捨を求められるが,もちろん払うにやぶさかではない.そこにはスピネッロ・アレティーノという画家による「聖ベネディクトの生涯」の連作フレスコ画があり,これは保存が良く,絵もわかりやすかった.同じ作家による「4人の福音史家」の天井画も印象に残る.14世紀後半のものらしい.

 「主要階」にあるフレスコ画では,アレクサンドリアの聖カテリーナ,大天使ミカエル,洗礼者ヨハネ,聖レパラータ,聖ゼノビウス(サン・ザノービ),聖ベネディクトを描いたピエトロ・ネッリのものが素晴らしい.アーニョロ・ガッディの祭壇画も古雅で見応えがある.

 ロッビア一族やロッビア風のテラコッタ(彩色陶板/彩釉テラコッタ)も見逃せない.また,ポルトガル人枢機卿の礼拝堂には見知った絵があったが,アントーニオとピエーロ・デル・ポッライウォーロの作品のコピーで,オリジナルは先日ウフィッツィ美術館で見たので,覚えていたのかも知れない.

怪物や動物の細工がおもしろいのもこの教会の特徴と言えるだろう.


 大理石の説教壇に彫り込まれた鷲と人と猫のような動物からなる柱状の彫刻がおもしろく,これは教会の外にある売店で英語版ガイドブック(それによれば「猫」ではなくライオンで,「人」は修道士とのことだ)とともに絵葉書を購入した.

 この教会には多くの有名人が葬られているとのことで,英語版ガイドブックには名前が列挙してあるが,私が知っているのは,カルロ・ロレンズィーニだけだ.ピノッキオの生みの親コッローディの本名だ.コッローディの墓はどこかはわからなかったが,心の中で手を合わせて帰ってきた.


サン・サルヴァトーレ・アル・モンテ教会
 ガイドブック『地球の歩き方 イタリア2007〜2008年度版』(ダイヤモンド社,2006)に拠れば,ミケランジェロが「美しいいなか娘」と称えた(?)というサン・サルヴァトーレ・アル・モンテ教会が近くにある.

写真:
サン・サルヴァトーレ・アル・モンテ教会


 この教会は,アルノ川沿いのふもとから見ても,サン・ミニアート・アル・モンテ教会と少し距離を置いて並んでよく見える.特に有名な作品などはないのかも知れないが,聖人たちのステンドグラスが美しく,古風な絵もかなり見られた.もちろんまず第一に祈りの場である.


市立バラ園
 ミケランジェロ広場からいつもの道を降りようとしたが,「バラ園」があって,5月と6月は開放されているのに気づいた.







写真:
睡蓮の咲く池

  「炎」という英語名のバラ

  バラ「レオナルド・ダ・ヴィンチ」


 様々なバラに見とれながら丘の斜面を街まで降りたが,途中に小さな日本庭園もあった.

 街に降りたところで,サン・ニッコロ・オルトラルノ教会の鐘が鳴った.植物園と教会の一日が終わり,アルノ川を渡り,ウフィッツィ美術館,シニョリーア広場,ドゥオーモの近くを通って帰宅した.少し雨が降ったようで,洗濯物は濡れていた.





バラ園
斜面の先にドゥオーモ