フィレンツェだより番外篇 |
![]() 剥離フレスコ「グリゼルダの物語」 パルマの君主が城の一室にボッカッチョ原作の物語を描かせた スフォルツァ城絵画館 |
§ミラノを歩く - その15 美術館・博物館篇5 ‐ ブレラ絵画館
サプライズが2つあった.一つはスピネッロ・アレティーノの「聖ラウレンティウスと洗礼者ヨハネ」があったことだ. 祭壇画の部分と思われるが,前回(昨年3月)には,この作品はなかった.購入したばかりの作品らしい.決してスピネッロが実力を発揮した作品とは思えないが,北イタリアを代表する美術館が,トスカーナのゴシック絵画を評価して,マーケットから買い上げたことに対して,作者のためにも,ブレラのためにも慶賀の意を表したい. 展示室ごとにある説明書にも,小さいが作品の写真も紹介している絵画館のHPにも,この作品に関する情報はまだない.もちろんブックショップで売っていた数種類の図録でも掲載されているものはなかった. もう一つのサプライズは,絵画館内の一角で,小特別展「芸術家たちの肖像画と自画像」が開催されていたことだ.フランスの画家シモン・ヴーエの「若い女性の肖像」が一押し作品だったようで,確かに良い作品だが,私としては,ジュリオ=チェーザレ・プロカッチーニの自画像が印象に残る.
![]() 1.レオナルデスキとその周辺の作品 2.ミラノのマニエリスム,バロックの絵画 であった.1に関しては,まずまず十分な鑑賞と学習ができた.しかし,2に関しては,勉強不足の状態で,たくさん見たので,消化不良の感は免れず,今後に課題を残した. ミラノ・ローカルを遥かに超えたコレクションを有するブレラだが,上記の2つの項目に関しても,豊富な作品群を蔵している.
![]() まるで教会の礼拝堂を再現したかのような第13室では,サンタ・マリーア・デッラ・パーチェ教会から移したルイーニの剥離フレスコ画が見られ,すばらしかった.全体として聖母の物語が中心だが,婚約者,夫としての聖ヨセフ(サン・ジュゼッペ)の存在感がこれらの作品の特徴だろう. 建物の2階部分で婚約したヨセフとマリアが並んで跪いて,神に感謝の祈りを捧げる場面,2人が並んで,まるで手を繋いで仲良く歩いているかのように見える部分,これらは他であまり見たことがなく,見る側の私に誤解があるかも知れないが,ほほえましい絵柄に見える. 「聖母の婚約」,「イエスの誕生」,「聖家族」,「エジプト逃避行」などの絵で老人に描かれることが圧倒的に多いヨセフだが,時には壮年のたくましい男性に描かれることもある.しかし,マリアと仲睦まじい様子が描かれることは,あまりないように思えるのだが,それを考えると,このルイーニの剥離フレスコ画は,随分貴重な作品に思われる.16世紀の初期という時代を考えると,けっこう大胆な絵柄と言えるかも知れない. ![]() あまり他で良い作品にが出会わなかったフェッラーリだが,この絵画館で見られるカンヴァスに移されたフレスコ画(「聖母の神殿奉献」,「三王礼拝」,「聖母被昇天」など),板に油彩の「聖カテリーナの殉教」は立派だ. マルコ・ドッジョーノの「三人の大天使と堕天使」も立派だ.ドッジョーノも良い作品になかなか出会わないので,貴重な作品だと思う. フォッパは「サンタ・マリーア・デッレ・グラーツィエ教会の多翼祭壇画」が見事だが,彼の場合は他でも傑作に出会うので,ブレラに最高傑作があるとは言えないだろう.
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![]() 第18室の作品は,16世紀の作品なので,時代的には,こちらがマニエリスムの作品と言えるだろうが,ポントルモ,ロッソ・フィオレンティーノ,パルミジャニーノのようなはっきりとした特徴の作品は少ないという印象を受ける. シモーネ・ペテルザーノの「ヴィーナスとキューピッドとサテュロスたち」は画風もマニエリスム的に見え,画題も宗教画ではないので,めずらしい絵が見られたような気がするが,記憶にない.図録にも写真がなく,今のところ,絵画館HPの小さな写真しか資料がないのが残念だ.次回の課題だ. サン・マウリツィオ教会で,祭壇画「キリスト降架」が印象に残る作品だったピアッツァ兄弟(マルティーノとカッリスト)のそれぞれの作品もあり,これらが見られるのは貴重な機会だ.アントーニオ・カンピとロマッツォの自画像もある.ヴィンツェンツォ・カンピの作品が少なくとも4点あるが,果物屋や魚屋の絵なのでこの時代の風俗を描いた資料的価値もあるかも知れない.
![]() この時代の画家の絵は,どれも技術が高く,綺麗にまとまっていてインパクトもあるが,この部屋の絵ではダニーエレ・クレスピの「最後の晩餐」がおもしろい.末席で,こちら側を向いて根性に満ちた顔で虚空を見つめているようなユダが良い.まったく視線があっていないが,よくみるとキリストはユダを指差している.よそで作品を見る限り,綺麗な絵を描けて,ミラノのバロックを代表する画家と言っても良いのに,わざとヘタウマな絵を描いているように思えるところが興味深い. この作品はロンバルディア州のブリアンツァ地方(現モンツァ・エ・ブリアンツァ県)のベネディクト会修道院にあったそうだ.何となくコミカルな感じのするこの絵を生真面目な修道士たちが食堂で見ていたのだろうか. 絵の上部に2人の天使がバナーを持っていて,そこには「天使たちのパンを人間が食べた」(パーネム・アンゲロールム・マンドゥカーウィト・ホモー)とある.「食べた」は「貪った」とも解せる.やはり,どこかで力が抜けるように描かれているように見える.イエスも,彼にもたれかかった若いヨハネも美しくは描かれていない.おもしろい「最後の晩餐」だ.
![]() 前回,修復中だったラファエロの「聖母の婚約」は修復が完了し,今度はクリヴェッリの「蝋燭の聖母子」がガラス張りの修復室に入っていた.
前回は食傷したと思ったヴェネツィア派の作品が思ったよりも少ないことがわかった.その上,彼らの実力を再認識できたのも今回の大きな収穫だった.巨匠たちは言うに及ばないが,特に今回,チーマの複数の作品が特に優れているように思えた.この画家には,ヴェネツィアのアカデミア美術館に行った時以来注目しているが,今後しっかりとフォローしていきたい. トスカーナ,ヴェネト,ロンバルディア,マルケ,エミリア・ロマーニャで活躍した画家たちのどの作品にも魅力がある.新しい作品では特にアイエツ(19世紀)とモランディ(20世紀)は私の好みにあう.
![]() 何が一番好きかと聞かれたら,迷わずピエロ・デッラ・フランチェスカの「サン・ベルナルディーノ教会の祭壇画」と答えることになるが,2番目の候補は数十点を数えるだろう.この美術館には,気力,体力の充実をはかった上で行った方が良い. |
![]() ミラノ滞在最後の日の朝 サン・サティーロ教会を背に |
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