フィレンツェだより番外篇
2008年9月18日



 




サン・ゼーノ・マッジョーレ聖堂
ヴェローナ



§ヴェローナ市内観光篇

「アイーダ」の翌日には,同じくアレーナで「カルメン」を見るというオプションがあった.ダニエル・オーレンの指揮で,ゼッフィレッリの演出,これはかなり魅力的に思えたが,結局申し込まなかった.体力を温存して,市内で見たいものを見ることに集中しようと思った.


 「カルメン」のオプションとは別に,午前中の半日市内観光が設定されていたが,これに参加するかどうかも迷った.予定されている観光ポイントは,どれも昨年自分たちで回ったところだし,そもそも駆け足で回って納得する観光ができるとは思えなかった.

 しかし,悩んだ末,この半日観光には参加することにした.サン・ゼーノ・マッジョーレ聖堂の見学が含まれていたからだ.サン・ゼーノは他の観光ポイントから少し離れたところにある.午前中に車で連れて行ってもらえば,午後の自由行動に余裕ができると踏んだ.聖堂前の広場でファサードを見るだけという情報もあったが,もしかしたら,堂内も拝観するのではと期待した.


プロフェッショナル
 結局,サン・ゼーノはファサードだけの見学だったが,別な意味で,この半日市内観光に参加したのは正解だった.まず,車でなければ行かないような市街周辺を回ってくれたのが良かった.次に,運転手さんはイタリア人だったが,ガイドさんが日本人で,この方のガイドが立派だった.

 一昨年の初めてのイタリア旅行は滞在型ツアーだったので,基本的に自由行動だったが,最初の日だけ徒歩による半日観光がついていて,ガイドさんに連れられて,バルベリーニ広場からフォロ・ロマーノの周辺を歩き,バスや地下鉄の乗り方を教えてもらった.お土産を買うと免税書類を簡単に作ってくれる三越ローマ店にも案内され,これも大変役に立った.

 ガイドの方は,ローマ在住歴の長い日本人女性で,統率力の点は見事なプロのガイドさんだったが,美術や歴史の説明に関しては「?」だった.まあ,聞く方もそれほど興味がないか,人によっては既に知っている可能性が高いので,それほど害はないかも知れないが,少しだけ,日本人ガイドさんへの敬意が薄れた.

 しかし,ヴェローナの日本人ガイドK さんは,本当のプロだった.段取りが良いだけでなく,説明も明晰,美術や歴史の知識も,もちろんこちらが知らないことが多いので,全部正しいかどうかはわからないが,ともかく説得力があった.

 ヴェローナの街路や建物の階段に使われている石のいたるところに,アンモナイトの大きな見事な化石が見られることも教えてもらった.

写真:
ふと目を落とすと,足元に
巨大なアンモナイト


 古代の建造物に使われていた石材が,場合によっては彫刻もそのままに中世以降の建物に再利用されていて,昨年ヴァレリオ・カトゥッロ通りで見た彫刻もそうしたものの一つであることも知った.

しかし,何と言っても勉強になったのは,古いフレスコ画によく見られる,満遍なくつけられた斑点のような傷の正体を知ったことだ.壁の模様替えをする際に,上塗りする漆喰が定着しやすいようにするためにつけられた疵だった.


 教会のフレスコ画だけでなく,建物の壁面を飾っていた絵も,時代や趣味が変わると上塗りされてしまう.しかし世界遺産になったおかげで,壁の修理その他で,下のフレスコ画が一旦発見されてしまうと,それを残さなければならない決まりになり,そのために,現在のヴェローナの旧市街では,古い壁画が見られるということなど,教えてもらわなければ,思いもよらなかったことだ.

 エルベ広場で見られる華やかな壁画ばかりでなく,狭い通りに建っている家の壁画にも,キリスト教的なものばかりでなく,地元出身の詩人カトゥルスや,ローマの思想家キケロの肖像もあったりして興味深かった.



詩人カトゥルスの肖像


キケロの肖像



「ルルドの聖母の聖所」
 旧市街の北,アーディジェ川の川向こうのサン・ジョルジョ・イン・ブライダ教会のさらに先にある丘に,教会のような大きな新しい建物がある.麓から見てもとても目立っていて,一体何だろうかと前回も思った.「ルルドの聖母の聖所」(サントゥアリオ・マドンナ・ディ・ルルド)というようだ.ここにも連れていってもらった.

 19世紀にフランスのスペイン国境地方にあるルルドの町で,少女の前に聖母が現れ,それが奇跡とされ,少女は修道院に入り,死後列聖された.ルルドには大聖堂が建ち,近くの洞窟から湧き出る泉によって治癒の奇跡が起こるとされ,世界中から巡礼者を集めている.

 K さんの話では,ヴェローナのマドンナ(下の写真)にも第2次大戦の際,爆撃で崩れ落ちた教会の瓦礫の中から無傷で発見されたという奇跡が伝えられているそうだ.奇跡の話は私たちにはわかりにくいが,ここからの眺望は素晴らしい.団体客も観光バスでやってくる.堂内からはお祈りの声も聞こえたので,間違いなく現役の信仰の場でもあるようだ.

写真:
ヴェローナのマドンナ


 その後,徒歩で,ブラ広場からアレーナの外観を見て,マッツィーニ通り(ヴィーア)とカヴール大通り(コルソ)の間にある小さな通りを巡り,ローマ時代の遺跡であるボルサーリ門をくぐって,その門の名前を冠した大通り(コルソ)をエルベ広場に向かった.

 途中興味深いものを幾つも見たし,何度も言うが,K さんのガイドがすばらしいので勉強になった.「ジュリエッタの家」の庭,シニョーリ広場を見学して,近くのリストランテで昼食をとり,そこで自由行動にしてもらった.


古代ローマ遺跡
 まず,南に向い,サン・フェルモ・マッジョーレ教会を再訪した.

 地下教会は今回は時間の都合で省略した.もしかしたら修復が終わっているかも知れないと少し期待したピザネッロの「受胎告知」は,やはり足場が組まれ,覆いがかけられていたが,トゥローネ・ディ・マクシオのフレスコ画その他をしっかり鑑賞した.

 サン・フェルモ・マッジョーレ教会を出ると,エルベ広場,シニョーレ広場に戻ってサンタナスタージア教会を目指して歩き出した.エルベ広場に行く途中,前回見落とした古代ローマ遺跡のレオーニ門を,今回は地図を見ながら探し出し,じっくりと見た.

 その近くにあって,道路の一部を取り除いて見えるようにしてある,古代の塔の基部もしっかり確認した.これで,ヴェローナの旧市街に残る古代遺跡はほぼ見ることができたことになる.

写真:
古代ローマの遺跡
レオーニ門



サンタナスタージア教会
 サンタナスタージア教会のピザネッロのフレスコ画「聖ゲオルギウスとカッパドキアの王女」は,前回は一部分に修復作業のための覆いがかけられていたが,修復が完了したようで,今回はその全貌を見ることができた.

 前回はロザリオの礼拝堂も修復中で,ロレンツォ・ヴェネツィアーノの祭壇画「ロザリオの聖母子,聖ドメニコと殉教者ペテロ,寄進者マスティーノ・デッラ・スカーラ2世とその妻タッデーア・ダ・カッラーラ」を見られなかったが,今回,礼拝堂はまだ修復中だったものの,この絵だけはピザネッロのフレスコ画が外壁にあるペッレグリーニ礼拝堂の方に置かれていたので見ることができた.

写真:
ロレンツォ・ヴェネツィアーノ作
「ロザリオの聖母子,聖ドメニコと
殉教者ペテロ,寄進者マスティーノ・
デッラ・スカーラ2世とその妻タッデーア・
ダ・カッラーラ」


ペッレグリーニ礼拝堂
 この礼拝堂はミケーレ・ダ・フィレンツェのテラコッタの連作浮彫彫刻(「三王礼拝」その他),マルティーノ・ダ・ヴェローナのフレスコ画,伝アルティキエーロのフレスコ画と芸術作品に満ちている.

 前回は,一部に覆いがかけられており,今回ようやくその全貌を知ることができたが,ヴェローナに行く機会があれば何度でも見たいと言う思いを新たにした.


カヴァッリ礼拝堂
 その左隣のカヴァッリ礼拝堂にもアルティキエーロの傑作フレスコ画,ステファノ・ダ・ゼビオ,マルティーノ・ダ・ヴェローナのフレスコ画があり,その他にボローニャの画家ヤコピーノ・ディ・フランチェスコの名前も挙げられている.

 中央に置かれた多翼祭壇画(多翼祭壇彫刻?)は,上部はキリストと聖人たち(ヒエロニュモス,ゲミニアヌス=サン・ジミニャーノ)の木彫で,プレデッラにはそれぞれの物語が描かれた興味深い作品であるが,作者の言及はない.

写真:
作者がわからない
見事な多翼祭壇彫刻


セレーゴ礼拝堂
 中央祭壇のあるセレーゴ礼拝堂の右の壁に見られるフレスコ画「最後の審判」は,伝トゥローネ・ディ・マクシオで,ここにはドメニコ会の聖人たちも描きこまれている.

 左の壁には伝ミケーレ・ジャンボーノの「受胎告知」を含むフレスコ画と,見事な墓碑,その左にあるラヴァニョーリ礼拝堂のフランチェスコ・ベナリオもしくはミケーレ・ダ・ヴェローナのフレスコ画は,絵柄も壮大に見えるのに,暗くて良く見えない.


その他の礼拝堂
 この日は,昨年来た時よりも光がよく,特に右側翼廊のアルティキエーロやピザネッロの傑作は,十分な鑑賞ができたが,左側翼廊に関しては,時間帯を問わず,光には恵まれないように思われた.

 さらに左となりのサレルニ礼拝堂のフレスコ画の作者としては,ステファノ・ダ・ゼビオ,ボナヴェントゥーラ・ボニンセーニャ,ジョヴァンニ・バディーレらの名前があげられているが,前回も修復中だったが,今回は完全に覆われていて,垣間見ることもできなかった.

 ボナヴェントゥーラ・ボニンセーニャに関しては,情報が得られないが,教会で拝観料を払うともらえるパンフレットに拠ると,左翼廊の先のジュスティ礼拝堂(ここは信者のみ入堂を許される)の外側の壁にかなりのフレスコ画が残っているが,その作者が伝ボナヴェントゥーラ・ボニンセーニャとされている.絵柄としては「玉座の聖母子と聖人たち」,「玉座の聖母子と武将姿の寄進者」,「聖人たち」など様々で,特に上手とも下手とも思わないが,やはりたくさんのフレスコ画が見られると嬉しくなる.

 この聖堂で見られた「ヴェローナの画家たち」は,サン・フェルモで見た作品群,この後行ったサン・ゼーノ聖堂,カステルヴェッキオ美術館の報告とともに明日以降に「続く」としたい.





ピザネッロ作
「聖ゲオルギウスとカッパドキアの王女」