フィレンツェだより番外篇
2008年9月13日



 




ヴェローナのアレーナで
オペラ「アイーダ」を鑑賞



§ラヴェンナとヴェローナの「アレーナ音楽祭」

3泊したペーザロを後にして,「アレーナ音楽祭」が行われるヴェローナに向かった.


 一行を乗せた車は高速道路を一旦北西に進み,チェゼーナで高速道路を降りた.途中,ラヴェンナで昼食をとり,市内観光することになっていた.

 郊外のサンタポリナーレ・イン・クラッセ聖堂の鐘楼が見えたとき,添乗員のTzさんが,「少し早く着きそうなので,ラヴェンナのガイドさんとの待ち合わせ時間まで余裕があるし,ちょっとだけあそこに寄っていこうかと思いますが,どうでしょう」とおっしゃった.この聖堂の後陣にあるモザイクの美しさや堂内の雰囲気の良さを知っている私たちに否やはなかった.


クラッセで煩悩につかまる
 予定外に立ち寄ったので,時間はあまり無く,後陣のモザイク(「キリストの変容」など)をじっくり鑑賞し,興味深い石棺の数々を見たら,早くも出発の時間が来た.残存する床モザイクなどを見る余裕はなかったが,もともと見られると思っていなかったこの聖堂を拝観できて嬉しかった.

写真:
後陣のモザイク


 しかし,出際に,絵葉書を買うぐらいの時間はOKといわれて,ブックショップに立ち寄ったことで,皆さんにご迷惑をかけることになった.ガイドブックやカタログが並んでいる棚に,前回のラヴェンナを訪問時に,その重量と値段の両方の理由から購入をあきらめた市立美術館の図録があるのを見つけてしまったのだ.

 今回はスーツケースをガラガラにしてきたので,大きな本を購入しても何の問題も無い.勇んでレジに持って行ったが,その本は長いこと見本として陳列されていたものらしく相当手垢にまみれており,係の人が新品を出すといって棚を探し出したあたりから状況が怪しくなって来た.

 まず新品が無いことがわかった.ひるまず,その汚れた現品で構わないからと言ったら,係の人はそれをレジに持っていき,バーコードを読み取ろうとしたが,エラーになる.どうも値段が分からないらしい.

 今度は書名をレジスターに直接打ち込んで検索を始めたがヒットするものはない.次には価格が記載されているらしい台帳を開いて調べ始めた.しかし,そこにも記載がない.大声でビリエッテリアにいる同僚を呼び,二人でもう一度レジスターであれこれし始めた.この時点でもうだいぶ時間が経ってしまい,車で待たせている皆さんのことを思うと冷や汗が出てきたが,諦める決心ができず,ハラハラしながらなりゆきを見守るしかなかった.

 ついに売店では解決できずに,本部の担当者に電話をかけはじめたが,結局,担当者は不在で値段は分からず,本は手に入らないうえ,Tkさんご夫妻,Tzさん,運転手のダヴィーデさんをお待たせするという最悪の結果となった.

 ラヴェンナの市立美術館には,有名な画家の作品としては,目玉作品のグェルチーノの「聖ロムアルドゥス」の他にはヴァザーリ,リゴッツィが1点ずつあるくらいなのだが,中世末期のフェッラーラやヴェネツィアなどの画家たちの宗教画も少なからずあるし,前回は時間切れで見られなかった新しい画家たちの作品もたくさんある.それらについても知りたかった.何よりも,インターネット上にも情報がない,16世紀のロンギ親子やロンダネッリなどラヴェンナの地元の画家たちについての知見を得たかった.

 残念ながら今回はそれは叶わなかったが,次回を期そう.

 それにしても,欲しくてあきらめたものが,思わぬところにあったのを見つけて欲望に目がくらみ,皆さんにご迷惑をかけることになってしまったことは慙愧の念に耐えない.


ラヴェンナ市内観光
 ラヴェンナの駅前で,現地ガイドのジャーコモさんに合流し,サンタポリナーレ・ヌオーヴォ聖堂,サン・ヴィターレ聖堂,ガッラ・プラキディア霊廟を見学した.

写真:
ガッラ・プラキディア霊廟の
モザイク


 達者なガイドであるジャーコモさんのおかげで,私たちが知らなかったことを知ることが出来た.それらの多くはジャーコモさんの数多い日本語ヴォキャブラリーの中でも印象に残る「地盤沈下」を原因とするもので,ラヴェンナがもともと低湿地にできた町であることがよくわかった.

 ラヴェンナは昼食を兼ねてちょっと寄るだけと思っていたが,実際にはガイドの方が手配されていて,予想以上に充実した観光ができた.拝観できた教会や霊廟のモザイクはどれも素晴らしい.

 できることならまたラヴェンナに行き,前回と今回を合わせてもまだ見られていない所を見学し,ドゥオーモ(カテドラーレ)で見落としたグイド・レーニ他の天井画,司教館博物館のモザイクを見,サン・ジョヴァンニ・エヴァンジェリスタ聖堂を拝観し,できれば市立美術館の全ての作品を見た上で,今度こそ図録も買いたい.



 ラヴェンナのリストランテで昼食をとり,一路ヴェローナへと向かった.

 ヴェローナで見たいものはたくさんあったが,ホテルについたときは,かなり疲労もたまっており,夜には遅い時間までオペラ鑑賞が控えていたから,当初のヴェローナ観光計画を大幅に縮小し,翌日,コンパクトに是非みたいものに絞って観光することに決め,オペラに行く集合時間まで休むことにした.

 これは正解だった.結果的に翌日,限られた時間で,見たいものを効率よく,しかもじっくり見ることができた.当たり前のことだが,やはり,基本は体力だ.

 ボローニャからペーザロ,ペーザロからヴェローナまで私たちを安全に送り届けてくださったダヴィーデさんとは,ここでお別れした.


アレーナ音楽祭
 9時開演だが,8時前にロビーに集合して,ホテルの送迎小型バスでアレーナ(ローマ時代の巨大な円形闘技場)の近く,ブラの大門の近くまで行き,そこから少しだけ歩いて,会場のアレーナに着いた.

 ブラ広場からエルベ広場に通じるマッツィーニ通りの入口付近には,カステルヴェッキオ美術館で開催中の特別展の美しい垂れ幕型ポスターがかかっていた.これを見て,即座に,「明日は万難を排してこれに行かずば」と決意した.

写真:
最前列の座席について
持っているのはプログラム


 添乗員Tz氏から簡単に座席の位置は説明されていたが,実際にチケットをもらって入場し,英語版のプログラムを買って座席についたら,最前列のほぼ中央付近だったので驚いた.まことに日本の旅行会社の手配力は大変なものだ.「エルミオーネ」も最前列の真ん中,「スターバト・マーテル」は平土間ではなく,3階のパルコ席だが,まんまん中の手前の座席だった.

 オペラ鑑賞で「最前列」が良い席かどうかはもちろん議論があろうが,自分で手配してはできないことなので,ツァーに参加した甲斐があったということだろう.

 入場の際にもらった宣伝の小冊子で見ると,そのあたりの4区画が最も値段の高い席で,金曜日と土曜日なら198ユーロする.見に行った8月21日はそれ以外の木曜日なので183ユーロで,1ユーロ170円で計算すると3万1千110円ということになる.であれば,意外に安いと言っては驚かれるかも知れないが,ヨーロッパのそこそこ有名な歌劇場が2,3人大物の歌手を看板にした公演を東京で聴いた場合には,まず5万円以下ということはないだろう.

 以前はオペラと言ってもバロック・オペラしか見なかったので,それほどでもなかったが,それでも古楽の団体が紀尾井ホールでやったモンテヴェルディの「ポッペーアの戴冠」でも3万円はしたと思う.オペラはそれほど贅沢なもので,それでも入場料だけではまかないきれず,当然寄付や補助金が出ていると察せられる.

 2008年のフェスティヴァルの演目は,「アイーダ」,「トスカ」,「ナブッコ」,「カルメン」,「リゴレット」で,他にバレエ「ジゼル」をアレーナではなくもう一つの重要な考古学遺跡テアトロ・ロマーノ(ローマ劇場)で上演するようだ.2009年は「カルメン」,「トゥーランドット」,「アイーダ」,「セビリアの理髪師」,「カヴァレリア・ルスティカーナ」ということだから,まずは定番の演目は毎年上演している音楽祭(公式サイトの英語ページ)と言えるだろう.

 この音楽祭は1913年に「アイーダ」を上演したことから始まっているし,エジプトの遺跡ではないが,古代遺跡での上演であれば,「アイーダ」は最もふさわしい演目と言えるだろう.「ナブッコ」を見てみたいと思うが,とりあえず来年はないようだ.

写真:
カラスがメネギーニと
出会った邸宅


 マリア・カラスが「ラ・ジョコンダ」で主役を歌ったのが1947年で,アレーナのあるブラ広場には,最初の夫で彼女のマネージメントをした実業家のメネギーニと出会った貴族の邸宅もある(と,翌日日本人ガイドのKさんが教えてくださった).

 いずれにしても野外でオペラを上演する音楽祭としての歴史は古く,しかも最も成功した例と言えるだろう.それでも最近は以前ほどチケットの入手は難しくないし,良い席を望まなければ当日券も買えるらしい.

 しかし,2万5千人を収容するアレーナがほぼ満員になった雰囲気は大変なもので,初めてだった私たちにとっては,大変良い思い出になった.「アイーダ」の演奏は,オケは見事だったと思うが,指揮者と歌手は最上の出来とは言いがたかった.しかし,この雰囲気を味わえたことは代え難い幸福だったと思う.

写真:
満員の観衆とともに
舞台を楽しむ


 主役を歌ったアマリッリ・ニッザは大健闘だったし,長身で姿が良かった.それだけにラダメスを歌ったピエロ・ジュリアッチの短躯肥満は残念だった.それでも歌がすごかったら,何の文句もないのだが,あの環境では仕方がないのだろうなと思う.いかに超絶的な歌手でも,あんな広い劇場で,難曲を次々に歌ったら声がどうかしてしまうだろう.指揮者のレナート・パルンボには「マエストロ!」,ジュリアッチには「ピエロ!」と声がかかっていた.人気者なのだろう.

 現代風ではなく,なるべく古代エジプトを思わせる復古調の舞台セットは,やはりこの会場に合っていたし,エジプト風の白装束の女性が銅鑼で開演を知らせるのもおもしろかった.

 ただ,イタリアの夏は8時台はまだ明るく,9時になってようやく十分な暗さなるので,開演時間が遅くなり,「アイーダ」全篇が終わった時は12時は大幅に過ぎていた.あまり長いとは感じなかったし,華やかな前半は迫力があっておもしろかったが,体調のせいもあり,私は最後の方はところどころ寝てしまって,その点は大変残念だった.

 舞台の音は会場全体によく聞こえる割には,舞台からの拍手,歓声は拡散しているように聞こえ,フィナーレが大興奮の坩堝という感じにはならなかったのは意外だった.淡々と終わったような気がする.

 機会があれば,次は本来の円形闘技場の観客席である石段席で聞いてみたい.場所にも拠るが舞台はかなり遠くなるとは言え,見おろす醍醐味は捨てがたいだろう.翌日「カルメン」を聴きに行かれたTkさんのお話では,石段の指定席は音響が良く,周囲の観客が心から楽しんでいるのがわかり,すばらしい体験だったようだ.

 石段の指定席は一番高い席が金曜日,土曜日で104ユーロ,その他の日なら94ユーロ,舞台の両側になってしまう席は金,土84ユーロ,その他の日73ユーロ,指定の無い自由席なら20ユーロで,最近の状況だと当日思い立ってフラッと行っても鑑賞することができるそうで,それなりに楽しめるかも知れない.

ただし,一音でも演奏に入った後に雨が降った場合,中止になって払い戻しはないそうだ.


 ホテルの送迎小型バス(定員8名)にはとても乗れそうも無かったので,総勢5人は20分ほど歩いて宿に帰った.最後ところどころウトウトだった割には,やはり稀有の体験に興奮していた.それでも適度の距離を歩いて帰ったおかげか,すぐに眠りにつくことができた.



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カーテンのない
カーテンコール