フィレンツェだより
2008年3月2日



 




ティーノ・ディ・カマイーノの3作品
ドゥオーモ美術館



§報告中休み - フィレンツェの日常(その3)

4年に1度の2月29日,再訪したいと思っていたドゥオーモ付属美術館に行った.


 やはりミケランジェロの未完のピエタが最高傑作だと思う気持ちに変わりはなく,今回もこれを1番熱心に見たが,前回同様その他のものにも目を見張った.

 美術館等の名称については,日本語ガイドブック(『地球の歩き方』,『最新完全版ガイドブック フィレンツェ』等)を参照して,大体,

 ムゼーオ(ミュジアム):博物館
 ガッレリーア(ギャラリー):美術館
 ピナコテーカ(ピナコウシーカ):絵画館

と訳している.ドゥオーモ美術館はムゼーオなので,「博物館」と訳すべきかも知れないが,ガイドブック等でも「美術館」としている.全てが美術品という訳ではないので,「博物館」でも良いように思うが大勢に従う.

 今回は,前回あまり注目しなかった絵画を丁寧に見た.ここではベルナルド・ダッディが2点,ジョヴァンニ・デル・ビオンドが2点,ヤコポ・ディ・チョーネが1点,ロレンツォ・ディ・ビッチが3点,マリオット・ディ・ナルドが3点見られる.その他の無名の画家たちの作品も立派だった.

 ホーン美術館(ちなみにここもムゼーオだが,「博物館」はあまりピンとこない)で,その実力を認識したヤコポ・デル・カゼンティーノの「聖アガタ」は,修復中なのか展示されていなかった.



 前回訪れたのは昨年の4月16日なので,それから10カ月以上経ったことになる.この美術館に来たことで,おぼろげながら,フィレンツェに縁の深い聖人たちについて考え始めたのだなあと思うと感慨深い.

写真:
「アレクサンドリアの聖カタリナと寄進者」
ベルナルド・ダッディ


 上の写真はベルナルド・ダッディの「アレクサンドリアの聖カタリナと寄進者」だ.この聖人の場合,殉教者の印である棕櫚を右手に,学者たちを論破した彼女の学識を示す本を左手に,高貴な家柄と皇帝マクセンティウスに思いを寄せられたことを示す王冠を頭に載せた姿で描かれることが多い.そして,その傍らには,殉教に際して,求愛を拒絶された皇帝が彼女を拷問するのに用いたが,神の力で壊れてしまった,鉄の棘がある車輪が描かれている.これらが彼女であることを示すアトリビュートであることも,この絵と,すばらしい英語版ガイドブックの解説で学んだ.

 彫刻では,ティーノ・ディ・カマイーノ,アルノルフォ・ディ・カンビオ,ドナテッロというビッグネームの作品が複数見られる.この中では,最初の方の展示室にあるティーノの作品(トップの写真)に感銘を受ける.

 ドナテッロではやはり木彫の「マグダラのマリア」かな.マグダラのマリアが向かいあう壁には,キリスト磔刑像がかけられている.

写真:
「マグダラのマリア」
ドナテッロ作


 そのドナテッロの大理石の聖歌隊席も立派な作品だが,向かい側に展示されているルーカ・デッラ・ロッビアの聖歌隊席が立派だ.

 この素晴らしい浮彫のパネルは,1枚ずつばらばらして目の高さに展示してあるのでじっくり見ることができる.上の高いところには,コピーのパネルで復元した聖歌隊席が取り付けられていて,元の姿を見ることができる.

写真:
オリジナル・パネルの1枚
ラッパの音で主なる神を讃えている人々が刻まれている.


 ルーカはこの時点で,大理石彫刻にすばらしい才能を発揮していたのに,彩釉テラコッタに新しい道を見出し,代々続くロッビア工房を開いた.

 しかし,トスカーナの諸方で見られる彩釉テラコッタは,ルーカ,アンドレーア,ジョヴァンニを中心とするロッビア一族と,弟子筋のブリオーニ工房の作品しか見られないのだから,家伝の秘技は後世に伝わらなかったことになる.

 彩釉テラコッタの開祖である彼は,芸術家として大成功を収めたわけだが,この大理石の彫刻の見事さを見ると,どちらの道が良かったのか複雑な気持ちになる.ドゥオーモ美術館にも,ルーカの甥アンドレーアの作品が少なくとも3点,ベネデット・ブリオーニ作のものが1点ある.



 ドゥオーモ美術館に山ほどある,ドゥオーモのファサード他を飾っていた彫刻とパネルの作者の中に驚くべき人物がいるのに初めて気づいた.マーゾ・ディ・バンコだ.

 最初別人かと思ったが,昨年4月に買った詳細なすばらしい英語版ガイドブックをまだ日本に送らずに残していたので,それを参照すると「ジョットの弟子で,サンタ・クローチェ教会,バルディ・ディ・ヴェルニオ礼拝堂のフレスコ画の作者」とある.間違いなく,私たちがすぐれた芸術家だと思っているマーゾだ.ガイドブックには「画家で彫刻家」とあったが,彫刻も他でも見られるのだろうか.

 確実にマーゾの作品とされているのが,「ジョットの鐘楼」の外壁を飾っていた数枚のパネルだ.鐘楼には現在コピーが飾られていて,美術館にある方がオリジナルである.なるほど,パネルの中の人物の顔を見ると,ジョットのフレスコ画に登場する人物のような顔をしている.

写真:
司祭に告解する「悔悛の秘蹟」
マーゾ・ディ・バンコ


 さらに,鐘楼を飾っていた彫像も展示されていて,その中にはドナテッロの作品もあるが,2点が「マーゾに帰せられる」となっている.その根拠としてガイドブックでは,バルディ・ディ・ヴェルニオ礼拝堂の教皇シルウェステルに似ているからとしている.

 私たちもパネルの登場人物の顔がジョットのフレスコ画風であることに驚いたが,まさか専門家が推定を行う時には「顔が似ている」だけでは,絵と彫刻の作者が同じとするにはあまりにも粗雑な議論だろうから,多分他にも根拠があるのだろう.

 いずれにせよ,バルディ・ディ・ヴェルニオ礼拝堂のフレスコ画はまだ見ることができていないし,そもそもこの画家の作品が少なくて,今までにわずかに2作(サンタ・クローチェ教会美術館の剥離フレスコ画とサント・スピリト教会の祭壇画)しか見る機会がなかった芸術家の作品を意外な形で見ることができて嬉しい.



 サン・ジョヴァンニ洗礼堂の東門(通称「天国の門」)を飾っているブロンズ・パネルと,その上に置かれている彫刻はどちらもコピーで,そのオリジナルをここで見ることができる.ブロンズ・パネルはロレンツォ・ギベルティの作品で,彫刻「キリストの洗礼」は,アンドレーア・サンソヴィーノとヴィンチェンツォ・ダンティ(左側の天使はインノチェンツォ・スピナッツィ)の作品である.

写真:
天国の門のパネルの1枚
「アブラハムの物語」
ロレンツォ・ギベルティ


 入館してすぐのコーナーに,少しだが,古代の作品も展示されている.笛を吹く人物を刻んだエトルリアのレリーフ(紀元前5世紀),オレステスの物語が浮彫になっている石棺のパネル(紀元後2世紀)などもあり,特に前者は貴重な作品と思われる.

写真:
エトルリアのレリーフ
紀元前5世紀


 ドゥオーモ美術館は入館料6ユーロでやや高めだが,すばらしい作品に満ちていて,十分以上に見学する価値があるところだと思う.もう1度行きたいかと問われたら,「ルーカ・デッラ・ロッビアの合唱隊席の大理石パネルとミケランジェロの未完のピエタを見るために,是非行きたい」と答えるだろう.

 ドゥオーモ美術館再訪の成果を踏まえて,ドゥオーモのファサード,ジョットの鐘楼,サン・ジョヴァンニ洗礼堂の3つの門のブロンズ・パネルを改めてじっくり見ながら帰路に着いた.


サンタ・マリーア・ノヴェッラ薬局
 途中,サンタ・マリーア・ノヴェッラ教会の修道院の一角にあり,入口がスカーラ通りに面している通称「サンタ・マリーア・ノヴェッラ薬局」(正式には「サンタ・マリーア・ノヴェッラ香水薬品製造所」)を初めて訪れた.

 13世紀にドメニコ会の修道士たちが薬草や花を栽培して,修道院内の小さな医務室での使用に必要な薬剤,香油,軟膏などを調合(店内でもらえる日本語版商品リストの説明より)し始めたことに起源があるとされる由緒ある薬局で,17世紀にトスカーナ大公家御用達の薬剤製造所となり,現在は19世紀に指導的役割を果たしていた修道士の縁者が経営権を取得して4代に渡って子孫がこの薬局を経営しているとのことだ.

写真:
サンタ・マリーア・
ノヴェッラ薬局の店内


 売り場はもともと礼拝堂だったとのことで,改築されて使いやすくなっているが,古い雰囲気も十分に残っていて,それがまた魅力だ.

 妻の友人の向田さんがフィレンツェから日本に帰国する際,お土産としてポプリを下さった.見学だけでも十分に行く価値があるだろうが,折角だから私たちもここで何か買って帰ろうと思っている.リキュール,香水,石鹸,ポプリ,アクセサリーなどが魅力的だ.ただし,この日は下見にとどめた.





ドナテッロの聖歌隊席の下で
ドゥオーモ付属美術館