フィレンツェだより |
アミーコ・アスペルティーニと協力者たち 「聖ヴァレリアーノの洗礼」 |
§ボローニャの旅 - その1
今まで,ヴェローナ,ラヴェンナ,パドヴァ,ウルビーノ,フェッラーラに行く途中,5回ボローニャを経由している.ラヴェンナの時はローカル線へ乗り換えるのに少し時間があったので,ボローニャ駅周辺を歩く時間もあったが,駅は街の中心から少し離れたところにあるうえ,目をひかれて立ち寄った大きな教会は駅の反対側だったので,ボローニャの街の特色を把握するには至らなかった. 一つだけ拝観したその大きな教会は,外観も堂内も新しく,古い時代を感じることはできなかったが,いわば新市街ともいうべきその界隈にも歴史的な由緒のありそうな建物がいくつかあり,大きくて,歴史と現代が混在する上品で豊かな街という印象を受けた. ![]() もちろん,いざ実行という段で,電車が遅れるとか,雪が降るとか,道が思ったより複雑だったとか,予想外の事が起こり,思うようにいかないのはままあることだ.それを含んで,それなりにポイントは絞った控えめの計画をたてたつもりだ.
殆どの教会に昼休みがあって正午には閉まるようなので,9時半に着いたら,まず午前中は教会を回る.そして昼食後は,3時まで開館している市立の美術コレクションと市立中世博物館を閉館まで見学し,それから国立絵画館に向かい,閉館時間の7時までたっぷり時間をかけて見学し,7時40分のローマ・テルミニ行きユーロスターで帰る.これが今回の計画だったが,結果として,この計画はほぼ達成できたように思う. ボローニャの芸術家 計画をたてるにあたり,ボローニャ大学,ボローニャの斜塔,エンツォ王の宮殿などの歴史的建造物は今回は見送り,美術作品を見ることに焦点を絞った.その際,最重視されるべきボローニャ出身の芸術家は, アミーコ・アスペルティーニ(1474-1552) グイド・レーニ(1575-1642) だった.この2人に加えて,フェッラーラの画家でボローニャで活躍した フランチェスコ・デル・コッサ(1430頃-1477頃) ロレンツォ・コスタ(1460-1535) の作品は見られるものは,見たいと思った.さらに, ルドヴィーコ・カッラッチ(1555-1619) アゴスティーノ・カッラッチ(1557-1602) アンニーバレ・カッラッチ(1560-1609) はボローニャ出身で,それぞれローカルを越えて活躍した人たちだし,それから,ローマに行った時に初めてその作品に注目した, ドメニキーノ(1581-1641) グェルチーノ(1591-1666) もボローニャおよびその周辺の出身で,「ボローニャ派」に属する画家とされていることがわかったので,彼らについても見られる作品は見たいと思った. また,ボローニャ在住の方が薦めてくださった画家, フランチェスコ・ライボリーニ,通称イル・フランチャ(以下,フランチャ)(1450-1517) にも注目したいと思った.この画家の作品を初めて見たのもローマのカピトリーニ美術館だった.
サン・マルティーノ教会 ユーロスターは遅れることなく,予定通りボローニャに到着し,まずサン・マルティーノ教会に向かった.10時から12時まで見ることのできる教会の選定と順路については,ラヴェンナ行の乗り換えのついでにボローニャ駅のツーリスト・インフォメーションで入手した市街地図とにらめっこしながら前日検討済みだった. サン・マルティーノ教会は,名称がキエーザではなくバジリカなので,大きな聖堂であることが予想されたが,外観は可愛いのに,やはり内部は大きかった.
![]() この教会は,簡単だが作者,題材,制作年を記したプレートをつけてくれていた.14世紀の画家ダルマシオ作と記されている. この名前には聞き覚えがある.サンタ・マリーア・ノヴェッラ教会のバルディ礼拝堂に残っているフレスコ画「聖グレゴリウスの物語」の作者を,20世紀の有名な美術史家ロベルト・ロンギがダルマシオ・ディ・ヤコポ・スカンナベッキの作品と推定したという一文が同教会のガイドブックにあった. ダルマシオとその息子リッポ・ディ・ダルマシオの作品がボローニャの国立絵画館で見られるかも知れないことは事前に知っていたが,この教会で見られることはまったく知らなかった.ジョットの影響を受けた堂々たる絵だと思う. 5つ目の礼拝堂に息子であるリッポの剥離フレスコ画「聖母子」もあったが,周囲が暗く小さな作品なので,よくわからない.それでも幸先の良い出会いに思えた. ![]() ボローニャには主として16世紀以降の絵を見に来たわけだが,さすがにイタリアの由緒ある都市だ.15世紀までのフレスコ画にも魅力的なものが少なくなかった.その中で,ヴィターレ・ダ・ボローニャは大作家と言って良いと思うが,この時点ではまだそれに気づいていなかった. ![]()
教会が思ったより大きく,見るべきものがたくさんあることに驚いて,午前中の予定がこなせるかどうか不安になってきていたので,鑑賞というよりも,目当ての画家の作品が見られたことが単純に嬉しかった. 立派な中央祭壇と聖具室を拝観し,今度は左側の側廊を奥の方から見ていくと,最初にヴィターレ・ダ・ボローニャの剥落したフレスコ画を見つけた.解説のプレートと写真を確認すると,「最後の晩餐」もあるようだが,フレスコ画を削って,墓碑を造ったりしているようなので,薄暗い堂内で立派な絵かどうかを確認するのは難しい. 右側の奥から1つ目の礼拝堂にロレンツォ・コスタの「聖母被昇天」があった.次の礼拝堂には作者のメモを取り忘れてしまったが,立派な「聖ヒエロニュモス」があり,さらに次の次に大きな礼拝堂があって,そこにはグェルチーノに帰せられる「聖フランチェスコ」もあるようだが,目をひいたのは可愛いく精巧にできたプレゼピオだった.公現祭が過ぎても,フィレンツェでもまだプレゼピオを見られる所もあるようだが,ボローニャでも幾つか見ることができた.
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祭壇画として飾られているのはフランチャの「聖母子と聖人たち」,左側壁にはシエナの大彫刻家ヤコポ・デッラ・クェルチャの「聖母子」がある.ボローニャにクェルチャの作品が複数あることは知っていたが,ここで出会えたのは意外だった.薄暗い堂内に,窓から曇天の光が,ちょうど差し込むところにあって,どんなに角度を変えても十分な鑑賞はできなかったが,この彫像に出会えたことで,彫刻系の作品に関しても幸先が良いような気がした. フランチャの絵の下方に飾られていたアミーコ・アスペルティーニ「キリスト降架」も暗かったが,ともかく見ることはできた.これだけの作品を見せてくれたサン・マルティーノ教会に感謝しながら,辞去した. サン・ジャーコモ・マッジョーレ教会 次に向かったのはサン・ジャーコモ・マッジョーレ教会で,ここもバジリカと称する大きな教会だ.当初は拝観を考えていたが,時間の都合で見合わせることにして,近くのサンタ・チェチーリア祈祷堂(オラトリオ)だけを見せてもらうつもりだった.ここには,フランチャ,ロレンツォ・コスタ,アミーコ・アスペルティーニが描いたフレスコ画がある. けれども,祈祷堂の場所がわからず,教会の聖具室係りの人に教えてもらうこととなったので,結果的には聖堂の方にも足を踏み入れることになった.立派な教会だった. 聖具室係りの方がとても親切で話好きで,実は私は半分も理解できていなかったのだが,そこで時間をとられているうちに,妻はひとりで,ある程度この教会の堂内も拝観させてもらったようだ.下の写真は中央祭壇の後方にあるベンティヴォーリオ礼拝堂で,フランチャとコスタの絵がある.
この礼拝堂には鉄柵があり,遠くからしか見られないが,傑作がたくさんある礼拝堂のようだ.ベンティヴォーリオという名前はボローニャの歴史と関係が深いが,それについては明日言及する. 聖具室のプレゼピオの特別展は私も見ることができた.いずれにせよ,もし時間と機会が得られるなら,もう一度ボローニャを訪ねた時には,この教会の堂内をじっくり拝観させてもらいたい. サンタ・チェチーリア祈祷堂(オラトリオ) 場所の確認に少し手間取ったものの,入口は別だが,聖堂と連続している建物内にある祈祷堂も無事拝観した. このフレスコ画は見事だ.アミーコが担当した部分は協力者の手が相当入っているが,それでも彼の特徴がおぼろげながら分るように思えたし,連作フレスコ画「聖チェチリアの物語」の10面のうちフランチャが担当した2面とコスタが担当した2面には,はっきりそれぞれの特徴が出ているように思える.特に,フランチャの絵は「キリスト磔刑」が祭壇画にもなっていたので,なおさらに思えた.
私の思い込みでなければ,それぞれの画家にペルジーノの影響があるように思える.そこからどう脱して個性を確立していくかということが,これらの画家の作品をこの後ボローニャで複数見ていく際の一つのポイントではないかとさえ思えた. これだけ状態の良いフレスコ画をまとまってみることができ,エミリア・ロマーニャのルネサンスを代表する3人の芸術家の作品に出会えるこの祈祷堂は,ボローニャ観光の際には必見の場所であろう. 自制しようと思ったのだが,すでに予定した分量以上に書いてしまったので,ボローニャ篇は3回に分けることとし,「明日に続く」ということにしたい. |
サン・マルティーノ教会のプレゼピオ |
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