フィレンツェだより
2007年11月18日



 




ペルゴラ劇場
内部の雰囲気も素晴らしい



§冬の楽しみ,クラシック音楽

ピアノのリサイタルを聴きに行くことはあまりない.


 ヘブラー,レオンスカヤ,ゲルバー,ワッツ,ハイドシェックのコンサートに足を運んだような気がするが,それ以外のものは思い出せない.ヘブラーのシューベルトに感動したのを覚えているが,レオンスカヤはもしかしたらCDで聴いただけかも知れない.

 歌曲の伴奏やアンサンブルでは,内田光子,アルゲリッチ,チモフェーエワの出す音を直接聴いた.マイスキーの伴奏をしたホヴァラの出す音も好きだった.いずれにせよ,ピアニストは誰が良いのか,人から情報を得るしか判断の材料を持っていない.

 大学生の時,本庄・早稲田100キロハイクに参加し,夜中にもう足が動かなくなるかと思ったとき,友人が貸してくれた携帯ラジオから宮澤明子(めいこ)が弾くモーツァルトのピアノ・ソナタが流れてきて,元気を取り戻した経験がある.当時CDはなかったので,カタログで探し,生協で注文して,そのLPを買った.演奏者はアシュケナージだった.一応,ピアノを聴いて感動する素地は多少はあるように思う.

 CDが出始めた頃,アシュケナージが弾くベートーヴェンのピアノ・ソナタ数曲のCDを買って,何度も聴いた.値段が下がり,中古も買うようになってからは,レコード批評家の本に影響されて,バックハウスの全集を買い,これも何度も聴いたが,人が言うほど良いと思って聴いたことはない.バックハウスのCDはモーツァルトの選集が好きだ.

 福島章恭がプリュデルマシェの全集を絶賛していたので,欲しいと思っていたら,東京の凄さというか,お茶の水のディスクユニオンであっさり手に入り,自分も気に入って,ベートーヴェンをCDで聴く場合はそれを愛聴している.

 他に良く聴くのが,全集ではないが,ソナタと変奏曲が殆ど入った,ブレンデルが若い頃ヴォックス・ボックスに録音した廉価版CDだ.これもディスクユニオンで中古で買ったので,3枚1組500円くらいのものが何組かになったものだ.再評価されたらしく復刻版も出ており,そちらの方が音は良いのかも知れないが,高い.

 このブレンデルは好きだが,彼が偉くなってからフィリップスに録音した全集は聴いたことがない.シューベルトのピアノ曲を何枚か持っているだけだ.


ブレンデルのリサイタル
 前置きが長くなったが,昨日(17日)ペルゴラ劇場でアルフレート・ブレンデルのリサイタルを聴いた.凄かった.

 偉くなると,集客力もあるが,その分,不当に?悪口を言われることもあって,「大学の講義のように退屈だ」,「彼の演奏に感動したことはない」と良く言われるような気がする.ほめる場合でも「中庸を行く」とか「正統的な」という形容がついてまわるようだ.要するに堅実だが,面白みが少ないということかと思っていた.

初めて聴いたので,大きなことは言えないが,ほとんど崇拝したいくらいの感動を覚えた.「偉い」と言われる人にはやはりそれなりの理由があるのだろう.


 今回は大物のコンサートなので,さすがに予約はしておくべきだろうと考えた.ハイドン「ピアノ・ソナタ」ハ短調,ベートーヴェン「ピアノ・ソナタ」31番,シューベルト「即興曲」1・3番,モーツァルト「ピアノ・ソナタ」14番という垂涎の演目だったので,老巨匠の演奏がどうなるかはあまり気にせず,ともかく予約した.

 日本と違い1割の予約料を取られるので,入場料の40ユーロと合わせて2人で88ユーロだったが,予約して行って良かった.当日券がどのくらい残っていたのかわからないが,平土間(プラテア),仕切り席(パルキ),階上席(ガレリア)ともに満員だった.平土間のほぼ真ん中の席で聴くことができた.

写真:
ペルゴラ劇場ホール入口
短い階段の下にもぎりがいる


 前半の最後にベートーヴェンを弾き終えたブレンデルへの拍手は凄かった.ロマンチックなハイドンというのは形容矛盾かも知れないが,私には斬新だった.

 得意とするシューベルトでは溢れ出す歌心のようなものを感じた.「ブレンデル」という名前に私が持っていた印象とはおよそ違う,繊細で情熱に満ちた演奏に思えた.

 妻はベートーヴェンが良かったと言っているし,多くの聴衆の反応もそうだったが,私は最後のモーツァルトが良かった.私の後ろの席の男性が,感に堪えず「ブラヴィッシモ」(素晴らしい)と呟いていたが,私も同感だ.


フィレンツェで音楽に浸る喜び
 ペルゴラ劇場は雰囲気が良くてお勧めといわれ,いつか行ってみなくてはと思っていた.新シーズンが9月にスタートしたので,年間プログラムを検討して,チャンスを待っていたが,一週間前の土曜日に室内楽のコンサートがあったので初めて行ってみた.

 レオニダス・カヴァコスのヴァイオリン,クレメンス・ハーゲンのチェロ,ハンナ・ヴァインマイスターのヴィオラ,正確にどう発音するのか分らないがローマ字読みするとデネス・ヴァルジョン(「デーネシュ・ヴァールヨン」でハンガリー人とウェブページにあった)のピアノによるブラームス「ピアノ四重奏曲」2・3番で,当日券があればということで予約せずに行ったのだが,席は十分に良いところが残っていた.

 ほめるしか取り得がないようで恐縮だが,これも大変良かった.颯爽とした知的な青年のようなカヴァコスを中心に,実力者たちが脇を固めて,すばらしい演奏を聴かせてくれた.私はものぐさなので,CDで音楽を聴く方だが,時には実演を聴いた方が良いといつも思っている.会場に足を運んで,音楽を聴く喜びは何にも換え難いものがある.

写真:
ペルゴラ劇場
ロビー


 事情をよく知らない外国に滞在しているので,五里霧中な所はあるが,幸いにこれ以上考えられない助言をして下さる方もいて,音楽に関しても,日本にいる時とはまた違う体験をさせてもらっている.

 その一つがラジオ局のトスカーナ・クラシカで,これは一日中クラシック音楽を流してくれる.この局に耳を傾けている限り,フィレンツェを中心とするトスカーナ地方には根強いドイツ音楽ファンが多いのだなあと思う.特にベートーヴェン,シューベルト,シューマン,ブラームス,ワグナー,ブルックナー,マーラーと,私たち日本人の多くが「クラシック音楽」と認識する作曲家の曲が,よく放送されている.モーツァルト,バッハの頻度も少なくない.

 東京とは町の大きさが違うので,フィレンツェが日本人のクラシック・ファンにとって十分に満足の行く環境とは言えないかも知れないが,トスカーナ・クラシカがラジオ局として存続でき,ブレンデルのリサイタルでペルゴラ劇場が大入り満員となる背景が,ここにはあるように思える.

 昨晩遅くには,ドイツ音楽ではないが,私の好きなパレストリーナが流されて,それを聴きながら眠りにつくのは至福のひと時だった.

 次の土曜日は,私たちがまだCDでも実演でも聴いたことのないヴァイオリニスト(ズナイダー)とピアニスト(クーレック)によるヴァイオリン・ソナタの演奏会がある.平日は始まりが遅いので,帰りのことを考えると躊躇してしまうが,夕方に始まる土曜日は,これからもできるだけペルゴラ劇場に通いたいと思う.





ペルゴラに行く途中アカデミアで
珍しく行列がなくて
遠くでダヴィデが寂しそう