フィレンツェだより
2007年9月24日



 




ドゥオーモ(サンタ・マリーア・マトリコラーレ教会)
ヴェローナ



§ヴェローナの教会と芸術作品(その1)

ヴェローナ・カードには,次の5つの教会の拝観料が含まれている.


 ドゥオーモ(サンタ・マリーア・マトリコラーレ教会)
 サン・ゼーノ・マッジョーレ教会
 サンタナスタージア教会
 サン・フェルモ・マッジョーレ教会
 サン・ロレンツォ教会

 このほかに,ジュリエットの家,ジュリエットの墓とフレスコ画博物館,ローマ劇場と考古学博物館,ランベルティの塔,カステルヴェッキオと同美術館,アレーナ,マッフェイ石碑博物館をこのカードで見た.

 また,行けなかったが,他にも自然史博物館,アフリカ博物館などの入館料も含まれる.繰り返しになるが1日券なら8ユーロ,3日券なら12ユーロで,市内バスも乗り放題.ヴェローナ・カードはヴェローナ観光の必須アイテムだろう.


ドゥオーモ
 ドゥオーモは初日の5日に行った.ツーリストの拝観が許される時間帯は,ファサードではなく,右横に入場口がある.入った所にビリエッテリアがあり,英語版かイタリア語版の簡単なパンフレットがもらえる.

 係員は教会関係者ではないようで,公務員か観光協会のような組織の職員かはわからないが,制服を着ており,英語,フランス語なども話す.

 ヴェローナ全体の観光資源となる教会に関しては,取り決めを結んで,信仰のための場所と時間を確保しながら,ツーリストにもきちんとした対応がなされているのだろう.規模の大小もあるので全て同じではないが,ドゥオーモだけではなく,少なくともヴェローナ・カードで行ける教会は似たような対応だった.

 その代り,拝観料を取って,きちんと管理することになる.信仰や保全の問題もあるので,一概には言えないが,教会でも美術館でも写真OKのヴェローナは,観光客には居心地の良い場所と言えよう.

写真:
ドゥオーモの堂内


 堂内はとても広く,フレスコ画があちこちに残っている.なぜか知らないが,ベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲」が流れていた.

 キアレッリ本によると,この教会の左側廊にはティツィアーノの「聖母被昇天」があるとのことだが,これには気づかなかった.

 中央祭壇の外側上部には「受胎告知」と「聖母と予言者たちの物語」のフレスコ画がある.これらは,ジュリオ・ロマーノのスケッチに基き,フランチェスコ・トルビードという16世紀の画家が描いたものだそうだ.

写真:
中央祭壇上部の「受胎告知」
フランチェスコ・トルビード


 右側廊の礼拝堂にはリベラーレ・ダ・ヴェローナの「キリスト顕現」とニッコロ・ジョルフィーノの「キリスト降架と4人の聖人たち」があった.この時は特に気にしなかったが,2人の作品にはヴェローナの教会や美術館でよく出会うことになる.



 左側廊奥に通路があり,別の2つの小さな教会に通じている.サン・ジョヴァンニ・イン・フォンテ教会とサンテレーナ教会である.

 前者はドゥオーモの洗礼堂としても機能していたらしく,八角形の洗礼の井戸が残っていた.井戸に施された「キリストの洗礼」にいたる8つの場面の浮彫彫刻が印象に残る.1200年頃の中世ヴェローナの彫刻家の作品とのことで,「受胎告知」の場面をしっかり写真に収めてきた.

写真:
洗礼のための井戸
「受胎告知」の場面


 サンテレーナ教会も小さく明るいきれいな堂内で,フレスコ画も板絵もあったが,14世紀の十字架が最も重要な作品とのことである.古代教会の跡も見えるようになっており,床のモザイクが残っている.


サン・ゼーノ・マッジョーレ教会(バジリカ)
 2日目の6日,マントヴァから戻ってきて,アーディジェ川のほとりを歩きながら,サン・ゼーノ・マッジョーレ教会(バジリカ)に向かった.さすがにアレーナとともにヴェローナ観光のポイントとなっているだけのことはある.マンテーニャの祭壇画を初めとして,見るべきものが少なくなかった.

 教会の名に冠された聖ゼノは北アフリカで生まれて第8代のヴェローナ司教となり,町全体をキリスト教に改宗させたとされる紀元後4世紀の人物だ.ヴェローナの守護聖人でもある.

写真:
サン・ゼーノ・マッジョーレ教会


 ここも中庭付きの回廊の方に入口が設けられていて,観光客が拝観できる時間には,この教会のファサードの木の扉は開いていないが,扉に貼り付けられているブロンズのパネルを,中から見ることができる.

 ファサードの外側のパネルは,右側が旧約聖書の物語と東ゴート王テオドリックの伝説,左側が新約聖書の物語と騎士と歩兵の決闘の場面を彫り込んだ浮彫が見られる.前者は12世紀初頭の作でニッコロ親方(マエストロ・ニッコロ)と呼ばれる芸術家,後者はその弟子のグリエルモ親方と工房の作品とのことである.

 内部のブロンズのパネルは24枚あり,左右の扉に配されているが,旧約聖書と新約聖書の物語,聖ゼノの奇跡が主題となっている.11世紀から12世紀の無名の作者たちによる作品とされている.



 堂内で見られる絵画作品については,新しいものでは,ドゥオーモのフレスコ画も描いたフランチェスコ・トルビードの祭壇画「聖母子と聖人たち」もあったが,古いフレスコ画が多かった.サン・ゼーノの第1の親方とか,サン・ゼーノの第2の親方という名で呼ばれる人々を初めとする,今は名前のわからない画家による作品が多いが,印象に残るものも少なくなかった.

 特に右側側廊の壁に描かれたジョット派の影響を受けた「白い聖母」と称される「玉座の聖母子」が美しかった.

写真:
フレスコ画「白い聖母」


 後陣右側の「聖ゲオルギウスとカッパドキアの王女」,「キリストの洗礼」,「ラザロの蘇生」,「聖ゼノの聖遺物の移送」などの一連の作品はヴェローナの絵画史にとって重要なものとされている.

写真:
フレスコ画
「聖ゲオルギウスと
カッパドキアの王女」他


 マンテーニャの祭壇画がある中央祭壇の外壁上部のフレスコ画「受胎告知」は,マルティーノ・ダ・ヴェローナの作品とされているので,やはり地元の画家によるものだろう.

 中央祭壇のある後陣へは階段を登って行く.後陣左側に祀られている聖ゼノの彩色彫刻は14世紀の無名の作家によるものだそうだが,上部に描かれている「受胎告知」のフレスコ画についてはどこにも言及がない.

 後陣左壁にあるフレスコ画「キリスト磔刑と聖人たち」は,ジョットやオルカーニャを思わせる峻厳さに満ちた作品だ.このフレスコ画は,ジョット派のアルティキエーロという画家に帰せられる作品で,サン・ゼーノで見たフレスコ画の中で最も印象に残った.

写真:
「キリスト磔刑と聖人たち」
アルティキエーロ


 後陣の下には地下祭室(クリプタ)があり,聖ゼノの聖遺物,遺体があるそうだ.

 ここの祭壇の前で,中年の日本人のご夫婦が跪いておられた.この人たちは,マンテーニャの絵の前でも双眼鏡を使ってじっくりと見ておられた.敬虔な信者の前では,喜んで写真を撮っている私など間が抜けて見えるが,これはそれぞれの生き方なので,仕方がないだろう.心打たれた.



 サン・ゼーノ・マッジョーレ教会は,古代末期の聖人の名を冠し,その聖人は地元のキリスト教化に大きな影響を持った外来者で,長い歴史の中で伝統を積み重ね,変遷を経験しながら,中世のフレスコ画を多く残して,なおかつ今も現役の信仰の場であり続けている.フィレンツェの,私の好きなサン・ミニアート・アル・モンテ教会を思わせる.

 マンテーニャの板絵の存在によって,ヴェローナのサン・ゼーノの方がフィレンツェのサン・ミニアートよりも多くの観光客を集め,その分,静寂さに欠ける憾みはあるが,集まった観光客の一人である私が偉そうなことは言えない.この教会は,ヴェローナを訪れた人は必ず拝観するべき所であろう.

 あまりにも数が多く,必ずしも名のある作家の傑作ばかりではないので,おそらく一般的なガイドブックには情報が少ないであろうから,この教会に特化した案内書がほしいと思った.中庭付き回廊の一角に売店があり,絵葉書とガイドブックを売っていたので,帰りに買おうと思っていたが,拝観が終わった時には売店は閉店していた.

 どうしてもこの教会について書かれた本を買いたくて,翌日また行ってみたが,売店は長い昼休み中だった.結局あきらめて,今回は記憶と撮って来た写真,キアレッリ本と教会でもらったパンフレットを参考にまとめてみた.まだいくばくか残りの人生があるだろうから,いつか再びヴェローナを訪れて,サン・ゼーノ・マッジョーレ教会を,今度は売店が開いている時間に訪ねたい.





サン・ゼーノ・マッジョーレ教会
後陣の下に地下祭室