フィレンツェだより
2007年9月16日



 




フィレンツェの夕暮れ
ミケランジェロ広場から



§ささやかな成功体験

9月5,6,7日の2泊3日のヴェローナ,マントヴァ行は実り多いものだった.


 私は1日目に右足がつり,翌日は膝が曲がらなくなってしまい,妻は踵の皮が裂け,満身創痍はおおげさにしても,中高年になってしまった脆弱さを思い知らされる旅でもあったが,それでも意欲的に古代,中世,ルネサンス,そして近現代イタリアの多くのことを見聞きすることができた.成功体験と言って良いだろう.

 7日の夜,フィレンツェ駅に着いて,足を引きずりながら歩いていると,背後から必死に呼びかける高齢の男性の声が聞こえた.振り向いたら,寓居の1階にお住まいの方だった.建物の入口の鍵を忘れたまま外出して帰れなくなってしまい,知り合いを訪ねて駅の方に来たら,偶然私たちを見かけて声をかけたとのことだった.

 全くの偶然だが,日頃,声をかけて下さる優しさに,ささやかながら恩返しをすることができて,これも一種の成功体験と言えるかも知れない.


シーズン券
 翌朝はテアトロ・コムナーレ(フィレンツェ歌劇場)のビリエッテリア(チケット売り場)に行き,オペラとバレエのシーズン券を買った.足を運ぶこと3度にして,ようやく入手することができた.

 最初は,南イタリア旅行の前に,シーズン券の発売日を確認しに行き,窓口は閉まっていたが,8月28日に発売開始という貼紙を見つけて帰ってきた.

 2回目は,その8月28日,ビリエッテリアに行くと,窓口に短い列はあったが,すぐに順番は回ってきて,買おうとしたら,“今日は,シーズン券会員の更新手続きの日で,新規会員加入者の受付は9月6日から,一回券はさらにその後,12日から”といわれ,再び出直すことになった.

 あいにく5日から2泊3日でヴェローナに行くことにしていたので,ビリエッテリアに行けるのは早くても,新規受付がスタートして3日目の8日の朝になる.良い席の確保は難しいかもしれないと思ったが,やむを得ないことだった.

 それでも,8日にもまずまずの席が残っていた.一度失敗し,改めて入手に挑戦したので,読み取り機の不調でクレジット・カードが受付けられないという若干のトラブルがあったものの,無事入手できて,これもまたささやかな成功体験と思えた.


知人を迎えて
 10日に私の知人が,ご夫妻でイタリア旅行のついでに寓居に寄って下さった.かつての仕事の仲間というより,職場での恩人に近い存在の方だと思っているが,まだ若い爽やかな青年だ.

 待ち合わせ場所はミケランジェロ広場だったが,寓居の近くのバス停から同広場に行くバスに乗れることがわかり,はじめてバスを利用して行き来し,今まで人から聞くだけで自分たちの目で見ていなかったミケランジェロ広場の夕暮れの風景を見て,ご夫妻と私たちの4人でワインの杯を傾けながら楽しい時を過ごした.

 成功体験という言葉は固すぎて当てはまらないが,ともかく良い経験を積み重ねることができた.隠岐特産のおみやげまでいただいてしまった.

写真:
ワインの隣に,お土産の
日本の味を並べて



現地ファンに混じって奮闘
 12日は再びテアトロ・コムナーレに行った.フィレンツェ歌劇場のシーズン・セット券はすでに入手したが,日本から旅行で来られる妻の友人たちが,滞在中に一緒にオペラ「仮面舞踏会」を見たいとおっしゃったので,21日の1回券を3枚購入しに行ったのだ.

 21日はシーズン開幕初日なので,混むことが予想されたが,その日しか行けないということなので,一般売り出し開始の12日には,ともかく少しでも早くビリエッテリアに並んだ方が良いと思い,ビリエッテリアが開く10時前に着くように寓居を出た.

 テアトロ・コムナーレに着くと,まだ閉まっているビリエッテリアの前にはもうかなりの人だかりができていた.

予想を上回る事態に途方にくれたが,親切な人たちが声をかけてくださって,整理券をもらい,順番を待つことになった.106番だった.


 予定どおり10時に窓口が開いたが,1時間たっても20番目くらいまでしか進まない.手持無沙汰なので近くのオンニサンティ教会に行って,時間を潰すことにした.

 整理券方式なので,並んでいなくても良いのだが,呼ばれてすぐに窓口に行かなければ飛ばされてしまうようなので,油断はならない.それでも,1時間で20人しか捌けないのであれば,だんだんペースがあがっていくとしても,1時間程度は外出しても大丈夫だろうと思われた.エッセルンガに買い物に行こうかと思ったくらいだ.

 オンニサンティ教会を午前中の光で見るのは初めてで,東側の高い窓から差し込む光で見るギルランダイオの「聖ヒエロニュモス」は,これほど品格の高い神々しい絵であったかと思われるほどだった.良い体験をした.これもささやかな成功体験だ.



 結構時間をつぶしたつもりだったが,テアトロ・コムナーレにもどると,まだ50番までもいっておらず,前途の多難が予想された.

 途中,いくら何でも「仮面舞踏会」の1回券だけでこんなに時間がかかるのはおかしいと思い,係の人に聞いてみたところ,今シーズンのテアトロ・コムナーレ主催の全てのコンサートの1回券が対象だと言うことだった.なるほど,それでこんなにたくさんの人が朝から並び,こんなに時間がかかっているのかと納得がいった.

 若い男女のグループが,彼らだけで延々と1時間近く,3つしかない窓口の一つを占拠していたが,誰も何も文句は言わない.圧倒的に老人が多いと思われるファン層の中にあって,幾つものコンサートの少しでも良い席を,少しでも安く,自分たちと仲間のために慎重に選んでいる彼らは,多分貴重な存在だと思う.

 私たちも戦略を変えて,お客様のためのチケットだけでなく,すでに入手したシーズン券の中には入っていないコンサートから,興味あるものを選び,そのチケットもあわせて買うことにした.選んだのはペーター・シュライアー指揮のバッハ「クリスマス・オラトリオ」だ.

 また,シーズン券は,4つのオペラ(仮面舞踏会,運命の力,蝶々夫人,エレクトラ)と3つのバレエがセットになっていて,オペラと1つのバレエ(ラ・シルフィード)は会場がテアトロ・コムナーレで,ずっと同じ席が確保されているのに対し,ゴルドーニ劇場で上演される2つのバレエ(くるみ割り人形,ペトルーシュカ)は,別途,日にちと座席を指定する必要があったので,それもついでに済ませてしまおうと,日程等の検討をしながら順番を待った.

結果的には飛ばされた人も少なくないので,4時間で私たちの順番が回ってきた.


 時間はかかったが,ともかくすべて無事に確保できた.クリスマス・シーズンの人気演目でもあるらしい「くるみ割り人形」などは希望日の座席が埋まってしまう寸前だったようで,早いタイミングに予約したのは正解だったし,お客様方のための座席も比較的良い所が取れたので,これはかなりの成功体験と言ってよいであろう.「苦難を経て,幸せの星へと至る」(ペル・アスペラ,アド・アストラ)というべきであろうか.


向田さんをお迎えして
 14日に妻の友人の向田千能さんをお迎えした.空港までお迎えにあがり,今日までにすでに何ヵ所かの名所をご案内した.

 私も同行させてもらう予定でいたが,空港まで迎えに行き,案内しているのは妻である.何もお客様が妻の友人だからではない.実はヴェローナから帰った翌日に発熱してしまい,その間いろいろなことがあったが,基本的に妻に「絶対安静」を命じられて床に就いていた.

 本番に弱く,肝心な時に発熱するいつもの脆弱な体質をさらけ出してしまった.多くの「成功体験」が続く中で,これによって不運も多少消化できたかも知れないが,それにしても力が入らず,「大丈夫」と強がれないのが情けない.

 明日17日には向田さんと一緒にアッシジに行くことになっているので,何とかそれまでには直したいと思っていたが,一進一退でなかなか出口が見えなかった.ようやく快方に向かっているようだ.

写真:
ポンテヴェッキオで
記念撮影


 昨日,電話でサンタ・マリーア・デル・カルミネ教会のブランカッチ礼拝堂の予約を申し込んだところ,うまい具合に予約が取れて,ついにマザッチョのフレスコ画を見られることになった.今,妻は向田さんとパラティーナ美術館に行っているが,私もブランカッチ礼拝堂の予約時間の3時には彼女たちに合流し,活動再開の端緒に着く.

 ヴェローナ,マントヴァの報告,ブランカッチ礼拝堂の感想,アッシジ訪問記はアッシジから戻って20日以降に少しずつまとめて行くことにする.

(帰宅後)
 ブランカッチで見ることのできたすばらしい作品については,後日まとめる.

 妻たちの方は,イベントか何かのせいでパラティーナが臨時閉館で,それでは,とのぞいて見たウフィッツィはストライキ(ショーペロ)で休館,そのあおりをくったのか,ヴェッキオ宮殿は長い列が中々進まず,結局あきらめて,何も見ないままサンタ・マリーア・デル・カルミネに来ることになったとのことだった.

 カルミネでブランカッチ礼拝堂を見た後,サント・スピリト広場の露店をひやかし,サン・フェリーチェ教会に行ってみたが閉まっていた.ポントルモの「受胎告知」を見てもらおうとサンタ・フェリチタ教会に行ったら,ここも開いていなかった.

 帰路とぼとぼ歩きながら,オンニサンティ教会の傍を通ったらここは開いていたが,昨日見てもらったばかりだ.私たちはまだいるから良いが,向田さんにとっては不運な一日で,お気の毒でいたたまれないような気持ちだ.明日からのアッシジで今日の不運を埋め合わせられることを祈るばかりだ.





夕暮れのミケランジェロ広場
左端にダヴィデ,右端に「虹」