フィレンツェだより |
ミネルヴィーノ・ディ・レッチェ 田園風景 |
§南イタリアの旅(その1)−ミネルヴィーノ篇
南イタリアにレッチェという都市があることは知っていたが,どうやってそこまで行くのか,どんなところなのか,よく理解していないまま,ともかくフィレンツェ中央駅に行き,クレジットカードが使えて,英語表示を選択できる自動券売機で電車の座席を予約したのは出発の数日前だった. ![]()
これで見ると,直線距離はさほどでもないように見えるかも知れないが,実際にはナポリの手前のカゼルタで東に方向を変え,アペニン山脈を越えてアドリア海(つい日本海と言ってしまいそうになる)側に出なくてはならない. ちなみに,イタリアは大雑把には地中海に面した国と言って間違いではないが,北は陸地でアルプス,東はアドリア海,南はイオニア海,西はティレニア海に囲まれていて,背骨のようにアペニン山脈が南北に走っていることを理解しておくと便利だろう. ![]() 日本では市町村のよりも大きな地方自治体としては都道府県があるだけだが,イタリアでは県(プロヴィンチャ)の上位の自治体として州(レジョーネ)がある.フィレンツェはトスカーナ州,ペルージャはウンブリア州,ローマはラツィオ州,ナポリはカンパーニャ州である.レッチェはプーリア州なので,フォッジャから先は,いわゆる「長靴」の「踵」にあたる地域にあるレッチェまで後はすべてプーリア州である. しかし,フォッジャからプーリアの大都市を挙げるだけでも,州都バーリ,ギリシアへの渡航地として古代から有名なブリンディジなどがあり,レッチェはまだ先である. ![]()
車窓での「学習」 ヴァカンスで楽しめば良いのだからだから,何も学ばなくても構わないのだが,根が貧乏性なので,ついつい「あれは有益だった」とか「これは勉強になった」と自分に言い聞かせてしまう.
ローマまでのトスカーナ州,ウンブリア州の山がちな風景も,同じように見えて微妙に違うように思えたし,ラツィオ州,カンパーニャ州で車窓から見える作物は,基本的にはトスカーナと同じく,オリーヴ,葡萄,ひまわりなのだが,カンパーニャでこれに加えてトマトの畑が見え始める.トスカーナではあまり目に付かなかった広い小麦畑がラツィオ,カンパーニャの平原には広がっている. 「平原」と書いたが,ラツィオ州では鉄道の西側から海まで平地になっているが,東側には山が迫っている.こちらだけ見ていると,岩がちでところどころで石灰石が採取されている不毛な山にオリーヴが植えられている風景しか見えず,意外にラツィオは作物の貧しい地域だったのかと思ってしまうが,実際には西側に豊かな平地が広がっている. トスカーナやウンブリアでも丘の上の都市はめずらしくないが,ローマからカゼルタまでの鉄道の東側に見える山の中腹や,峰々にある大きな町はまるで空中都市のようだった.
全てトンネルではなかったので,多分,山の間の低くなったところを選んで鉄道を敷設したのだと思うが,それにしても山間であることに変わりはないのに,鉄道の両側に刈り取りの終わった小麦畑とおぼしき空き地が広がっていたことである. 集落から離れたところに大規模な農地がある.これは後で教わることになるプーリア州の農業とも似ているところがあるように思う. フォッジャからレッチェまでは距離があるので,良く見ると車窓風景も少しずつ変わってくるのだが,基本的にオリーヴ畑と葡萄畑が交互に延々と広がっていて,所々に大きな街がある,という印象を受けた.
![]() ともかくレッチェの駅に着くまでに「イタリアは広くて,多様だ」ということを実感した. 幸いなことに,フィレンツェでもローマでも出発時間は遅れたが,到着時間は正確だった.どこかで調整したのだろうが,いずれも終点で降りる私たちにとっては幸運だった. 滞在地,ミネルヴィーノ 大家さんがレッチェ駅まで迎えに来てくださって,実家のあるミネルヴィーノ・ディ・レッチェまで自動車で連れて行っていただいた. 今まで単に「レッチェ」と称してきたが,「レッチェ」にはレッチェ県(プロヴィンチャ)と県庁所在地であるレッチェ市(コムーネ)があり,ミネルヴィーノ・ディ・レッチェという時の「レッチェ」は「県」のほうである.つまり県庁所在地の大きな駅に着いて,滞在させていただく県内の小さなコムーネであるミネルヴィーノまで車で連れて行っていただいたということだ. ![]() 実際には自動車が足となって,整備された道路によって近隣の自治体や大都市と結ばれているので,もちろん閉ざされた世界ではない. 大家さんの実家も「街」にあるが,ご実家の畑にある作業小屋を改造して,夏のヴァカンスをそこで過ごしておられる.私たちはその一室に泊めていただいた. そんな「水入らず」でくつろいでいるところに4泊もするのは,お邪魔になるし,ご面倒もおかけるするのではないかと思われたので,最初は1泊させていただいて,ともかく南イタリアを体験してこようという風に考えていた.しかし,5日間の心づくしのご歓待を通じて,お客を招いて楽しんでもらうことは,様々な負担を越えて,自分たちの楽しみにもつながるという考え方があることを,おぼろげながら理解することができたように思う. もちろん,こうした考えは個人差はあるが,日本にもあるし,日本でも先輩や友人の自宅や別荘で歓待してもらったことは何度もあるが,そのスケールが大きいというか,ともかく4泊もさせてもらって,毎日色々なところに連れて行ってもらい,様々なご馳走を振舞っていただいたのは,単に私たちが厚かましいというだけではないように思われた.
![]() 神戸や東京のルミナリエはイタリアにモデルがあるそうだが,サン・ロレンツォの祝祭日である8月10日,ミネルヴィーノの教会の前の広場は電飾で輝いていた.大変美しいもので,決してちゃちな規模のものではない.近隣の村が日替わりでお祭りになるので,この設備は交代で使うらしく,大きな負担なしでこんなに華やかな演出ができるとは大変合理的だ.
電飾の煌く通りには夜店が並び,教会前の広場にはステージが作られ,ブラスバンドが一晩中オペラの音楽を演奏する.アリアの部分はトランペットやトロンボーンなど独奏楽器の聞かせどころである. その夜,私たちが聞いたのは,ヴェルディの「リゴレット」だったが,なかなかの水準の演奏で,専門的訓練を受けた,少なくともセミプロくらいのレヴェルの技術を持った人たちでなければできないものだ. 「音楽の原点」というには洗練されすぎているが,「楽しむ」という側面においては,喝采している男女を見ていると,やはりオペラは,その出発点は貴族やインテリのものでも,最盛期にはイタリアの庶民が支えて来たのだなあと実感する. ミネルヴィーノの豊かな味 今回の旅行で,様々なご馳走を振舞っていただいた.大家さんが小学校に一緒に通ったという主人が焼くパンはうまかった.大家さんに連れられて,そのパン屋さんを見学させていただき,今,90歳を越えている,もしかしたら最後の名人かも知れない職人が手で積み上げた石釜も見せてもらった. 日本からも見学に来るシェフがいるほど有名な店らしく,店舗部分は小さいが工場(私の母の実家が菓子屋で,店の裏にやはり工場があるので,私は「こうば」という読み方が好きだ)は大きく,近代的な設備も取り入れて,近隣地域のニーズに応えているようだった. 名人が積み上げた昔ながらの焼き釜も2つとも立派に稼働しており,そばには釜の中を掃除するための月桂樹の枝が置かれている. この主人は快活な方で,私たちを相手に能弁に説明して下さり,アルコール度数18パーセントの特製ワイン,焼きたてのパン,自家製のチーズなどを振舞ってくださった.彼が焼き釜の中の「火」(フオーコ)を指して,ギリシア語で「ピール」と言うのだと教えてくれた.わざわざそう言ったのは,私がギリシア語も教える教師であることを知っていたからではなく,この地方で使われているパン焼きの用語としての説明だったのだと思う. ![]() この地域の地名にはギリシア語語源のものが時々出てくる.大家さんの話では昔はギリシア語を話す集落もあったそうだ.が,その話はまた明日以降に回す.
帰り道,何で私が「世界の救世主」や「神」になるのかと考えた. サルヴァトーレという名前の人は,以前ワールドカップで得点王になり,ジュビロ磐田にもいたスキラッチもそうだが,「トト」というあだ名になるから,「トクヤ」が「トト」に聞こえたのだろう,という自説を披露したら,トトは「トゥリッドゥ」にもなるらしく,そっちの方が音が近いという説も出た.「カヴァレリア・ルスティカーナ」の世界だろうか. そう言えばミネルヴィーノにはこのオペラの原作の作者の名を冠したヴェルガ通りがあった.農道がヴェルガ通りになる方が,私の名前が「救世主」や「色男」になってしまうよりは説得力があると思う.
![]() 畑になっているものは自由に食べて良いと言っていただいたので,フィレンツェの中央市場で買い損ねたまま姿を見なくなって残念に思っていた緑のイチジクをもいで食べた.
料理に唐辛子(ペペロンチーノ)をナイフで細かく切って入れるのがうまかった.お土産にと言ってくださったので,畑から直接頂戴して来た. ![]() 私たちも2度ほど海水浴を楽しませていただいた.サンタ・チェザレア・テルメという温泉のある町の岩場の海水浴場と,ラーギ・アッリミニという2つの海水湖が近くにある広い砂浜海岸で,「泳いだ」.妻は達者だが,私は泳げない.2人とも,30年ぶりの海水浴で,実際のところ水浴びに近かった. それでもローマ建国伝説の英雄アエネアスが渡ってきたアドリア海の紺碧の水に入ることができたのだ.稀有の体験をさせてもらった.
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地元産小麦による 手打ちパスタ |
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