フィレンツェだより
2007年6月23日


 




サンティッシマ・アヌンツィアータ教会
奉納物の小回廊



§「奉納物の小回廊」

イタリア国内では酷暑のため死者も出ているようだ.


 フィレンツェは今日は少し過ごしやすかったが,それでも日なたに出ると消耗してしまう.逆に言うと,かなり暑い日でも日陰はわりに涼しい.外を歩くときはともかく日のあたらない所を探して歩くようにしている.

 明日は守護聖人の洗礼者ヨハネ(サン・ジョヴァンニ・バッティスタ)の祝日で,フィレンツェはお祭りだが,この暑さでは,昔の服装でのパレードとか古式サッカー(カルチョ・ストーリコ)で死者が出たりしないか心配だ.

 明日のサンタ・クローチェ広場での古式サッカーと夜10時からのアルノ川の花火は見たいので,体力温存のために今日の土曜日は,夕方から近くのサンティッシマ・アヌンツィアータ教会を拝観させてもらう以外は家で過ごした.

 家の中は過ごしやすい.一昨日までは家の中でも暑かったので,今日はやはりだいぶ涼しかったのだと思う.予想最高気温は29度で,実際にお昼頃は通りの温度計が29度を示していた.午後はもう少し暑くなったのではないかと思う.



 サンティッシマ・アヌンツィアータの堂内では,アレッサンドロ・アッローリの「天地創造」,デル・カスターニョのフレスコ画「三位一体と聖ヒエロニュモス」と「聖ユリアヌス」など多くの作品を見られることになっているが,修復中で覆いのかかっている祭壇もある.

 夕方のお祈りが始まったので,堂内の拝観は遠慮して,今日はもっぱら「奉納物の小回廊」にあるフレスコ画の鑑賞をさせてもらった.「奉納物の小回廊」のフレスコ画には,「聖母マリアの物語」,「聖フィリッポ・ベニーツィの物語」の2つの物語がある.


聖母マリアの物語
 小回廊に入って右側の壁が「聖母マリアの物語」だ.フランチャビージョの描いた一場面があることを知っていたので,まずそれを確認した.マリアの顔が剥落していて痛々しいが,骨太な人物造形はやはりフランチャビージョの作品だと思わせる.

写真:
「聖母マリアの婚約」
フランチャビージョ


 聖母マリアの物語はロッソ・フィオレンティーノの描いた「聖母被昇天」の場面から始まるが,続く2番目の絵は大傑作と思う.ポントルモの「マリアのエリザベト訪問」である.

写真:
「マリアのエリザベト訪問」
ポントルモ


 「受胎告知」に際して天使は,神の力をもってすれば何でもできる一つの例として,マリアの親族で,子どものないまま年取っていたザカリアの妻エリザベトがみごもったことを告げる.エリザベトから生まれたのが洗礼者ヨハネで,イエスとヨハネはお互いの母親を通じて血縁ということになる.この絵を見ても赤系の色彩が印象に残る画家だと思う.

 この絵の後にフランチャビージョの「聖母マリアの婚約」があり,その後に続く2つの場面「聖母の誕生」と「三王の到着」を描いたのがアンドレア・デル・サルトである.この画家の端正で力感に溢れた画風はすでに私たちにはおなじみのものとなったが,今日あらためて見せてもらって,感動を新たにした.損傷が激しいが「三王の到着」は相当な傑作で,三人のマギ(賢人)の特徴がよく描き分けられているように思える.

写真:
「聖母の誕生」
アンドレア・デル・サルト



聖フィリッポ・ベニーツィの物語
 小回廊の左側の7場面は「聖フィリッポ・ベニーツィの物語」で,奥のバルドヴィネッティの「キリスト誕生」(6月10日に紹介)から始まる.

 2枚目は「マリアの僕(しもべ)修道会の衣服を受け取る聖フィリッポ・ベニーツィ」で,作者はコジモ・ロッセッリ.バルドヴィネッティとともに15世紀の人で,ポントルモ,フランチャビージョ,デル・サルトよりも前の世代に属する画家である.

写真:
「マリアの僕(しもべ)
修道会の衣服を受け取る
聖フィリッポ・ベニーツィ」
コジモ・ロッセッリ


 こちらの物語も,3番目の絵から続く5枚が若い頃のデル・サルトの作品である.

 下に紹介する1枚は,その中で一番良い絵というわけではないが,絵の中央にある入口の上に窓があり,そこには下を覗いている2人の人物の姿が描かれているのが目にとまった.この2人は場面の証人となる目撃者ということであろう.これは,サン・サルヴィで見た「最後の晩餐」と同じ手法が使われていることになる.

写真:
「悪魔に憑かれた女性を
救う聖フィリッポ・ベニーツィ」
アンドレア・デル・サルト


 デル・サルトによる5場面は,ロッセッリの後を受けて,フィレンツェ出身でパドヴァとパリの大学で医学を修めた13世紀の聖人(列聖は17世紀)フィリッポ・ベニーツィの奇蹟物語の連作になっている.この聖人の彫像が堂内にあり,18世紀のジョアッキーノ・フォルティーニの作品だそうだ.


サン・マルコ教会
 サンティッシマ・アヌンツィアータ拝観の後,サン・マルコ教会に行き,19世紀のサヴォナローラの彫像の所にあるポリツィアーノの墓碑と,その上にあるピコ・デッラ・ミランドーラの墓碑に参り,修復中の堂内をひとめぐりした.

 ガイドブックにはのっていない絵だが,チーゴリの「エルサレムに十字架を運ぶヘラクレイオス」が目をひいた.老人が十字架を担いでいる絵に見えたので,エラクリオというイタリア語表記の固有名詞を見ても東ローマ皇帝ヘラクレイオス(在位610-641)のこととは思いつかなかった.ササン朝ペルシアを破って,聖十字架をエルサレムに奪還したビザンティンの英雄だ.

 他にもロレンツォ・ディ・ビッチのフレスコ画を見ることができた.コンサートの打ち合わせをしていたようなので,ゆっくり見るのは遠慮して辞去した.



 昨日はサクランボを紹介したが,他にこの季節に出始めるものに「桃」(ペスカ)がある.日本の桃と同じくらいの大きさのものもあるが,下の写真は中央市場で買った,日本ではあまり見ない小さな桃である.美味だった.

 6月は菩提樹が香り,泰山木(マニョーリア)が花を咲かせ,夾竹桃(オレアンドロ)が咲き誇る美しい時期である.このところの暑さがなければ本当に良い季節なのだが.





イタリアの桃