フィレンツェだより
2007年6月8日


 




ホーン宮殿
中庭から空を見上げる



§ホーン美術館

ホーン財団美術館に行った.目当てはジョットの「聖ステパノ」(サント・ステーファノ)である.


 美術館はアルノ川にかかるグラツィエ橋の袂近く,サンタ・クローチェ教会とウフィッツィ美術館の間くらいのデ・ベンチ通りにあった.

 建物もパラッツォの名にふさわしい立派なものだ.もとをたどれば14世紀に当時有力者だったファーニ一族によって建てられたらしいが,アルベルティ家,コルシ家と所有が移り,コルシ家のものとなった15世紀末にイル・クロナカ(シモーネ・デル・ポッライオーロ)の設計でできたのが現在の建物のもとになっており,その後も様々な所有者の変遷を経て,1911年にハーバート・ホーンの手に渡ったとのことである.

写真:
ホーン美術館
2階展示室


 ホーンは1864年にロンドンで生まれ,1916年にフィレンツェで死んだイギリス人で,美術批評を手がけ,美術商として,またコレクターの助言者として活躍した人物らしい.彼のコレクションがこの美術館の核になっているが,彼は死に際して,自分の名前を冠した財団を設立することを条件に,美術品をイタリアに遺贈し,後にこの美術館ができたようだ.

 ビリエッテリアで入場券(1人5ユーロ)と英語版ガイドブック(9.3ユーロ)を買い,順路を指示してもらった.写真はフラッシュを焚かなければ良いといわれた.

写真:
ジョット作
「聖ステパノ」


 「聖ステパノ」はロンドンで1904年に9ポンド5シリングで買った(The Horne Museum, Firenze, 2001, p.16)とのことで,神話の時代の話かと思ってしまう.

 この作品の前に立つと,その凛々しさに惚れ惚れしてしまう.

 1330年代に描かれたという以外の重要な情報を今得ることはできない.一体,もともとどこにあって,どのような経緯をたどって,ロンドンで売りに出され,現在フィレンツェに鎮座することになったのだろうか,是非詳しい解説を読んで勉強したい.

 額装されているが,もともとは違う形だったのだろう.真作であるのは間違いないのだろうが,この作品について色々知ることができればなあ,と思わずはいられない.



 ホーンのコレクションの最初の作品は,ドメニコ・ベッカフーミというシエナ出身の画家の「デウカリオンとピュッラ」(1520年頃)だそうである.先日見たバロック・オペラの原作オウィディウスの『変身物語』第1巻にも出てくるギリシア神話で,「ノアの洪水」のギリシア版だ.この作品ももちろん見ることができる.

 ベッカフーミの作品はこの美術館にもう一つある.ウフィッツィにあるミケランジェロの「聖家族」のように丸い額に入った絵で,これも「聖家族」(1528年頃)だ.この作品は『最新完全版ガイドブック フィレンツェ』でも,ジョットの作品とともに挙げられているので,この美術館の目玉の一つなのだろう.

 『最新完全版ガイドブック フィレンツェ』でもう一つ名前を挙げられている絵が,ドッソ・ドッシの「音楽の寓意」(1522年)だ.この作家の「妖術(ヘラクレスの寓意)」がウフィッツィにあり,やはり有名な画家だ.

 しかし,この美術館にも,やはり大変な宝がたくさんあった.1階のコイン・コレクション,陶器コレクションも立派だったし,これを展示した部屋にあったヤーコポ・タッティ(イル・サンソヴィーノ)の「聖母子」の浮き彫り彫刻,アニョーロ・ディ・ポッロの「救世主」のテラコッタ胸像などを見て,「お,なかなかじゃないか」と思っているうちはまだ余裕があったが,2階,3階に上がってからは興奮の連続だった.

 ピエロ・ディ・コジモの「聖ヒエロニュモス」,ベルナルド・ダッディの「キリスト磔刑図」,ベノッツォ・ゴッツォリの大きな「キリスト降架」なんていう作品がさりげなく展示してあり,ジャンボローニャの「跪くヴィーナス像」(テラコッタ)がゴッツォリの絵の前に置かれている.別の部屋に行くと,アーニョロ・ガッディ作とされる「キリストの顔」,ロレンツォ・モナコの小さな「キリスト磔刑図」があり,ともかく感動する.

写真:
ロレンツォ・モナコ
「キリスト磔刑図」


 パラティーナ美術館に「ヒュラスとニンフたち」(ギリシア神話)が収蔵されている,フランチェスコ・フリーニの印象に残る作品も2枚あった.「ロトの妻」(旧約聖書)と「アルテミシア」(古代史)だ.

 ネーリ・ディ・ビッチの「大天使ラファエルとトビアスと聖ヒエロニュモス」も立派だったが,ガイドブックでは写真が反転していた.ハリス・ブラウンという人が描いたホーンの肖像画もあって,美術愛好家の雰囲気をよく伝えた絵だった.

 フィリピーノ・リッピの絵は見ることができたが,フィリッポ・リッピの作品は見つけられず,後ろ髪引かれたが,1時の閉館前に係員の皆さんがそわそわしだしたので,残念ながら後日を期して退散した.


サン・ニッコロ門のフレスコ画
 ミケランジェロ広場の登り口のところに「サン・ニッコロ門」という塔がある.これまで何度もその横を通っているが,『最新完全版ガイドブック フィレンツェ』に,塔自体も1324年の建設と大変古いものだが,15世紀のフレスコ画「聖母マリアと聖人たち」を見ることができる,と書いてあるのを見つけて気になっていた.

 どうやったら見られるのかわからないが,ともかく行って見ようということで,美術館を出た足でそのままアルノ河畔へと向かった.

写真:
アルノ川と
サン・ニッコロ門


 フレスコ画は簡単に見つかった.塔の第1層には床も何もなく,天井の下は直接地面だが,そのアーチ型の天井の前面にあった.内部なので「風雨に曝される」というのは言い過ぎかも知れないが,その大胆な扱われ方に驚いてしまった.

 一つ一つどれも大切にするには,あまりにも色々なものがあり過ぎるということなのだろう.聖母子の隣の「聖人たち」は左は洗礼者ヨハネ,右は聖ゼノビウス(サン・ザノービ)だろうか.

写真:
サン・ニッコロ門のフレスコ画
「聖母マリアと聖人たち」


 帰りはバディア・フィオレンティーナ教会とバルジェッロ美術館の間の道を通って,そこから今まで通ったことのない小さな道をたどりながら帰ってきた.

 街角の壁龕,紋章,教会につい目を奪われてしまう.小さな教会の扉が閉まっているのを見ると,あさましい話だが,あそこにもとんでもない宝があるのではと思えて,今度はここを訪ねてみたいと思い,フィレンツェ市が立てた解説の看板を写真に収めてきてしまう.

 昨日の大雨が嘘のように晴れた日だったが,日陰と家の中は涼しく過ごしやすい.





バディア・フィオレンティーナ教会
鐘楼が聳える