フィレンツェだより
2007年5月19日


 




人類学博物館
(ノン・フィニート宮殿)



§文化週間 第7弾 −サン・マルコ美術館再訪−

「文化週間」便乗第7弾は,「国立人類学博物館」になるはずだった.


 博物館は閉館時間が早いので,今日は午前中早めに寓居を出発した.博物館のあるノン・フィニート宮殿は実に堂々たる建築で,プロコンソーロ通りのこの前を通るたびに,この立派なパラッツォは何だろうと思っていた.ブオンタレンティが設計し,1603年にチーゴリが完成したという由緒あるもので,「完成した」けれども,2階(イタリア語式では1階)部分他が未完成なのでノン・フィニート(未完)というらしい.

 ここは「国立」だと思っていたが違うのだろうか,文化週間なのに無料ではなかった.一人4ユーロを払って入場したので,今回は「便乗」とはならなかった.

小さいので見にくいが,
チケットには,8ユーロ
(2人分)の文字が燦然
と輝いている.


 無料なら行ってみても良いかという程度の関心しかなかった場所に,入場料を払う羽目になったが,メディチ家のコレクションや,キャプテン・クックの収集品などもあり,展示品は質量ともに相当なものだったので,それなりに楽しめた.

 アフリカの諸地域,ポリネシア,南米,北極周辺の北米,シベリア,アジア諸地域のものも集められていた.ペルシア,インドのものになると私たちの感覚では文化としての水準が高く,「人類学」の範疇とは異なるような気がするが,文字使用とか,鉄器使用を文化の基準と考えるあたりに私たちの限界があるかも知れない.チベットは仏教文化なので,曼荼羅など私たちになじみのあるものも見られた.

 中国,韓国,日本の展示コーナーは見かけなかったが,世界の仮面を少しだけ集めたところに「おかめ」のようなお面などがあった.HOKKAIDOという表示でアイヌ関係の展示があり,興味深かったが,アイヌの服装をした人型が,三つ葉葵と三つ巴の紋が入った鞘の刀のようなものを持っているのは何か根拠があってのことなのだろうか.

 帰宅途中,時計や宝石,金銀細工を売っている店のショーウィンドーに「見ざる,聞かざる,言わざる」の置物が飾られているのを見つけた.これも人類学博物館のご利益だろうか.周辺には「招き猫」が置いてある店が何軒かある.日本人は良い客なのだろう.

写真:
高級な小物の後ろに三猿


 行きも帰りも,アカデミア美術館の前を通ったが,長い行列ができていて,今日も「文化週間」便乗見学は断念した.

 サン・マルコ広場で,妻に声をかけてきた日本女性がいた.語学学校で知り合ったそうだ.私たちと同窓の遥かに後輩で,志を抱いてイタリアに勉強に来た人とのことである.才能と意欲に溢れた人には心から声援を送りたい.


サン・マルコ美術館再訪
 昼食後,サン・マルコ美術館に行った.かつての修道院は,今は国立の美術館になっている.こちらはちゃんと入場無料だった.

 第1の目当ては,もちろんフラ・アンジェリコの「受胎告知」だが,他にも見るべきものが多い.ここは,ともかく時間と体力を要するところだ.今回は2回目なので,「オスピツィオの間」のフラ・アンジェリコの作品群を余裕を持って鑑賞できた.

前回気づかなくて,今回学んだことの一つに,「聖コスマス」と「聖ダミアヌス」という聖人がいる


 昨日訪れたメディチ家礼拝堂で,ミケンランジェロの聖母子像の隣にあった2つの像も彼らだった.彼らはメディチ家の保護聖人であるとのことだ.

 特に聖コスマスの方は,サン・マルコ修道院の有力な保護者だったメディチ家の老コジモの名前のもとになっているので,聖コスマスを老コジモに,聖ダミアヌスを息子のロレンツォ豪華王になぞらえて描いてある絵もあったほどだ(「サン・マルコの祭壇画」).

 「アンナレーナの祭壇画」,「ボスコ・アイ・フラーティの祭壇画」にも登場し,前者にはこの2人の殉教物語が付されている.この2人のアトリビュートは「赤い帽子」のようであることも察せられた.

 「聖コスマスと聖ダミアヌスとその兄弟に埋葬」は,どこかの展示会に出張中だった.若く美しい聖ラウレンティウス(ロレンツォ)が良く描かれているのも,ロレンツォ・デ・メディチの存在と関係が深いかも知れない.



 前回も言及したように,2階の僧房群の中には,コジモ・デ・メディチが来たときに滞在する部屋(第38・39僧房)がある.この第39僧房の「三王礼拝」は,メディチ・リッカルディ宮殿で見たベノッツォ・ゴッツォリの「三王礼拝」を思わせる画風に見えた.前回購入した日本語版ガイドブック(マニョリア・スクディエリ,松本春海訳『サン・マルコ美術館』第2改訂版,フィレンツェ&ミラノ,2003)によれば,フラ・アンジェリコとゴッツォリの共作とのことであった.

 ゴッツォリはフラ・アンジェリコの弟子だそうだ.第38僧房の「キリスト磔刑」はゴッツォリ作と推定されるそうだし,他にも共作とされる作品が幾つかある.こちらに来る前はメディチ・リッカルディ宮殿の「三王礼拝」しか知らなかった画家だが,サン・ジミニャーノでも作品を見ることができたし,サン・マルコ美術館で一回見ている作品にも実は彼の手が入っていることを知り,偉大な芸術家であることが初めてわかった.

 「オスピツィアの間」でもフラ・アンジェリコが描いた複数の「受胎告知」を見ることができるし,第3僧房の「受胎告知」も素晴らしい.

しかし,何と言っても,階段を上がったところにある「受胎告知」は大傑作で,これを見るためにだけイタリアに来ても良いと思う.


 この絵の前にいつまでも立っていたいのは私だけではないので,時々は場所を譲らなければならないが,これだけ季節が良くて,入場無料の日であるにもかかわらず,数えようと思えば数えられそうな程しか入場者はいないので,じっくり鑑賞することができた.

 サン・マルコは見るものがありすぎるくらいあるし,ポイントを絞るつもりでいても,結局それらを全部見てしまうので,来るときは体力と気力を充実させて来ないといけないだろう.

 1階「聖アントニーノの中庭」の回廊にある「参事会の間」のフレスコ画も見逃してはならない.フラ・アンジェリコの「キリスト磔刑と聖人たち」である.経年劣化は避けられないので,芸術も永遠ではないという思いを新たにするが,聖母に抱きつく後姿のマグダラのマリアの衣装の色が印象的だ.ここでも左端に聖ダミアヌスと聖コスマスがいる.帽子はないが,赤い靴下もしくは靴を履いている.



 文化週間の企画のおかげで見られたものがいくつかある.

 「大食堂」に展示されているプラウティッラ・ネッリの「死せるキリストの哀悼」の修復作業を撮影したヴィデオを上映していて,これが意外に面白かった.修復過程を見せながら作品の解説をしていて,同じく「大食堂」に何枚か作品が展示されているジョヴァンニ・アントーニオ・ソリアーニの作品,サン・マルコでフラ・アンジェリコの次に作品が多いフラ・バルトロメオの作品,それからアンドレア・デル・サルトやペルジーノのパラティーナ美術館収蔵作品や,「オスピツィオの間」の天井に残る絵の引用などを解説していた.

 前回は閉まっていた図書館が開いていて,羊皮紙に文字や絵を記す道具や,グレゴリオ聖歌の細密画入り楽譜の羊皮紙写本,また館内の壁画の修復過程など様々な展示を見ることができた.ザノービ・ストロッツィの「聖トマス・アクィナスの学校」も,小さな絵だが見られて良かった.聖トマスは創設者の聖ドメニコ(ドミニクス)と並ぶドメニコ会の英雄とも言うべき存在のようで,サン・マルコ美術館では,聖フランチェスコ(フランキスクス)以上の頻度で宗教画にも登場する.

 見学を終えて図書館を出ようとしたら,楽器の音が響いてきた.今晩,図書館で開かれるアコーディオンとリコーダーによるコンサートのリハーサルが始まったのだ.音響が超絶的に良いので,アコーディオンがオルガンのように聞こえた.

 「聖ドメニコの中庭」にも入ることができた.この修道院に中庭は3つあって,回廊に主要展示物がある「聖アントニーノの中庭」と,ガイドブックでも紹介されている,小さいが風景の良い「スペーザの中庭」は公開されているが,「聖ドメニコの中庭」は修道会の管轄区画ということで普段は見学できない.しかし,今日は特別なのか開放されていた.心の落ち着く美しい空間だった.



 一通り見終わって,ブックショップのある部屋に出た.同じ部屋にあるドメニコ・ギルランダイオの「最後の晩餐」も何度見ても素晴らしい作品だ.猫と孔雀が印象に残る.

 ともかく,サン・マルコ美術館はすばらしい.教会の入り口の横が美術館の入り口だが,教会の方も見るべきものがあるようだ.信仰の場であることを忘れずに,いつか教会の方も見せてもらおうと思っている.

写真:
小さな庭のバラの前で


 心地よい疲労と充足感に包まれて建物の外に出ると,出口の前の小さな庭にバラが美しく咲いていた.




サン・マルコ教会
サン・マルコ広場から