フィレンツェだより番外篇 |
カラヴァッジョ作,「洗礼者ヨハネ」 (ボルゲーゼ美術館展チラシ) |
§日本で鑑賞,イタリア美術 - マッキアイオーリ展 ボルゲーゼ美術館展(続き) ![]()
が参考になった.カポディモンテ美術館で開催されたプレーティの特別展の図録だ.当然,私は見ていない. ![]() アカデミア美術館が購入したときは,カラヴァッジョの作品という触れ込みだったらしいが,暗い背景から人物が浮かび上がって来る以外にカラヴァッジョ的ではないように思える.当然,作者に関しては様々が議論が出て,最終的にはプレーティの作品ということになったようだ.上記の図録には,その経緯は説明されていないが,この作品の写真と解説がある.やはりプレーティの作品として,この特別展に展示されたようだ. ![]() プレーティ展の図録でそれぞれの所蔵先を見る限り,少なくとも「亡命のアエネアス」(ローマ,古典絵画館),「貢の銭」(ローマ,ドーリア・パンフィーリ美術館),「マルコ伝」(10章13-16節)に取材した「子どもたちの祝福」(ミラノ,ブレラ絵画館),「イサクの犠牲」(ボローニャ,国立絵画館),「ラザロの蘇生」(ローマ,古典絵画館),「カナの婚礼」(ロンドン,ナショナル・ギャラリー)は見た可能性があるわけだが,全く記憶にない.ヴェネツィアのアカデミア美術館も行ったのだから,前述の「ホメロス」も見たか知れないが,全然憶えていない. 圧倒的に,カポディモンテ美術館所蔵の作品が多いが,フランス,スペインはもとより,アメリカ,カナダからも作品を招来し,個人蔵も多いので,今思えばこの特別展は垂涎の企画だ.しかし,1999年時点ではイタリアに行ったことがなく,バロック絵画にもカラヴァッジェスキにも全く興味がなかったので,これは仕方がない. 随分,よごれた本しか在庫が残っていなかったようだが,それでもインターネット書店ウニリブロを通じて,日本にいながらにしてこの図録が入手できたのは嬉しい.他にも数冊,プレーティ関連の本を買ったので,今後,プレーティの作品を見る機会があれば,参考にしたい. 図録には,この特別展で展示された「同時代の画家たち」の作品の写真が掲載されている.幾つかの作品は見た可能性があっても憶えていないが,一つだけグエルチーノ「聖セバスティアヌスの救出」(ボローニャ,国立絵画館)はよく憶えているし,写真も撮ってきた作品だ.
ローマのサンタンドレーア・デッラ・ヴァッレ聖堂にプレーティとともにドメニキーノやランフランコの作品があることを考えても,プレーティに対する,ローマで活躍したエミリア・ロマーニャ出身の画家たちの影響は重要な考察対象であろうことは容易に想像がつく.具体的にグエルチーノとプレーティにどういう影響関係があるのかは,今のところ,私には全くわからないが,少なくともグエルチーノとプレーティを両者とも,意識しながら,各地の教会や美術館を観てまわりたい.
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に写真が掲載されている「ヤエルとシセラ」(士師記4章17-22節が典拠)のヒロインであるヤエルの顔は素人目にはグエルチーノの影響を思わせるが,気のせいかもしれない. この絵はカタンツァーロ県タヴェルナ市役所が購入して所蔵しているようだが,タヴェルナ市はプレーティの出生地で,カタンツァーロ県の県庁所在地カタンツァーロ市はカラブリア州の州都だ.プレーティはローマやナポリで活躍し,「騎士」にしてくれた(彼の通称として「カラブリアの騎士」というのがある)聖ヨハネ騎士団からの仕事のために,マルタ島のヴァレッタで亡くなったが,いつの日か,このタヴェルナという町にも行って見たい. 「ヤエルとシセラ」のヤエルそっくりの絵があるようだ.「虚栄」(ヴァニタ)と言う絵で,これはウィキメディア・コモンズに写真があり,ウフィッツィ美術館所蔵という情報が得られる.最近,神田の源喜堂で買った,
というもの凄く分厚い1冊本に,この絵の写真があり,「画家がナポリで最も精力的に活躍していた時期」の作品とある.1650年から70年の間と推定されている.上記の図録解説にもこの類似には言及があった.少なくとも私は,この寓意画をウフッツィで見た記憶が全く無い.どっちが元の作品かは議論があるが,この酷似は偶然ではないと多くの人が思うようだ. しかし,寓意画では開いた宝石箱を前に,鏡を見てうっとりとしている女性が,歴史画の方では屈強の男性を殺した後で,武器と思われるものを手にやはり陶然としている.現在のように,実物を見る機会に恵まれることもあり,でなければ写真で確認できるような時代ではないので,同じような(ではなく,「全く同じ」と言っても過言ではない)人物を違うシテュエーションで描くことにそれほど抵抗はなかったのだろうか. 偶然,上記のグレゴーリの本に,フェリーチェ・フィケレッリという画家の「ヤエルとシセラ」という絵がピッティ宮殿の保管庫にあるという情報があり,写真も載っている.戦いに敗れ,ヤエルの天幕に逃げてきたシセラをかくまうと見せて,ヤエルは槌で釘を打ち込んでシセラを殺した.フィケレッリの絵はまさに,釘をこめかみに打ち込もうとする場面が描かれている.これによって,タヴェルナのプレーティの絵で右手に持っているのが,金槌であることがわかる. フィケレッリはトスカーナ州のサン・ジミニャーノの生まれで,エンポリの弟子とのことで,グレゴーリによれば,「ヤエルとシセラ」は1660年に死んだ画家の後期の作品とされている.フィケレッリとプレーティの絵がどちらが先かはわからないが,プレーティの絵が圧倒的に良い. ![]()
という,カタンツァーロ市の旧修道院で開催された特別展の図録も入手できた.コッツァは図録によれば,スティニャーノ,英語版ウィキペディアによればスティーロの出身で,いずれにしてもカラブリア生まれということになる.彼にはドメニキーノの影響が見られるだけでなく,やはり素人目にはカラヴァッジェスキの1人ではないかと思われるような作品もあるように思われるが,その数は多くない.むしろ,この図録の解説部分で,小さいがカラー写真を使って,ランフランコやレーニとコッツァの作品を並べて,その影響関係に関する情報を提供してくれたのは貴重だ. カラヴァッジョと,エミリア・ロマーニャの画家たちの影響は,カラブリア出身のローマで活躍した画家たちには顕著で,その中から「ナポリ派」の形成に重要な役割を果たした人々がいたということなのだろう.今のところ,図録によっても,英語版ウィキペディアによってもコッツァがナポリで活躍した情報はないが,プレーティに関しては自明と考えて良いだろう.
![]() 行きたいと思いながら行けなかった特別展もある.ベッルーノとピエーヴェ・ディ・カドーレで開かれた「ティツィアーノ展」,シチリアのトラーパニで行なわれた「カラヴァッジョ展」は残念だったが,私たちの体力,行動力では見学実現に至らなかった.フォルリで開催されていた「グイード・カニャッチ展」も涙を呑んで諦めた. 見ることができて,深い感銘を受けたり,印象に残ったり,勉強になったりしたが,図録を買うということが全く念頭になかったり,ほしかったけれど,日本に送り返す手間と費用を考えると躊躇してしまい,買わなかったものも少なくない. 今,日本にいて,送料は決して安くないし,正直保管場所を考えると,あまり賢明な選択ではないのはよくわかるが,それでも手に入るものなら入手したいと思い,ウニリブロで検索して,高価なものを除いて,注文してみた.入手できなかったものもあるが,滞在が2007年なので,その時開催された特別展の図録は,まだ絶版になっていないものが多かった.その点は幸運だった.
ピエロ・デッラ・フランチェスカはもちろん大芸術家だし,セッティニャーノ,ピオンボは実力者だ.しかし,多くの人にとってティツィアーノ以外には興味が持てないだろう.何を隠そう,私がこれらの特別展を見たのは,ほとんどが偶然で,その特別展で初めて知った画家,彫刻家も少なくない. ピオンボ展の図録は,会場で最後まで迷って買わなかったので,手に入るものなら欲しいと思っていた.英語版があったのも知っていたが,ウニリブロにはイタリア語版しか選択肢がなかったので,それを注文したが,「売り切れ」(エザウリート)の知らせが後日来た.念のため,日本のアマゾンの洋書コーナーでピオンボを検索したら,イギリスの古書店が英語版を出品していて,比較的安価に入手できた.日本アマゾン経由で手に入るものは,海外からでも送料が300円ちょっとなので,その点も嬉しかった.何よりも,掲載の写真が良かったし,忘れていた傑作の絵柄を思い出し,所蔵先を知ることができて,この図録が手に入ったのが一番嬉しかった. パッツィ展は,フィレンツェ出身のある女性聖人を主題にした作品で,画家としてはフランチェスコ・クッラーディの作品が多く,高水準の絵とは決して言えないが,フィレンツェでたくさんみたおかげで,好きになった画匠なので(一般の美術本などでは絶対に扱われない画家だ),見られて嬉しい.そのうえ,特別展には出展されていなかったが,ペルジーノのフレスコ画で有名なサンタ・マリーア・マッダレーナ・デ・パッツィ教会にあるルーカ・ジョルダーノの美しい作品の写真が掲載され,解説もついていた.やはり,ピエトロ・ダ・コルトーナの影響を感じさせる絵だ.今回,カポディモンテ美術館展に来ていた「給仕の少年を助けるバーリの聖ニコラ」に決して劣らない立派な作品だと思う.パッツィ教会にも何度か行っているが,堂内が暗いので,鑑賞も撮影も十分できていないから,美しい写真が図録に載っていたのは嬉しい. 上記の中で,「カビアンカ展」(以下,この略称を用いる)に関しては,そもそもこのヴィンチェンツォ・カビアンカという画家に関しても,マッキアイオーリ派に関しても,全く知識がなかった.一見して「印象派」と似ているように思われ,「印象派」が好きな日本人の1人である私には,馴染み深い作品に思われた.ただ,やはりイタリア的な特徴をたたえていて,「印象派」とは明らかに違う面が少なくない,もしかしたら全く違う作風かも知れないと,最後には思うほど,かなりひきこまれて観た.
マッキアイオーリ展 「自画像」を含む少なくとも3点のカビアンカの絵に,日本で再会した.白金の庭園美術館で開催された「イタリアの印象派 マッキアイオーリ」(以下,「マッキアイオーリ展」)という特別展を2月15日に見た.個人蔵のカビアンカ「自画像」にも再会できた.
カビアンカ作品は,他に「14世紀のフィレンツェの吟遊詩人たち」,「糸をつむぐ人」の2点で,両者ともカビアンカ展以来の再会だ.これら以外にも,カビアンカ展では,イタリアの光と影の対照が鮮明で,ティレニア海とトスカーナの空の青が印象的な諸作品が私の好みにあった.今回のマッキアイオーリ展では,オドアルド・ポッラーニ「高地」,ラファエッロ・セルネージ「わんぱく坊主」,ジュゼッペ・アッバーティ「カスティリオンチェッロの谷」には同じような傾向が見られたが,これらの作品はカビアンカ展では観ていない. 両者に共通していて,今回再会できた作品は,テレマコ・シニョリーニ(英語版/イタリア語版)「日向の子どもたち」,クリスティアーノ・バンティ「農民の女性たちの集い」であり,後者にはカビアンカの「糸をつむぐ人」と同主題が見られるように思われる. ![]() ファットーリは19世紀フィレンツェ画壇の大物だが,イタリア滞在以前には全く知らなかった.マッキアイオーリ展の特徴の一つは,カビアンカ展では観られなかったファットーリの作品がかなり来ていたことだろう.1825年にリヴォルノで生まれて,1908年にフィレンツェで亡くなり,リヴォルノで埋葬された.トスカーナの芸術家と言えよう.生まれたときは,トスカーナ大公国,死んだときはイタリア王国の国民で,途中リソルジメントを経験している. リヴォルノには彼の名を冠した美術館があるようだが,私は行ったことがない.しかし,フィレンツェのピッティ宮殿にある近代美術館で,相当数彼の作品は見られ,その多様性は十分理解できる.誰が考えても,マッキアイオーリ派に限定される作風の人ではない.
![]() 「ミルクを少量加えたコーヒー」(小学館『伊和中辞典』)をカッフェ・マッキアートと言うが,マッキアという語は「汚れ,染み,斑点」を意味し,マッキアイオーリ派は「19世紀フィレンツェの色斑画法による革新的な芸術運動に属する画家」(小学館『伊和中辞典』)と定義されている.この特別展の図録に掲載されている論文
に拠れば,「ティツィアーノやジョルジョーネがすでに手早く下図を描くときに用いていた,色のブロックや明暗の効果で対象をとらえる技法」とも考えられているようだ.「マッキア」という語からあるいは「点描」という技法への連想があり得るかも知れないが,どうもそうとは言えず,「色のブロックや明暗の効果」という説明の方がピンと来る絵が多かったように思う. 達意の日本語に訳されていても,上記の論文を通読して理解するのは,なかなか難しい.ここに盛り込まれた豊富さ,多様さを要約することなどできないが,私が読み取ることができた限りでは,1856年フィレンツェのカフェ・ミケランジェロ(カフェ・ミケランジョーロ)に集った,イタリア各地出身の若者たちが,素描を重視する美術学校を中心とする,時代遅れと彼らには思われたフィレンツェ画壇の傾向に対抗して,イタリア絵画の革新を目指した.リソルジメントという時代背景もあって,若者たちは進取の精神に溢れていたが,1861年にイタリア王国が成立,1866年にカフェ・ミケランジェロは閉店,1870年のローマ解放による統一の完成という時代のうねりの中で,以後,彼らはそれぞれの個性を発揮して,グループはバラバラになっていく. 70年以降のマッキアイオーリの画家たちに関して,ディーニはシニョリーニ,レーガ,ファットーリの3人にフォーカスする.シニョリーニの自然主義,レーガの肖像画,リヴォルノ出身で郷土に根ざしたファットーリのトスカーナ的特性が,或いはそれぞれの拠って立つ点だったかも知れない.やはりフィレンツェで,ファットーリの絵をたくさん見たので,この3人の中では彼になじみがある.神田の源喜堂で,
を購入したくらいだ.この本は,「全作品」と言っても,かなりの作品は白黒の小さな写真でしか見られないし,カラー写真も古い本なので,クォリティは不満足だが,それでも,フィレンツェで親しんだ画家を思い起こすよすがなので,本は大事にしているつもりだ. この本の表紙に使われている「歩哨」も今回の特別展に来ている.1872年の作品だが,図録では初期の「カフェ・ミケランジェロのマッキアイオーリ」の章に掲載されている.第4章「1870年以後のマッキアイオーリ」はよく似た「休憩(ローマの幌馬車)」を紹介している.1872年から73年頃の作品とされているので,「幌馬車」と同時期の作品だ(デッラ・キエーザの本では同じページにカラー写真が掲載されている).白馬と,白壁,数人の人物という共通点はあるが,印象はやはり,「幌馬車」の方が明るく,不安を胚胎してはいるが希望を感じさせる.ファットーリの多様性は,その画風に見られるだけではなく,同時代に類似作品の中にも,違う印象を感じさせる点にも読み取ることができるように思える. ![]()
上記のデッラ・キエーザの本のカラー写真では,リソルジメントをめぐる戦争画が多いように思える.しかし,私が好きなのは,1860年代に描かれたリヴォルノ周辺の風景画で,これらの作品を見ると,心なしかカビアンカの絵と似ているように思われ,ファットーリもまた確かにマッキアイオーリの1人だったのだと確信することができる. 今回の特別展に1880年代の風景画が数点来ていたが,いずれも色調が暗く,描き方も,60年代の明暗のはっきりした,青い空の絵とは明らかに違うように思われる.その中では,「トスカーナ地方マレンマ」が60年代の作品との連続性を感じさせ,観る者に肺腑をえぐるような郷愁を感じさせるように思われる. 今回来ていた作品では,作年が明示されていないが「荷車をひく白い牛」が,上記の絵の中央にいる二頭の牛とほとんど同じだ.図録解説よると,トスカーナ西部ティレニア海沿岸のカスティリオンチェッロで,1867年にファットーリは,友人のジュゼッペ・アッバーティとともに,白い牛を研究したとある.アッバーティや,ラファエッロ・セルネージのカスティリオンチェッロの風景画も今回の特別展で見ることができ,これらの絵は,やはりカビアンカとの共通性が見られるように思える. レーガの80年代以降の肖像画,人物のいる情景も私の好みには合う.シニョリーニに関しても,80年代の絵は,イタリアの風景でありながら,一流のフランス絵画のようで立派だ.しかし,たとえばシニョリーニの絵で,今回見た作品で,最も好きなのは間違いなく「日向の子どもたち」で,この絵は,私がカビアンカ展で得たマッキアイオーリのイメージにピッタリだ. 結局のところ,私のマッキアイオーリ派に対するイメージはやはり,カビアンカ展で造られたのだとしみじみ思う.今回は,私が好きな(写真には不満だが,ウニリブロで買えた図録のおかげで,絵柄を思い起こすことができる)作品(「ヴァレッジョの浜辺」,「スペーツィアの城内」,「海辺」,「ポルトヴェーネレのサン・ピエトロ教会の廃墟」,「太陽の下で」など)は観られなかったが,それでも,海も空も出てこないとは言え,今回観られた「糸つむぐ人」は,共通の特徴が見られる,私のマッキアイオーリへのイメージに合致する作品だ.カビアンカの場合も私が好きな作品は1860年代に描かれたようだ.
![]() しかし,私は1860年代にマッキアイオーリ派とされる画家たちが描いた,リヴォルノ,マレンマ,カスティリオンチェッロなどのティレニア海沿岸の都市や地方の風景,内陸トスカーナの田園を描いた作品が好きだ.何度でも観たい.そのような気持ちを全部ではないが,庭園美術館の特別展は満足させてくれて,さらにマッキアイオーリ派に属しているとされる複数の画家たちの有益な情報を与えてくれた.二流,三流のルネサンス絵画を数だけ集めたような,コンセプトの無い特別展に比べて,イタリアで見た多くの特別展同様に,これを企画した人たちの芸術への愛を感じさせてくれる稀なる機会だったように思う. ![]() 6月に伯母夫婦の法事があって,岩手の老父母と一緒に名古屋近郊の町に行った際に,久しぶりに,この大学も同窓の従兄夫妻に合うことができ,彼がふくやま美術館の学芸課長で,この特別展の企画者の一人であり,図録には彼の論文も掲載されていることを知った.
だ.力作だと思う.私は浮世絵に今まで興味を持ってこなかったし,イタリア絵画に関しても,ここ数年のにわか勉強で常に「新発見」ばかりの人間だ.親族の贔屓目があると思われても仕方がないが,史彦の「学びたい,語りたい」という意欲の横溢した論文に接して,学ぶこと,語ることへの意欲を掻き立てられる思いがした.
![]() 旧宮家の邸宅と庭園がそのまま美術館になったこの空間が東京にあることは,東京近辺に住んで,芸術に多少なりとも関心がある人間にとっては本当に貴重なことだ.今後も,庭園美術館に行くことができる機会があれば良いと念じている.邸宅に関しては,古本屋で買った,
が参考になった.これもにわか勉強だが,日本の「洋風建築」も興味深いと思っている. 明日からスペインに行ってくる.また,何か,心ゆさぶられるものに出会いたい. |
窓外の風景 いつも心ゆさぶられる姿 |
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