フィレンツェだより
2008年1月14日



 




グィド・レーニの展示室で
正面は「ピエタのキリストと聖人たち」



§ボローニャの旅(その4)

ボローニャの国立絵画館は,「中世・ゴシック」,「ルネサンス」,「バロック」の3つのコーナーに分かれている.


 「中世・ゴシック」のコーナーは開館中(9:00-19:00)ずっと見られるが,「ルネサンス」と「バロック」のコーナーは人員配置の都合であろうか,交代に開け閉めするので,片方が開いているときは片方は見られない.館内はセンツァ・フラッシュ(フラッシュ無し)なら写真可だ.

 私たちが着いたときは,一番奥のルネサンス・コーナーがまもなく閉まるところだった.とりあえずフランチェスコ・デル・コッサの「玉座の聖母子と聖人たち」があることを確認し,入口付近をざっと見わたしただけで,中世・ゴシックのコーナーに移動した.しかし,あせらなくともこのコーナーはずっと開いている.最後にもう一度ゆっくり時間をかけるつもりで,最大の目当てジョットを重点的に鑑賞するとすぐに,開いたばかりのバロック・コーナーに移動した.


バロック・コーナー
 最初の部屋は,グィド・レーニの部屋だった(トップの写真).

 ウフィッツィにある「ゴリアテの首を持つダヴィデ」はカラヴァッジョ風の絵で,ルーヴル美術館にも同主題の殆ど同じ絵柄の作品があるように,彼の作風は,ある時期カラヴァッジョ風であった.

 だが,同じくウフィッツィにある他の2点はカラヴァッジョ風ではない.人物が憧憬の表情で天を仰ぎ見ているところに特徴があって,パラティーナ美術館の「クレオパトラ」も,ローマのカピトリーニ美術館に山ほどあった彼の絵も,ほとんど全てがこの特徴を備えていた.

 しかし,さすがに地元,ここではその2つだけではない様々な作風の作品が見られる.中でも「キリスト磔刑」は見事だったし,「ピエタのキリストと聖人たち」の大きさには目を見張った.

写真:
「キリスト磔刑」
グィド・レーニ
国立絵画館


 系統的ではないかも知れないが,カッラッチ一族の作品もまとめて見ることができ,それぞれの画家が描いた「聖母被昇天」や「受胎告知」を見比べることができた.ドメニキーノ,グェルチーノ,ガンドルフィ兄弟,ジュゼッペ・マリーア・クレスピなど「ボローニャ派」とされる画家たちの作品も見ることができた.

 この中ではクレスピに注目したいが,またいつか言及する機会があったときに触れることにしたい.

写真:
「侮辱されるキリスト」
ジュゼッペ・マリーア・クレスピ
国立絵画館


 ヴァザーリの作品も2点あった部屋にプロスペロ・フォンターナラヴィニア・フォンターナという親娘の絵があった.

 プロスペロはボローニャ出身だが,一時ヴァザーリの工房にいてフィレンツェのヴェッキオ宮殿の仕事もしたらしい.彼自身の絵から特に感銘を受けることはなかったが,有能な弟子たちを育て16世紀後半から17世紀の「ボローニャ派」の形成に影響を及ぼしたようである.

 娘のラヴィニアの作品にむしろ印象に残るものがあった.彼女は父から学びながら,年下のカッラッチ一族や,ヴェネト絵画,ロンバルディア絵画の影響を自作に活かして行ったようだが,それは絵を見ても私にはわからない.親娘ともローマに出て,相応の名声を得てそこで死んだようだ.



 同じ部屋に,この親娘の作品と並べられて印象に残る絵があった.「キリスト笞刑」だが,作者はドゥニ・カルヴェールというフランドル出身の画家だ.イタリアではイル・フィアンミンゴ(フランドル人)という通称で呼ばれていたそうだ.

 1540年にアントワープで生まれたが,1619年にボローニャで亡くなっているのでボローニャの画家と言っても良いだろう.最初,プロスペロ・フォンターナのもとで働き,ローマに移り,ボローニャにもどって工房を開いた.彼の弟子にはグィド・レーニ,フランチェスコ・アルバーニ,ドメニキーノがいるので,やはり「ボローニャ派」の山脈形成に力のあった人だろう.

 北方,フランドルの影響はマニエリスム,バロックの時代にも有効だったことになる.

 バロックのコーナーも,たとえこの十分の一の規模であっても,見るのに何時間もかかるかも知れないと思うほど力作が多かったが,私の関心はやはりルネサンス以前にある.ルネサンス・コーナーが再開する時間になったので,そちらに戻って傑作群を鑑賞した.


ルネサンス・コーナー
 ルネサンスのコーナーも,傑作とされる作品群の他にも興味深い絵が少なくない.ヴェネツィアのヴィヴァリーニ一族が描いたものであれば本来は傑作に分類すべきかも知れないが,多翼祭壇画「聖母子と聖人たち」は豪華な絵と言う以上の印象が薄い.それでも人目をひく作品だ.

 エル・グレコの「最後の晩餐」があったが,とりたてて感動はしなかった.むしろパルミジャニーノの「聖母子と聖人たち」が傑作だと思った.



 このコーナーで私が一番見たかったはずの画家の作品が3点見られる.アミーコ・アスペルティーニの板絵「三王礼拝」,「聖母子と聖人たち」,剥離フレスコ画「聖家族」だ.今回の旅行で,ボローニャにあるアミーコの作品をかなりの点数見ることができた.

 この画家との出会いは,ルッカのサン・フレディアーノ教会の十字架の礼拝堂のフレスコ画を見たときだった.ウフィッツィにも彼の「牧人礼拝」があるが,小さい絵だ.

 アミーコは16世紀半ば過ぎまで存命していたので,イタリア・ルネサンスの画家としては特に古いわけではない.それでも1474年の生まれだとすれば,マニエリスムの画家たちと比べると,ポントルモとロッソ・フィオレンティーノよりも20歳,ブロンズィーノとパルミジャニーノより29歳年長で,ミケランジェロより1歳年上ということになる.時代的には立派にルネサンスの芸術家である.

 古いんだか,新しいんだかわからない複雑な特徴が魅力なのだろうか.あるいは,ヴィターレ・ダ・ボローニャにも見られた,荒々しい原始的なエネルギーのようなものに魅かれるのだろうか.ともかくこの画家の作品を見たいと思い,ボローニャに来た動機の6割くらいはそこにあると言っても良い.

 結果から言うと,アレッツォでスピネッロ・アレティーノに出会ったような,ヴェローナとパドヴァでアルティキエーロに出会ったような,フェッラーラでコスメ・トゥーラに出会ったような感銘は得られなかった.時代様式の制約を受けながら迸り出るような力を感じさせるには,この画家が生まれた時代は新しすぎたのかも知れない.

それでも私は多分アミーコの絵が好きであり続けると思う.


 国立絵画館で見ることができた作品の中では剥離フレスコの「聖家族」が一番魅力的だった.彼の作品を見尽くしたわけではないが,見られるものうちかなりのものを見たことになる.アミーコ・アスペルティーニ,多分この名前を呪文のように時々思い出しながら,今後の人生を過ごすことになるだろう.

写真:
剥離フレスコ画「聖家族」
アミーコ・アスペルティーニ



剥離フレスコのコレクション
 この絵画館は,もともと教会や修道院にあった剥離フレスコ画のコレクションも立派だ.メッツァラッタ・サンタポロニア教会の壁面を飾っていた,右壁面の「聖書の物語」,左壁面の「キリストの物語」,正面の「受胎告知」と「イエスの誕生」からなるフレスコ画は圧巻である.

 正面の絵を描いたのはヴィターレ・ダ・ボローニャとされ,なるほど彼の特徴と思われる力強さを感じさせる.右壁面はヤコブス(ヤコポ・ダ・ボローニャ)とシモーネ・デ・クローチフェッシ,左壁面はヤコブス,ヤコポ・アヴァンツィ,ヤコポ・ディ・パオロ,クリストフォロ・ダ・ボローニャの作とされる.

 私たちが特に目をひかれた部分を描いたのはヤコポ・アヴァンツィとヤコポ・ディ・パオロとされているが,絵画館のHPではヤコポ・アヴァンツィではなく,クリストフォロ・ダ・ボローニャに帰せられるとしている.場面は「黄金の牛の崇拝」で,出エジプトの一場面のようだ.

写真:
剥離フレスコ
「黄金の牛の崇拝」(部分)


 ヤコポ・ディ・パオロに関しては,板絵も複数この美術館で見られ,「キリスト磔刑」が印象に残る.なかなかの実力者と思われるが,私たちが最も魅かれた部分を描いたとされるヤコポ・アヴァンツィの作品は他に見ることができなかった.

 剥離フレスコや板絵がかなりの点数見られたプセウド・ヤコピーノも注目される画家と思われたが,もう少し勉強して自分の中で整理していきたい.


最後は爽快,ジョット
 剥離フレスコ画と中世末期の板絵を見ながら,最後はまた「ジョットの部屋」とされる一角にもどった.

 シエナの画家アンドレーア・ディ・バルトロの「最後の晩餐」,ロレンツォ・ヴェネツィアーノの祭壇画の一部「2人の聖人」なども立派な作品だったが,この部屋で断然の2位に輝くのはロレンツォ・モナコの「玉座の聖母子と天使たち」だ.

 モナコの作品はフィレンツェでたくさん見られ,殆どのものがすばらしいが,どれも修復されて絢爛豪華なイメージがある.それに対して,この聖母子は褪色が進んでいて,画家の望んだことではないかも知れないが,かえって神々しく思える.



 で,最後はやはりジョットだ.この作品は最晩年のもので,もちろん工房の助力があっての作品だろうが,ジョットの板絵で私たちが見た中では,ホーン美術館の「聖ステパノ」,ウフィッツィ美術館の「オンニサンティの聖母子」と並んですばらしいものに思えた.

いつものジョットの描く人物に比べて,やや丸顔の聖母と大天使ミカエル(写真)が良い.


 聖母子を中心に右隣が龍を踏みつけるミカエル,左隣は受胎を告知する大天使ガブリエル,右端が剣を持ったパウロ,左端が鍵を手にしたペテロがいる.

 プレデッラには,ピエタのキリストを中心に,左隣は聖母,右隣は福音史家ヨハネ,左端が洗礼者ヨハネ,右端がマグダラのマリアが,それぞれ円の中に顔だけが描かれている.細密な描き込みのない実にすっきりした多翼祭壇画で,これでもかというほど似たような絵柄の宗教画を見せられた後,この絵を見ると,浄化という意味でも,瀉出という意味でも,カタルシスのような爽快感を覚える.



 わずか1日とは思えないほど,いろんなものを見た.どれもたとえ一つ一つであっても,相応の感銘を与えてくれるような場所であり,作品であった.3月までの今後の日程を考えると,もしかしたら1年のイタリア滞在中たった1度になるかも知れないボローニャ探訪で,ボローニャという街の良い思い出を与えてくれた.

 ボローニャにまた行きたいかと聞かれたら,何度でも行きたいと答えるだろう.





「ジョットの部屋」で
右の壁にロレンツォ・モナコ