フィレンツェだより |
ウフィッツィ美術館特別展のポスター サルヴァトール・ローザの「偽り」 |
§私流,ウフィッツィの鑑賞のしかた
今ならすぐ入れると踏んで,早速,昨日(12月6日)行ってみると,予想通り行列は無かった.ただし,通常は6.5ユーロの入場料が,現在「メディチ家コレクション収蔵17世紀ナポリ絵画」の特別展(モストラ)が開催されているので10ユーロだった. ウフィッツィの常設展はこれで3回目の鑑賞になるが,今回は,いままで多少学んできた知識を整理する意味もあって,いくつかのポイントを定めた.夢中になるとどれもじっくり見てしまうので,「ポイントを絞った」と言いきってしまえないところが悲しいが. 1.中世末期からルネサンス初期の宗教画の再鑑賞(特徴の再確認) 2.ペルジーノとルーカ・シニョレッリ 3.ピエロ・ディ・コジモ,マンテーニャ,コレッジョなど実力者の作品の確認 4.見た記憶が曖昧な,フィレンツェ周辺の「反宗教改革」時代の画家 何よりも, 5.日本出張から帰ってきて暫くになるレオナルド「受胎告知」の初鑑賞 以上を鑑賞のポイントにして,体力を温存すべく,徒歩ではなくバスでウフッツィに向かった.
![]() 同室のチマブーエのマエスタ,ドゥッチョのマエスタは,ジョットの新しさを引き立てる役目を果たしているが,やはりそれ自体も見事だ.特にドッチョはシエナのドゥオーモ美術館の「マエスタ」以外では小さな聖母子が多いので,この大きな「マエスタ」(ルチェッライの聖母子)は写真で見るよりもずっと立派なものだと思った. ![]() 左右の聖人は2人とも棕櫚を持っているので,殉教者であろう.右の女性が誰かについては2説(聖ジュリッタと聖マルゲリータ)あるようだが,左側の男性は,この多翼祭壇画がもともとシエナのドゥオーモの聖アンサヌスの礼拝堂にあったものだそうなので,聖アンサヌスで間違いないだろう. 伝説によれば,聖アンサヌスはローマの高貴な家の生まれで,やはり聖人となる乳母(聖マクシマ)によって洗礼を受け,信仰を表明したことで乳母とともに処刑されるところだったが,生き残り,シエナに流刑にされ,そこで多くの人を入信させ,ディオクレティアヌス帝の命令で斬首されたそうだ.
シエナの守護聖人でもある彼を描いた絵がフィレンツェにあるのは,シエナがトスカナ大公国の支配下にあったからだが,こうしてウフィッツィでじっくり見られるのは,私たちにとっては幸いである. ![]()
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![]() フィレンツェ以外の画家ではジェンティーレ・ダ・ファブリアーノの「三王礼拝」がやはり圧倒的だが,今回はロレンツォ・モナコの「三王礼拝」と「聖母戴冠」が見事だと思った.特に後者は大修復を経たもののようだが,ともかく美しい絵だ.フラ・アンジェリコとマゾリーノの絵が1点ずつあるのは,次の初期ルネサンスに活躍する画家たちの過渡期の作品を見せてくれているということだと思う. ![]() 「フランス」とだけ言われると抵抗のある人もいるかも知れないし,別にフランス人のナショナリズムに加担する気は毛頭ないが,南仏には先進文化があり,中世末期にはアヴィニョンに教皇庁があって,ペトラルカはそこで青春時代を過ごし,シモーネ・マルティーニもそこで活躍した.さらに,フランスではフランドルの芸術家たちが活躍していたので,国際ゴシックの「国際」の根っこがフランドルと言われれば,「フランス」よりは抵抗が少ない.
オランダ系もフランス系も活躍し,イギリスとも関係が深く,ブルゴーニュなど,パリではないフランスと密接なつながりを持つフランドルと南仏が主要な要素となって,全ヨーロッパに影響を及ぼしたのであれば,まさに「国際」というネーミングも意味を持つだろう. ヤーコポ・ベッリーニはヴェネツィア派絵画の祖といわれるが,ジェンティーレ・ダ・ファブリアーノの弟子とされるようだし,ロレンツォ・モナコはフィレンツェで活躍した画家だが,シエナの出身とされることもあるし,当時はイタリアという統一国家はないわけだから,あくまでも現在の視点からではあるが,「国際」という言い方は悪くないような気がする. フラ・アンジェリコを「国際ゴシック」という人はいないと思うが,彼より遅く生まれたピザネッロは「国際ゴシック」と言われるようなので,空間的にも時間的にも幅を持った,的の広い,しかし一定のイメージを持つ命名で,これはこれで良いのだろう.
![]() そうした歴史的な見地はさておいて,私個人の趣味と今回の関心の在りかたから言うと,やはりマザッチョと,次の部屋にあったピエロ・デッラ・フランチェスカの作品が良かった. マザッチョの「聖アンナと聖母子」は,聖母子と1人の天使以外はマゾリーノの手になるものだそうだが,この絵の他に「ヴァルダルノのルネサンス」でカッシャの宗教美術館に出張していた「聖母子」が帰ってきていた.この小さな絵は技法的な斬新さなどはないのかも知れないが,マザッチョという画家を好きになるには格好の作品だと思う.ウフィッツィで大切に展示されているのをみるとホッとする. 前回はアレッツォの特別展で見たピエロ・デッラ・フランチェスカの「ウルビーノ公夫妻の肖像画」とその裏に描かれている「2つの勝利の寓意画」もウフィッツィでは初めて見た.もちろん,もともとはウルビーノにあったものだが,現在はフィレンツェで大事に展示され,多くの人に鑑賞されている.最善ではないかも知れないが,次善の居場所を得ていると思う. 自分の好きな絵が大切にされていて,多くの人に公開されているのを見るとホッとする.
![]() ペルジーノの「フランチェスコ・デッレ・オペレの肖像」にはメムリンクなどフランドルの画家の影響があることがよくわかり,彼以降のイタリア肖像画の歴史にとって画期的な作品であろうことも納得できた気がする.ラファエロの肖像画もフランチャビージョの肖像画もその影響下にあるように思えた. 肖像画と言えば,ブロンズィーノの肖像画がどれも素晴らしかったが,それは機会があれば,別のところで感想を述べたい.
ソドマやベッカフーミ(「聖家族と幼い洗礼者ヨハネ」)などのビッグネームの作品に出会っても,それほどとは思わなくなるところがこの美術館のすごいところだ. 今回はたっぷり時間をかけたおかげで,多くの画家の作品をウフィッツィで見られることを確認できた.それでもルーベンスはじめ見られない絵もあり,チーゴリなどフィレンツェの代表的画家の中でも,現在は展示室の修理等の関係で見せていないものも少なくない.ボナイウートやボッティチェルリの作品でも修復中のものがあった.ラファエッロの「鶸の聖母」もまだ修復中だった.各地の特別展に出張している絵が幾つもあるのも相変わらずだ.今回見たかったのは,コレッジョの「幼児イエスの礼拝」だが,これもまだ修復中だったようだ.
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![]() 今回は行列しなくてすんだし,何度か団体客が来て,その時だけは鑑賞しにくいこともあったが,それでもその波が通り過ぎると,ボッティチェルリやレオナルドの作品ですら,静かに鑑賞する時間が持てた. 団体客の多くが,わが同胞の皆さんのようである.修学旅行の高校生の団体もあった.フィレンツェ滞在中,あと何回ウフィッツィに行けるかわからないが,できるだけ機会を見て,観光客の少ない冬の時期にあと何度か行きたいものだと思う. いまさらだが,今回ボッティチェルリの魅力を再認識することができた.私の好きな聖母子だけでなく,「春」や「ヴィーナスの誕生」もしみじみと良い作品と思えた. 「17世紀ナポリ絵画」展 通常展示の最後のコーナーにはモストラが待っていた.しかし,ここにたどりついたときには入館して既に4時間半が経過しており,2人とも気力も体力も使い果たし,私は足が,妻は腰が,という風に初老夫婦は満身創痍だった.そういうわけで,折角のモストラだったが,十分な鑑賞ができたとはいえない. 通常はカラヴァッジョとカラヴァッジェスキ(カラヴァッジョ風の作品を描いた画家たち)を展示しているコーナーに,他の美術館から持ってきたカラヴァッジェスキ(バッティステッロ・カラッチョーロ,ジュゼッペ・デ・リベラ)の絵をさらに織り込み,サルヴァトール・ローザとルーカ・ジョルダーノの作品を核とした立派な展示だったと思う.1月初旬までやっているので,もう少し体力を残した状態で再度見に行きたい.
![]() このモストラのためにグイド・レーニの「ダヴィデ」と「聖アンドレア・コルシーニの恍惚」は外してあった.カラヴァッジョの影響を受けて描かれた前者と,それを脱した後に描かれた後者の対比が面白かったのだが. ![]()
![]() この方は,夕方以外はウフィッツィ美術館でもお仕事をなさっているようで,オルサンミケーレにもウフィッツィにも何度か足を運んでいる私たちにとって,おなじみの人になった.教会などでも,美術館担当の公務員の皆さんが活躍されているということなのだなあ,と思う. 係員にも色々な人がいるが,この方は勤勉で親切で手際が良くて,私たちにとってはオルサンミケーレとウフィッツィの顔のように思える. |
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