フィレンツェだより
2007年4月16日



 




ミケランジェロ
未完のピエタ



§ドゥオーモ付属美術館

午前中,妻は今週も元気に学校へ行った.期待した3週間目のクラス替えはなく,先生もメンバーも同じで,やはりスペイン人の迫力に日本人が押され気味の形勢が続いているらしい.


 これを読んで質問せよと言われたというコピーを見せてもらったら,カルヴィーノの文章を簡単に書き換えたものらしく,それなりに味のある文章に思えたので,私もこれで勉強させてもらうことにした.

 30年前に妻と同じクラスでフランス語を学んだ時のテクストに,『星の王子様』を分りやすく書き換えたものがあったが,そういう文章は意外に忘れないので,先生はけっこうポイントをついているのではないかと思った.

 でも,スペイン人も日本人も先生も三すくみで,今は少し気まずい雰囲気かもしれない.是非,みんなで乗り越えられることを祈っている.

 岡目八目で何でも言えるが,全くの初心者であることを考えれば,彼女のイタリア語はいい線行っていると思う.問題は,少しは勉強したのにできない私の方だ.イタリア語の勉強はもちろん大事だが,授業担当を免除されている今年は,研究と執筆が私の仕事なので,そちらに重心をおいて,私なりにがんばった.



 夕方近くになって,月曜でも開いているところを検討して出かけることにした.ドゥオーモのクーポラと付属美術館にまだ行っていない.近いし,7時過ぎまで開いているようなので,ここにしようということになった.

 結論から言うと,今日もとんでもないものをたくさん見た.

 付属美術館にミケランジェロの未完のピエタがあることは知っていたし,実際には失念していたが,ドナテッロの「マグダラのマリア」や,サン・ジョヴァンニ洗礼堂のギベルティ作「天国の門」のオリジナルのパネルがあることも知識として知っていたが,それらだけではなく,見せてくれるものの殆どが素晴らしかった.

 オルランドゥス・ラッススやジョスカン・デ・プレのLPジャケットの表紙に使われていた浮き彫り(ルーカ・デッラ・ロッビア作)の実物を見ることができたし,ドナテッロの作もまじる聖人や預言者の像が素晴らしく,東大寺や興福寺の仏像群を見るような感銘を覚えた.

写真:
ルーカ・デッラ・ロッビア作
「歌う少年たち」
聖歌隊席のレリーフの1枚


 ミケランジェロの未完のピエタ(トップの写真)は,もちろん素晴らしかった.彼の若い頃の作品であるヴァチカンのピエタは,まるで少女のような聖母マリアに心を打たれるが,晩年のミケランジェロがついに完成できなかったこの作品もまた,陳腐な言い方だが人類の宝としか言いようがない.

 ミケランジェロは,イエスの遺体を後ろから抱えているニコデモかも知れない人物に自己投影して,このピエタを作った.未完になってしまったが思い入れの深い作品であっただろう.

 あやうく見過ごすところだったが,ドナテッロの「マグダラのマリア」も,やはりすごいものだった.

写真:
奥の階段の踊り場にピエタ


 宗教画(聖画というべきだろうか)にも見るべきものが多かった.アレクサンドリアの聖カテリーナ,聖アガタ,聖レパラータと言った女性の殉教者たちや,聖ゼノビウス(サン・ザノービ)など,私たちになじみのない聖人たちの画像が多かったが,それぞれの人に関してしっかりとした知識を得た上で,改めて見に来たいという気持ちになった.

 アカデミア美術館その他でもよく見られるベルナルド・ダッディの他に,ジョヴァンニ・デル・ビオンド,ロレンツォ・ディ・ビッチなど力のある画家の作品が,数多くはないが,十分堪能できた.

 彫刻は全般にどれも素晴らしかった.ミケランジェロは超越的な大天才だとしても,彼以前にこれだけの作家たちが腕を振るい,技を競いあう環境があり,すぐれた才能が四方から集まってきた時代が長く続いた中から彼の傑作が生まれてきたのだろうと思わずにはいられなかった.

 もちろん,ミケンランジェロがいなかったとしても,それ以前の彫刻家たちの価値は減じるものではない.彼らは彼らで素晴らしい.

 ルーカ・デッラ・ロッビアが作ったパネルの中に,「プラトンとアリストテレス」を描いたものがあった.落ちこぼれたが哲学科出身なので記念写真に収まった.

写真:
「プラトンとアリストテレス」と・・・


 古代エジプトの王のような姿をした教皇ボニファティウス8世の像を作ったアルノルフォ・カンビオという名前は初めて聞いたし,ドナテッロの作品でも初めて知ったものが幾つかあった.

 下の写真は4人の福音史家で,左から2番目がドナテッロの福音史家ヨハネだが,この右隣の聖マタイが心打たれる造形だった.作者のベルナルド・チュッファーニという人の名前も初めて聞いた.

写真:
4福音史家の見事な彫像


 専門に勉強している人はもとより,中世からルネサンスのイタリア美術の関心のある人にはあたりまえのことなのだろうが,まったく予備知識のない人間が,さほど期待もせずに,ふらりとやってきて,たちまちに魅了されてしまう.ドゥオーモ付属美術館,おそるべし,である.

 ブックショップで,今日は日本語版のガイドブックもあるにはあったが,できが今ひとつに思えたので,情報満載の英語版を買った.図版豊富で素晴らしいが,どうしても掲載写真がきれいになりすぎているきらいはある.しかし,実物ではよく見えなかった細かい所も見られて,やはり買って良かった.12ユーロ.

 体力も気力も残っていなかったので,クーポラに登るのはまたの機会ということにして帰宅した.

写真:
愛飲の“ダヴィデ・コーヒー”


 普段飲んでいたアメリカン・コーヒーが手に入らなかったので,止む無くエスプレッソにしたら,こっちの方がうまいと思うようになった.フィレンツェの紋章入りダヴィデ印だ.以来,うちではダヴィデ・コーヒーと呼んでいる.





本日のドゥオーモ
快晴