フィレンツェだより
2007年4月15日



 




アカデミア美術館のある建物



§アカデミア美術館

先日メディチ家礼拝堂を見て,ミケランジェロの4つの彫刻について,「写真集で見ても良いかも知れない」などと失礼なことを言ってしまったが,今日はミケランジェロの偉大さに打たれた.「ダヴィデ像」である.


 日曜の午後,少し家で仕事をしたいような気もしたが,一日一回は陽光を浴びて歩いた方が良いということになり,バルジェッロ国立博物館か,ミケランジェロの遺族が住んだというカーザ・ブォナローティのいずれかに行こうと決めた.

 が,待てよ,ミケランジェロ,と思った.昨日の土曜日は比較的街が空いていたし,もしかしたら,今日の日曜日も人出が少ないかも知れない.アカデミア美術館の脇を通って,もし行列がそれほどでもなければ,フィレンツェにいる以上は一度は「ダヴィデ像」を見なければならないだろうから,入ってしまおうということにした.

 傍を通って目を疑った.行列がなかった.当然すんなりと入れた.


コロッソの大広間
 最初に入った広間(コロッソの大広間)に,シニョーリア広場のロッジア(柱のある開空間)にあるジャンボローニャの「サビーニーの女の略奪」の巨像があったので,てっきり,こちらが本物で,ロッジアにあるのはコピーなのかと思ったが,ロッジアにあるのが大理石の完成作で,アカデミアにあるのは制作にあたって原型となった石膏像だそうだ.

 それにしても大変な作品で,周りの壁にこれでもかと掲げてある宗教画とともに,この部屋も見ただけでも,ここに来た甲斐があったと思った.この時はまだ「ダヴィデ像」の恐ろしさに思いがいたらなかった.

写真:
サビーニーの女の略奪
ジャンボローニャ作
シニョーリア広場のロッジア



楽器の展示
 その後,メディチおよびロートリンゲンのトスカーナ大公家のコレクションだった楽器の展示室に行った.これはこれで面白かった.

 ストラディヴァーリのヴァイオリンやヴィオラとか,アマーティのチェロなど名前だけしか知らないが,ともかく名器として有名な楽器があり,英語でハーディーガーディー(イタリア語でギロンダ)という名称の楽器,チェンバロとピアノの部屋にはアップライト・ピアノの祖先までが展示されていた.


ミケランジェロ
 で,いよいよミケランジェロの未完の大理石像「囚人たち」が展示してある「囚人たちのギャラリー」を通って,「ダヴィデのトリブーナ」と言われる一角に行った.

 未完の大理石像も大変なものだった.力感に溢れていはいるが,完成しなくて歯がゆい思いが伝わってくる(ような気がする)四体の「囚人」像(1530年頃),それよりは古いが,やはり未完の「聖マタイの像」(1505-1506頃),今ではミケランジェロ作ではないという説が有力とガイドブックに書いてあった「パレストリーナのピエタ」には感銘を受けた.

ダヴィデ像はすごかった.これは言葉に言い尽くせない.世の中にはやっぱりすごいものがあるのだという当たり前のことを思い知った.


 写真では何度も見ているのに,一度も何が良いのか理解したことはなかった.ミケランジェロ広場のブロンズ像はもとより,もともと置いてあった場所であるヴェッキオ宮殿前のコピーを見ても,特にオリジナルを見たいと言う気にはならなかった.

 しかし,本物はすごい.この像を見ていろんなことを思ったが,私ごときが言葉を並べても何の意味も持たないので,やはりフィレンツェに来た時は万難を排してアカデミア美術館に,たとえ長い行列に並ぶことになっても行くべきだ,としか言えない.

 すごい,本当にすごい.下から見上げたときの力感,美しさ,エロティシズム,ミケランジェロという大天才がいかに,若い美しい男性の肉体が好きだったのかが良くわかるが,そんなことがわかっても何の意味もないだろう.あのアンバランスに大きな手と太くて力に満ちた脚,ともかく言葉を連ねることは空しいだけだ.

 天窓の下にそれだけ置いてある展示の仕方も良いのかも知れない.1504年に完成し,ヴェッキオ宮殿の前に置かれていたこの作品が現在の場所に移されたのは1873年だそうだが,作者や当時の市民たちの思い入れとは別に,アカデミア美術館にあるべき像だと思う.

写真:
ヴェッキオ宮殿前にある
コピーのダヴィデ像


 「トリブーナの翼廊」にあった,ブロンズィーノの「キリスト降架」,アッローリの「受胎告知」など素晴らしい絵があったが,ダヴィデ・ショックで呆然としていて鑑賞しきれなかった.

 「1800年代の大広間」にはバルトリーニという彫刻家の石膏像や,ムッシーニという画家の絵などがたくさんあった.アカデミア美術館の起源になったらしいので,それなりに敬意を表することにしたが,次回からは省略しても良いだろう.


ゴシック絵画
 最後に1階の「1300年代の間」と,2階の後期ゴシック様式の作品群の展示室を見た.これはやはりすごかった.私には「豚に真珠」の感もあるが,美術史の勉強をしている人や,宗教画に関心のある人には垂涎のコーナーだろう.

 キリスト磔刑図,聖人像,受胎告知,キリストの誕生,東方三博士の礼拝,聖母子,聖家族,聖母の戴冠,これらを主題にした絵をこちらでもうどのくらい見ただろうか.見るたびに,あれは何を持っているからあの人物などと確認しながら見ていると,なるほど自分たちとは違う背景を持った文化の中に来ているのだと思う.

 なかでも,個人的にはロレンツォ・モナコの一連の作品が良かった.他にも良いと思われる絵がたくさんあった.ミケランジェロは圧倒的だが,この美術館はダヴィデ像だけの美術館ではないことは銘記されて良いだろう.



 ブックショップでガイドブックを買った.「公認ガイドブック」と書かれた小さな日本語版と,日本語版のない大判のものの英語版とどちらを買おうか迷って,結局前者にした.

 せっかくイタリアに来たのだから,まずイタリア語版,次に英語版という優先順位を考えないでもなかったが,よくわかるということは大事なことだ.しっかりつくってある日本語版があればとりあえず入手してみようという気になった.前に行ったサン・マルコ美術館にも日本語版があって勉強になった.

写真:
公認ガイドブック
日本語版


 「最新完全版ガイドブック」と書かれたフィレンツェ案内書の日本語版も買った.これで英語版のロンリー・プラネット,イタリア語版のウィキペディアの他に強い味方ができた.アカデミアとフィレンツェのガイドブック,2冊で20.5ユーロ.



 外に出たときは5時くらいだったが,大勢の人が並んでいた.やはり運が良かっただけで「いつ空いている」と定式化はできないらしい.ともかく空いているときもあるようだから,今度はウフィッツィ美術館に挑戦してみよう.予約が取れなければ,何時間か並んでも仕方がないだろう.

 アカデミア美術館は写真厳禁なので,中庭でブックショップと大きな「鉢植え」を撮って,来館の「証拠」とする.白い花が美しく咲き始めていた. 

 夜は柳川さんにお招きいただき,お宅で「納豆製造機」による立派な納豆とおでんをご馳走になった.インディペンデンツァ広場に家具などの露店がたくさん出ていた,古本屋もあったようだが知らなかったので,今回は見ていない.日曜の広場に注意して,次回は何か掘り出し物をしよう.





アカデミア美術館
ブックショップの前で