『アエネイス』講読

作者ウェルギリウスについて
  詩人ウェルギリウス関して,紹介する.



 生年月日:紀元前70年10月15日

 出生地:マントゥア(現在のマントヴァ)近傍のアンデス(アンデス村が現在のどこにあたるかは不明).これにちなんで,後世「マントヴァの白鳥」(ダンテ,『神曲』)と称される.

 
   学歴:クレモーナ,ミラノ(ラテン名:メディオラーヌム)の学校を経て,ローマで修辞学と法律を学ぷが,法律家には向かないことを自覚(法律家は法廷弁論に長じていなければならないので,キケロのような押しの強い人でないと務まらない).

 性格:内気.乙女のよう…ギリシア語の「乙女」(パルテノス)にちなんで,パルテニアスPartheniasとあだ名された

 健康状態:病弱

 
   哲学と文学を研究:ナポリの学校でエピクロス派のシローの影響.この時代に後の有力者たち(アシニウス・ポッリオー,コルネリウス・ガッルス,オクタウィウス)と知り合う.オクタウィウスは後のアウグストゥス.



   41年:内乱(市民戦争=Eg. Civil War)の影響で農地没収→有力者の助力で近隣の土地を回復.

 43-37年:『牧歌』(Eclogae)・・『詩選』,『選歌集』が直訳に近い.緊密な構成の十篇の詩からなる.牧人(羊飼いや牛飼い)が田園で歌う恋や歌合せに仮託して,実は別のことを内容とする「寓喩」allegoryの作品集.

 30年:『農耕詩』(Georgica)・・農耕を手掛かりにした教訓詩で,ヘシオドスの教訓叙事詩の系譜に連なる.全4巻からなるが,第4巻に有名な「オルペウスとエウリュディケの物語」があることで知られる.

 


 27年:オクタウィアヌス・カエサル(後のアウグストゥス),元首プリンケプスprincepsとなる

 (ローマの元首政治プリンキパトゥスprincipatus始まる)
 ・・・このあたりから,建国伝説と元首の家祖の栄光を歌いあげる英雄叙事詩の創作の要請.

 
   トロイアの英雄アエネアス(イタリアでラウィニウム建国)→(息子)→ユルス・アスカニウス(アウグストゥスの祖母の実家で,自分の養子先であるユリウス氏族の名はユルスに由来するとされる)

 ユルス・アスカニウスはアルバ・ロンガを建国し,その十六代目の王ヌミトルの娘レア・シルウィアが軍神マルスとの間にもうけた子がロムルスとレムスの双子で,ロムルスがローマを建国して初代の王となる.
 
 『アエネイス』(Aeneis)の草稿(散文→韻文)を11年間推敲

 →3年のギリシア,アジア旅行の計画(作品の彫啄と完成を意図)
 →容態悪化で,プルンディシウム(現在のブリンディジ)に帰還
 
 死去:紀元前19年9月21日

 『アエネイス』の草稿破棄を遺言するも,勅命により校訂・発表.
 『アエネイス』には確かに未完部分が残っているが,全体としてはほぼ完成している

   詩人ウェルギリウスのフルネームは,

Publius Vergilius Maro プープリウス・ウェルギリウス・マロー

である.

 ローマ人は基本的に名前を三つ持つ

 1.praenomenプラエノーメン(個人名)
 2.nomenノーメン(氏族名)
 3.cognomenコグノーメン(家名)

である.

詩人は「ウェルギリウス氏族のマロー家のプーブリウス」となる

   先行作家/作品

 『牧歌.』・・テオクリトス

 『農耕詩』・・へシオドス,ルクレティウス(哲学叙事詩『事物の本性について』)


ホメロス


ヘシオドス


エウリピデス


テオクリトス


エンニウス


ルクレティウス


カトゥルス

 『アエネイス』・・ホメロス,叙事詩の環,エウリピデス,アポロニオス・ロディオス,エンニウス(「ラテン文学の父」叙事詩『年代記』の作者),ルクレティウス,カトゥッルス(作品64番小叙事詩.『ぺレウスとテティスの結婚』)

 
 

 ウェルギリウスの最初の詩作(伝):山賊の容疑で石打ちの刑になった学校教師バッリスタについて

   Monte sub hoc lapidum tegitur Ballista sepultus;
     Nocte die tutum carpe, viator, iter.

 (この石の山の下にバッリスタが埋められ,葬られている.道行く人よ,昼も夜も安全な旅を続けよ.)

 ウェルギリウス自作の墓碑銘(伝):ナポリ(ネアーポリス)郊タトに埋葬

   Mnatua me genuit, Calabri rapuere, tenet nunc
     Parthenope; cecini pascua, rura, duces.

 (我マントヴァに生まれ,カラブリアに死せり.今,ナポリの町の女神に抱かれて眠る.牧場を,田園を,英雄を我は詠えり.)

 以上のようなことがわかるのは,ウェルギリウスの伝記が残っているからであう.『ローマ皇帝伝』(岩波文庫)で有名な伝記作家スエトニウスの『詩人伝』の一部が現存し,その中の「ウェルギリウス伝」がほぼ完全に残っており,さらに文法家ドナトゥスの注釈に付された伝記が存在するからである.

 この点が前8世紀の伝説上の詩人ホメロスと,前1世紀の歴史上の人物ウェルギリウスの時代差であり,背負っている時代背景の違いだろう.ウェルギリウスがホメロスを意識して作品を作り上げたことが皮肉にもホメロスとの最大の違いと言える.彼はホメロス後のヘシオドス,ギリシア古典文学,ヘレニズム文学,草創期のローマ文学の歴史を背負って作品を書いた.

 ウェルギリウスを扱った近代の文学作品として,

 ヘルマン・ブロッホ,川村二郎(訳),『ウェルギリウスの死』(世界の文学13),集英社,1977

がある.   
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