『アエネイス』講読
   2001年度から,これまで「入門ラテン語」を履修した人,また同等の志を持つ人を対象にこれまで学んだ文法事項の確認と,読解力の訓練のためにラテン語読書会を開催してきました.初等文法の復習,コルネリウス・ネポスの英雄伝の講読など幾つかの試みをし,『アエネイス』講読は01年から13年まで継続しましたが,現在(2014年9月)中断しています.

 元来,このページは『アエネイス』読書会の補助的な役割を目指して,同時進行で詩行の解説を試みていましたが,その間に学部の役職についたり,授業担当が非常に多かったりでなかなか当初の目的を果たせませんでした.しかし,せっかく始めた試みなので,『アエネイス』講読を志す学習者の皆さんの少しでも役立つヒントを提供するページとして再構築していきたいと思っています.

 初等文法終了程度の知識を持つ方を読者として想定し,ややくどいくらいの文法的説明を加えながら進行する予定ですが,その準備として,予備知識のない人のために,『アエネイス』に関する基本事項を以下にまとめてみます.

 固有名詞の表記は原則として音引きを省略します(ホメーロス→ホメロス).ただし,それだと読みにくい名前には音引きを一部復活することがあります(ユーノー→ユノ→ユノー).促音もできるだけ省略しました(ユッピテル→ユピテル)が,定着していると思われるものは保持(オデュッセウス,オデュッセイアなど)しました.
 
     
  (粗筋)

 第1巻

 主題の提示と詩神への祈り.アエネアス一行はユノーが起こした嵐に遭い,北アフリカの海岸に漂着.上陸してカルタゴに向かう.フェニキアのテュルス出身の女王,若い未亡人のディドーによって築かれたこの町で,一行は女王の歓待を受け,女王は宴席で,アエネアスに漂流の物語を語るように求める.





第2巻

 アエネアスはトロイアの攻囲,陥落,劫掠から物語を始める.ギリシア人に迫害された亡命者のふりをして城市に入ろうとした裏切り者のシノン,木馬の計略,ラオコンと息子の無残な死(彼らはトロイア人に迫り来る運命を警告しようとした),ギリシア人の入城,プリアモス王の殺害,そして老父アンキセス,アスカニウスの別名でも知られる幼い息子ユルスを連れ,家神像を抱えて,炎上する町からのアエネアスの亡命が語られる.混乱に紛れて,妻クレウサにはぐれるが,後にアエネアスは彼女の亡霊に出会い,彼がイタリアに新たな王国を築く運命にあることが告げられる.

 
 
第3巻

 物語は,アエネアス一行のアシア(現在の小アジア)本土からの逃避行,約束の地を求めての様々な土地への船旅と続く.東地中海を七年間漂流して,シチリア西部に着き,そこで冬を越す.アエネアスは父アンキセスの死を以って,女王への物語を終える.






第4巻

 ディドーは,最初からアエネアスの母である女神ウェヌスの力によって,彼に惹かれていたが,更に深い恋に陥る.カルタゴ漂着後すぐに,全く利害の異なる動機でこのような展開を好ましく思うユノーとウェヌスの力によって,ディドーとアエネアスは恋人同士となる.しかし今度は,最高神ユピテルが介入し,メルクリウス(神々の使者)を通じて,アエネアスにすぐアフリカを去り,イタリアに新たな王国を建設するという「定め」(fatum)を遂行するように警告する.ディドーの彼への思いの強さに気づき,密かに出発しようとするが,彼女に知られてしまう.女王の嘆願によっても彼の心は動かず,嘆願は最後に軽蔑と憎悪の言葉に変わる.彼が船で去ると,ディドーは自殺する.

 

第5巻

 アエネアスはシチリアへと戻り,そこで競技会を開いて父の追悼祭を挙行する.競技の最中,ユノーはトロイア人への容赦ない敵意を完遂しようとして,漂流に倦み疲れたトロイアの女たちを説いて船に火をつけさせたが,突然の豪雨で火がおさまり,四艘が失われただけで,トロイア人たちはシチリアを出帆した.航海の途中,操舵手がパリヌスが睡魔に襲われて海に落ち溺死した.

 
第6巻

 アエネアスは西イタリアの海岸に上陸し,クマエの巫女シビュラを訪ね,彼女の案内で冥界を訪れる.それだけが地下のハデスの王国への接近を可能にする「黄金の枝」をかざして,彼はその王国の様々な場所を横切り,父の霊に会う.父の霊はアエネアスのために,これから人となって世に出るのを待っている全ての偉大なローマ人の生前霊を並ばせる.このようにして詩人は読者に,最初期から詩人の時代までのローマ史における全ての偉大な人物たちの大行進を示す.それは彼らの中で最も偉大な人物アウグストゥスを以て終わる.第六巻には有名な詩行 (851-853) が有り,その国家の偉大さへのローマ人の誇りを凝縮している.

    Tu regere imperio populos, Romane, memento;
hae tibi erunt artes; pacisque imponere morem,
parcere subiectis, et debellare superbos.

(汝ローマ人よ,諸国民を支配下に置くことを忘れるな.平和の掟を定め,従う者らは赦し,驕れる者らを打ち破ることは,汝らに固有の技となるであろう.)

 

第7巻

 アエネアスはついにティベリス河の河口,約束の地へと足を踏み入れたが,そこは河南に存在するラティウムの地域と,河北エトルリアの自然の境界であった.アエネアスはラティウムの王ラティヌスに歓迎され,ラティヌスはアエネアスが娘ラウィニアの婿になるのではないかと予感する.彼女には異国から夫がやって来るとの予言を受けていたからだ.しかし,隣の部族ルトゥリー族の族長で,ラウィニアへの求婚者たちの中で最も立派な人物であるトゥルヌスはラティヌスの提案に怒り,ラティヌスの王妃アマタの支持を得て,ラティニー人(ラテン人)たちをトロイア人に対して決起せしめた.この巻はイタリア軍の壮麗なカタログ(ホメロス『イリアス』第二巻の「軍船のカタログ」に起源を持つ叙事詩の文学的慣習)を以て終わる.

 
第8巻

 河神ティベリヌスの助言により,アエネアスは将来ローマとなるべき地のパラティウムの丘に入植しているギリシア人エウアンデルの助けを求めに行く.エウアンデルは援助を約束し,後のローマの様々な場所と名前の起源を説明しながら,アエネアスに町を案内する.ウェヌスは夫ウルカヌス(鍛冶の神)を説いて,アエネアスのために一揃いの武具と楯を作らせるが,楯には詩人の保護者アウグストゥスが前31年に古代世界に揺るぎない支配を確立したアクティウムの海戦に至る,将来のローマ史に起こる様々な事件の浮き彫りが施されていた.


第9巻

 アエネアスが留守の間にトゥルヌスは,ティベリス河のほとりにあるトロイア方の陣営に急襲をかけ,船に火をかけることに成功する.二人のトロイア人ニススとエウリュアルスが,危機的状況をアエネアスに知らせるために,的の戦線を脱出しようと試みた.彼らは何人かの敵を倒したが,ついに発見されて殺された.トゥルヌスは攻撃を再開し,陣に入ることに成功したが,味方から切り離されて危機に陥り,ティベリス河に身を投じることによって,かろうじて逃れた.


第10巻

 神々の会議がオリュンポスで開かれ,ユピテルは戦争の成否を運命に委ねることに決した.アエネアスはエトルリア軍の援助を得たが,彼らは王メゼンティウスの暴虐に対して蜂起し,エウアンデルの援助を得て,彼の息子パラスの指揮下に入っていた.アエネアスは圧迫されているトロイア人を援けに戻る.激しい戦いの中,メゼンティウスと彼の子ラウススが殺されるが,トゥルヌスもパラスを殺す.





第11巻

 死者埋葬のための和平が結ばれる.ラティニー人からの使者が到達した時,アエネアスは自分とトゥルヌスの一騎打ちによる決着を提起する.ラティニー人側は軍事会議を開き,戦闘継続を決議するが,戦死する女将軍カミラなどの武勇に満ちた活躍にもかかわらず,トロイア人と同盟軍によって再び敗れる.

 
 
第12巻

 あらためて和約が結ばれ,トゥルヌスはアエネアスの挑戦に応ずる.王妃アマタと姉妹ユトゥルナ(背後にユノーの意志)は反対で,特にユトゥルナはラティニー側を駆りたてて,和約を破らせた.アエネアスは戦闘に行こうとして負傷したが,母ウェヌスによって奇跡的に癒された.彼は戦線に復帰し,ラティニー人とルトゥリー人を敗走させ,ついにトゥルヌスと一騎打ちを交える.トゥルヌスは傷つき,どうしようもない状況に陥る.アエネアスは嘆願を受け,彼を赦そうとするが,彼が身につけていたパラスの剣帯に気づき,そのせいで彼を殺す.



 
 作品全体の表面上の意図:ローマ民族の祖先の栄光とアウグストゥスの家祖の誉れを称え,ローマの世界支配を正当化する.
(その反面,詩人の平和志向が随所に見られ,トゥルヌスへの同情も色濃く見られ,一様の解釈はむつかしい)

主題 キーワード
(1) 神々の摂理としてのローマの建国と世界支配 fatum
(2) ローマ人の理想的個人道徳の体現者としてのアエネアス virtusとpietas

 fatum(ファートゥム):神々も変えることのできない定まった運命
 virtus(ウィルトゥース):戦士としての勇敢さと人間としての美徳
 pietas(ピエタース):敬神と親族愛を兼備したローマ的道徳
 

第1巻→第6巻 放浪の物語 『オデュッセイア』的
第7巻→第12巻 戦争の物語 『イリアス』的
 →『イリアス』と『オデュッセイア』のテーマの総合
(第一巻冒頭の詩句「戦争とかの人を私は歌う」は両叙事詩の冒頭を意識