ネポス『ハンニバル伝』講読6 |
(テクスト) (2. 5.) Id ego iusiurandum patri datum usque ad hanc aetatem ita conservi, ut nemini dubium esse debeat quin reliquo tempore eadem mente sim futurus. (2. 6.) Quare si quid amice de Romanis cogitabis, non imprudenter feceris, si me celaris; cum quidem bellum parabis, te ipsum frustraberis, si non me in eo principem posueris." |
(語彙) (2. 5.) id:指示代名詞is, ea, id「それ,その」の中性・単数・対格.「その」は前の文の「ローマ人と絶対に友好関係を持たないこと」という「誓い」の内容を指す ego:人称代名詞「私」の主格.「ハンニバル」を指す iusurandum:第3変化・中性名詞ius, iuris, n.「法,正義,権利,権威」と,第1活用動詞iur-o, -are, -avi, -atum「誓う」の未来受動分詞「誓われるべき」の中性・単数を合成した中性名詞で,従って属格はiuris iurandiとなる(この場合は分離して表記が一般的)となる語.意味は「誓約」.ここでは対格.「守ってきた」の目的語 patri:第3変化・男性名詞pater, patris, m.「父」 datum:第1活用に準ずる不規則動詞do, dare, dedi, datumの完了分詞・中性・単数・対格.「父に対して与えられたその誓約」→「私が父に誓った約束」 usque:副詞で,「(その時から)〜まで(ずっと)」の「まで」を強調する語 ad:対格支配の前置詞「〜へと,(時の意味で)〜まで」 hanc:指示代名詞hic, haec, hoc「これ,この」の女性・単数・対格(形容詞的).「時」を修飾して「今この時に至るまで」の「この」 aetatem:第3変化・女性名詞aetas, aetatis, f.「時,時代,年齢」の単数・対格 ita:副詞「このように」だが,結果文を導く従位接続詞utと連動して,「(結果として)〜になるように,それほど・・・した」という文を構成(英語のso...that構文) conservavi:第1活用動詞conserv-o, -are, -avi, -atum「守る,護持する,保存する」の直説法・能動相・完了・1人称・単数(主語はハンニバル) ut:目的・結果の従属文を導く従位接続詞.英語のso...that構文,及びin order thatのthatと考えれば良い nemini:「誰も〜ない」を意味する不定代名詞nemo, neminisの与格 dubium:第1・第2変化形容詞dubi-us, -a, -um「疑わしい,不確かな」の中性・単数・主格.「対格+不定法構文」の補語で対格とも考えられるが,その場合 debeatは非人称的に用いられていることになり,それよりはdebeatの主語はquin以下の内容(中性・単数・扱い)であり,それが同時に不定法esseの主語でもあると考えた方が良いと思われるので,したがってdubiumの同格の主格補語と考え主格とした esse:不規則動詞sum, esse, fui, futurus「〜である,〜がある」の不定法・能動相・現在 debeat:助動詞的に使われる第2活用動詞debeo, debere, debui, debitum「・・に負っている,義務がある→(不定法とを取って)〜しなければならない,〜すべきだ」の接続法・能動相・現在・3人称・単数.否定文なので「何人にとっても疑わしくあるべきではない」→「何人も疑うべきではない」,「何人も疑い得ない」 quin:疑念の内容を表す従属文を導く従位接続詞「〜ではないのではないか」 reliquo:第1・第2変化形容詞reliqu-us, -a, -um「残りの」の中性・単数・奪格 tempore:第3変化・中性名詞tempus, temporis, n.「時間,期間」の単数・奪格.ここでは「(人生の)残りの期間に」→「将来」 eadem:代名詞idem. eadem, idem(-demの部分は不変化で,前の部分がis, ea, idに準ずる変化をする)「(その)同じもの」,形容詞的に「同じ」.ここでは後者で,女性・単数・奪格 mente:第3変化・女性名詞mens, mentis, f.「心,心情,気持ち」の単数・奪格.動詞との組み合わせで「同じ心であり続ける」という意味になる「性質の奪格」 sim:不規則動詞sum, esse, fui, futurus「〜である,〜がある」の接続法・能動相・現在・1人称・単数(主語はハンニバル) futurus:sum動詞の未来分詞・男性・単数・主格.従属文で主動詞に対して明確に「以後」を表す場合にsum動詞+未来分詞の「回説的(迂言的)未来」が用いられる |
(2.6.) quare:副詞「それゆえ」 si:条件文を導く従位接続詞「もし〜ならば」 quid:不定代名詞quisquis, quidquid (quicquid)が否定文や条件文で使われる時の形quis, quid(疑問代名詞と同じ形)の中性・単数・対格「何かを」 amice:副詞「友好的に,好意的に」 de:奪格支配の前置詞「〜に関して」 Romanis:第1・第2変化形容詞Roman-us, -a, -um「ローマの」の男性・複数・奪格(名詞化して「ローマ人」) cogitabis:第1活用動詞cogit-o, -are, -avi, -atum「考える,思う」の直説法・能動相・未来・2人称・単数(「あなた」=アンティオクス王).「それゆえ,ローマ人に関して何かを友好的にお考えになるのであれば」(直訳)→「ローマ人との友好をお考えになるのなら」.この条件文(直説法・未来)がの帰結文が「帰結文(接続法・完了)+条件文(接続法・完了)」の複文になっている non:否定の副詞(英語のnot) imprudenter:副詞「熟慮を欠いて,賢明でなく,愚かに」 feceris:第3活用第1形動詞facio, facere, feci, factum「作る,為す,する」の接続法・能動相・完了・2人称・単数(主語はアンティオクス).直説法・未来完了と同じだが,ここでは時制が未来完了になる理由が見当たらないので,前の文への帰結文というよりは,後の文への帰結文となって,全体として前の文への帰結文となっていると考え,可能性を想定した文と解する.可能的条件文においては帰結文は接続法・現在か接続法・完了になる si:条件文を導く従位接続詞「もしも〜なら」 me:人称代名詞ego「私」の対格 celaris:第1活用動詞cel-o, -are, -avi, -atum「隠す」(「〜に・・を隠す」という構文の時,〜も・・もともに対格に置かれるが,ここでは・・にあたる「ローマと友好を結ぶ意思」は自明のこととして略され,〜にあたる「私」だけが対格におかれている.従って意味は「私を隠す」ではなく「私に隠す」である)の接続法・能動相・完了・2人称・単数(主語はアンティオクス)(=celaveris).可能性を示す条件文において,帰結文の動詞よりも「以前」を表すのであれば,条件文の動詞は接続法・完了 cum:従属文の動詞に直説法も接続法も取る従位接続詞「〜する時,場合」 quidem:副詞「確かに」 bellum:第2変化・中性名詞bell-um, -i, n.「戦争」の単数・対格 parabis:第1活用動詞par-o, -are, -avi, -atum「用意する,準備する,備える」の直説法・能動相・未来・2人称・単数(主語はアンティオクス) te:人称代名詞tu「あなた」の対格 ipsum:「〜自身」を意味する代名詞ipse, ipsa, ipsumの男性・単数・対格 frustraberis:第1活用の形式受動相動詞frustror, frustrari, frustratus sum「欺く,失望させる,苛立たせる」の直説法・受動相(意味は能動)・未来・2人称・単数(主語はアンティオクス).「あなた自身を失望させる」→「失望する」,「失敗する」,「事を誤る」 si:条件文を導く従位接続詞「もしも〜なら」 non:否定の副詞(英語のnot) me:人称代名詞ego「私」の対格 in:奪格支配の前置詞「〜において」 eo:指示代名詞is, ea, id「それ,その」の中性・単数・奪格.「戦争」を受ける principem:第3変化・男性名詞(元来は形容詞「第一の」)princeps, principis, m.「第一人者,指導者,指揮官」の単数・対格.直接目的語「私」の同格 posueris:第3活用第1形動詞pono, ponere, posuim positum「置く,任命する」の直説法・能動相・未来完了・2人称・単数(主語はアンティオクス).接続法・完了も同形だが,ここでは帰結文が直説法・未来であるから「それ以前」を表す時制として未来完了には意味があるのと,論理的条件と帰結という「客観性」を話者ハンニバルの意図の中に読み取りたいので直説法と考えることにする(そこまで理屈をこねる必要もないか?) |
(試訳) (2. 5.) 私は父に対してたてたその誓約を,この年になるまで守り続けてきましたので,私がこの先その気持ちをなくすなどと,何人も疑うべきではありません.(2. 6.) ですから,陛下がローマ人との友好をお考えなら,それを私に隠しておくのは,賢明ななさり方と思われます.戦争のご準備をなさるのなら,私を指揮官になさらなければ,ご自身のためにならぬ結果を招くことでしょう. |