ネポス『ハンニバル伝』講読4


(テクスト)

 (2. 2.-2. 3.) Ad quem legati venissent Romani, qui, de eius voluntate explorarent darentque operamconsiliis clandestinis ut Hannibalem in suscipionem regi adducerent, tamquam ab ipsis corruptus alia atque antea sentiret, neque id frustra fecissent idque Hannnibal comperisset seque ab interioribus consiliis segregari vidisset, tempore dato adiit ad regem, eique eum multa de fide sua et odio in Romanos commemorasset, hoc adiunxit: "Pater meus," inquit, "Hamilcar perulo me, utpote non amplius novem annos nato, in Hispaniam imperator proficiscens, Karthagine Iovi optimo maximo hostias immolavit.

(2. 2.)-(2. 3.)(適当な区切りがないので,一緒に扱う) 

(語彙)

(2. 2.)
 ad:対格支配の前置詞「〜(のもと)へと,〜に対して」
 quem:関係代名詞qui, quae, quodの男性・単数・対格.ここではアンティオコスを指す.ラテン語ではフル・ストップの後でも,普通の代名詞のように関係代名詞を使うことができる
 cum:「時」を示す従位接続詞.従属文の動詞は直説法の場合と接続法の場合がある.ここでは動詞は接続法・過去完了になっている.過去の一回限りの行為を示すとき,「cum+接続法」が用いられ,時制は未完了過去か過去完了になる.ここでは主文の動詞が直説法・完了(過去時称=副時称)なので,従属文の過去完了は「それ以前」を意味している
 legati:第2変化・男性名詞legat-us, -i, m.「使者」の複数・主格
 venissent:第4活用動詞venio, venire, veni, ventum「来る」の接続法・能動相・過去完了・3人称・複数(主語はローマからの使者たち)
 Romani:第1・第2変化形容詞Roman-us, -a, -um「ローマの」の男性・複数・主格
 qui:関係代名詞qui, quae, quodの男性・複数・主格.先行詞は「使者たち」.関係文の動詞が接続法になっているのは「使者たち」が派遣された意図,目的が語られているから(「関係詞+接続法」も目的・結果を意味する)
 de:奪格支配の前置詞「〜について,関して」
 eius:指示代名詞is, ea, id「それ,その,彼,彼女」の三性共通の単数・属格.ここでは男性でアンティオコスを指す
 voluntate:第3変化・女性名詞voluntas, voluntatis, f.「意志,願望,意図」の単数・奪格
 explorarent:第1活用動詞exploro, explorare, exploravi, exploratum「偵察する,探る,探索する」の接続法・能動相・未完了過去・3人称・複数
 darentque:不規則動詞do, dare, dedi, datum「与える」の接続法・能動相・未完了過去・3人称・複数+等位接続詞 -que「〜と,そして」
 operam:第1変化・女性名詞oper-a, -ae, f.「仕事,努力」の単数・対格.operam dareは後にut(またはne)で導かれる従属文,もしくは不定法構文を取って,「〜しようと(努力)する」の意味となる
 consiliis:第2変化中性名詞consili-um, -i, n.「考え,思惑,助言,知恵,策略」の複数・奪格.「手段の奪格」
 clandestinis:第1・第2変化形容詞clandestin-us, -a, -um「秘密の」
 ut:目的文を導く従位接続詞(動詞は接続法)だが,ここでは前述のoperam dareと連動している
 Hannibalem:第3変化・男性名詞Hannibal, Hannibalis, m.「ハンニバル」の単数・対格
 in:対格支配の前置詞「〜(の方)へと」
 suspicionem:第3変化・女性名詞「疑念,不信」の単数・対格
 regi:第3変化・男性名詞rex, regis, m.「王」の単数・与格.「利害の与格」(王にとっての)か「所有の与格」(王の)
 adducerent:第3活用・第1形動詞adduco, adducere, adduxi, adductum「導く」の接続法・能動相・未完了過去・3人称・複数
 tamquam:非難の動詞に導かれて,「あたかも〜であると言って」という内容を断言,主張する文章を導く従位接続詞(動詞は接続法)
 ab:行為者を示す奪格支配の前置詞「〜によって」
 ipsis:「自身」を意味する指示代名詞ipse, ipsa, ipsumの男性・単数・奪格で,ここではローマの使者たちを指す
 corruptus:第3活用第1形動詞corrumpo, crrumpere, corrupi, corruptum「破壊する,破滅させる,堕落させる,買収する」の完了分詞・男性・単数・主格.「考える」の主語ハンニバルの副詞的同格
 alia:代名詞型変化の形容詞ali-us, -a, -um「他の」.atqueと結びついて「〜とは違う,別の」.ここでは副詞化して「以前とは違うように」
 antea:副詞「以前(は)」
 sentiret:第4活用動詞sentio, sentire, sensi, sensum「感じる,考える」の接続法・能動相・未完了過去・3人称・単数(主語はハンニバル)
 neque:前の語,もしくは文と後ろの語,または文をつなぐ接続詞で,前が肯定であれ,否定であれ後ろを否定する接続詞.ここでは続く副詞「空しく,無駄に」を否定しており,使者たちの試みが「無駄ではなかった」,「成功した」ことを示している
 id:指示代名詞is, ea,idの中性・単数・対格.使者たちの試みを指している
 frustra:副詞「無駄に,空しく,不成功で」
 fecissent:第3活用第2形動詞facio, facere, feci, factum「作る,する,為す」(英語のmakeとdoの意味を兼ねると考えればよい)の接続法・能動相・過去完了・3人称・複数.この接続法過去完了は最初の接続詞cumに支配されており(qui からsentiretまでの関係文およびそれに従属する目的文を括弧にいれて考えると良い.ただし,目的語の「それ」は括弧内の目的文の内容を指す),これを従属文とする主文の動詞adiitが直説法・完了で副時称なので,それ以前のことを表す時には,従属文では接続法・過去完了が用いられるから
 idque:前のidと同じ内容のid+等位接続詞-que「〜と,そして」,「と」が結んでいるのは「使者がそれをうまくやった」と「ハンニバルがそれに気づいた」
 comperisset:第4活用動詞comperio, comperire, comperi, compertum「見つける,学ぶ,気づく」の接続法・能動相・過去完了・3人称・単数(主語はハンニバル)
 seque:再帰代名詞の男性(3性共通)・単数(単複共通)・対格で,後出の不定法segregariの主語(対格+不定法構文)になっている「自分自身(ハンニバル)」+等位接続詞-que「〜と,そして」
 ab:奪格支配の前置詞「〜から」
 interioribus:比較級のみで使われる第3変化形容詞interior, interius「内側の,身内の」の中性・複数・奪格
 consiliis:第2変化・中性名詞consili-um, -i, n.「熟慮,助言→顧問団,会議,議会」.ここでは,国王の諮問にあずかる側近の集団か.
 segregari:第1活用動詞segreg-o, -are, -avi, -atum「分離する,切り離す,排除する」の不定法・受動相・現在
 vidisset:第2活用動詞video, videre, vidi, visum「見る,わかる,気づく」の接続法・能動相・過去完了・3人称・単数

(2.3)(以上が従属文で,以下は主文)

 tempore:第3変化・中性名詞tempus, temporis, n.「時,機会」の単数・奪格
 dato:第1活用に準ずる不規則動詞do, dare, dedi, datum「与える」の完了分詞・中性・単数・奪格.「時」を修飾して,絶対奪格を構成し,「時が与えられと」,「チャンスが得られると」,「機会を得て」という副詞句になっている
 adiit:不規則動詞adeo, adire, adii, aditum「〜へと行く」の直説法・能動相・完了・3人称・単数(主語はハンニバル)
 ad:対格支配の前置詞「〜(の所)へと」
 regem:第3変化・男性名詞rex, regis, m.「王」の単数・対格(アンティオクスを指す)
 eique:3人称の人称代名詞に代用される指示代名詞is, ea, id「それ,その」の男性・単数・与格(3性共通)+等位接続詞-que「〜と,そして」.この-queは主文(重文)の二つの動詞(adiitとadiunxit)をつないでいると考える
 cum:主として「時」を示す従位接続詞で,これに導かれる従属文の動詞は直説法の場合も接続法の場合もあるが,ここでは接続法・過去完了が用いられ,主動詞は直説法・完了なので,「〜した上で,〜した後に」と考える
 multa:第1・第2変化形容詞mult-us, -a, -um「多くの,多数の,多量の」の女性・単数・奪格.「信義」を修飾
 de:奪格支配の前置詞「〜に関して」
 fide:第5変化・女性名詞fides, fidei, f.「信義,信頼,信用,約束」の単数・奪格
 sua:再帰的所有形容詞(原則として主動詞の主語と同じ人物を指す)su-us, -a, -um「自分の,その人(自身)の」(ここではハンニバル)の女性(形容詞なので「性」は所有者ではなく,修飾する名詞によって決まる)・単数・奪格.「信義」を修飾
 odio:第2変化・中性名詞odi-um, -i, n.「憎しみ,憎悪」の単数・奪格(前置詞de に支配されている)
 in:対格支配の前置詞「〜へと」.「ローマ人への憎しみ」
 Romanos:第1・第2変化形容詞Roman-us, -a, -um「ローマの」が名詞化(ローマ人)した男性・複数・対格
 commemorasset:第1活用動詞commemor-0, -are, -avi, -atum「思い出させる,物語る,言及する」の接続法・能動相・過去完了・3人称・単数(主語はハンニバル)commemoravissetの-vi-が省略された形(頻出)
 hoc:指示代名詞hic, haec, hoc「これ,この」の中性・単数・対格.以下の直接話法によるハンニバルの言葉を指して「このことを」
 adiunxit:第3活用第1形動詞adiungo, adiungere, adiunxi, adiunctum「結びつける,付け加える」の直説法・能動相・完了・3人称・単数

(2. 3.) の後半(直接話法の部分)

 pater:第3変化・男性名詞pater, patris, m.「父」の単数・主格
 meus:所有形容詞me-us, -a, -um「私の」の男性・単数・主格.「父」を修飾
 inquit:殆ど直説法・現在の形のみ用いられる不完全動詞inquam「言う」(inquam / inquis / inquit / inquimus / inquitis / inquiunt)の3人称・単数.この動詞は現代風のテクストでは引用符で囲われた「直接話法」の部分を導く「地の文」の動詞(主語はハンニバル.現在形は「歴史的現在」と考えればよい)
 Hamilcar:第3変化・男性名詞Hamilcar, Hamilcaris, m.「(カルタゴの将軍)ハミルカル」の単数・主格(「私の父」の説明的同格)
 puerulo:第2変化男性名詞puerul-us, -i, m.「小さな子供,幼児」(puerの縮小形)の単数・奪格.同格の人称代名詞と組み合わされて絶対奪格を構成し,「私がまだほんの子供に過ぎなかった頃」という意味になる
 me:人称代名詞ego「私」の奪格
 utpote:副詞「せいぜい」くらいの意味と考える
 non amplius:ampliusは比較級の副詞で「より多く,より長く,より年とって」であるから,それを否定する形で「〜歳にも満たない」
 novem:不変化の数形容詞「九」.「年」を修飾しているので,文法的には男性・複数・対格
 annos:第2変化・男性名詞ann-us, -i, m.「年」
 nato:第3活用の形式受動相動詞nascor, nasci, natus sum「生まれる」の完了分詞の男性・単数・奪格.通常,主語が何歳という時「延長の対格」で示された「何年」とともに主格のnatus(女性ならnata)が用いられるが,ここでは絶対奪格のmeに一致しているので奪格になっている
 in:対格支配の前置詞「〜へと」
 Hispaniam:第1変化・女性名詞hispani-a, -ae, f.「ヒスパニア」(スペイン)
 imperator:第3変化・男性名詞imperator, imperatoris, m.「将軍,司令官」の単数・主格.主語の「父ハミルカル」の説明的同格「司令官として」
 proficiscens:第3活用の形式受動相動詞prficiscor, prficisci, prfectus sum「出発する」の現在分詞・男性・単数・主格.ここでは「出発するに際して」
 Karthagine:第3変化・女性名詞Karthago (Carthago), Karthaginis, f.「カルタゴ」の単数・地格(位格)(都市と小島の名前には残存)
 Iovi:不規則変化の男性名詞Iuppiter, Iovis, m.「(最高神)ユピテル」の単数・与格.ギリシアのゼウスのローマ名として使われるように,ここではセム族(カルタゴはセム族フェニキア人に国)の最高神バールを意味する
 optimo:第1・第2変化形容詞bon-us, -a, -um「良い」の最上級optim-us, -a, -umの男性・単数・与格.「至善の」
 maximo:第1・第2変化形容詞magn-us, -a, -um「偉大な」の最上級maxim-us, -a, um「至高の」→「至善・至高の神ユピテル(=バール)
 hostias:第1変化・女性名詞hosti-a, -ae, f.「犠牲,生贄」の複数・対格
 immolavit:i第1活用動詞immol-o, -are, -avi, -atum, f.「(犠牲を)捧げる」の直説法・能動相・完了・3人称・単数

 (2.2)-(2.3.) の文は,「〜した時(主動詞が完了に対して従属文の動詞が過去完了なので,〜した後)」を意味する接続詞cumに支配された従属文と,「王のもとに行き,・・・付け加えた」と二つの主動詞を持つ主文からなり,さらに二つ目の主動詞「付け加えた」の文の前に,接続詞cum「〜した時,〜した後」に支配される従属文が置かれ,「付け加えた」内容を表す「直接話法」が「言った」という動詞とともに付加されている.

 複雑なのは従属文で,「使者が王のもとに来て,その目的を成功させ,それをハンニバルが気づき,排除されたと察知した」と,「(使者たちが)来た」,「(使者たちが)うまくやった」,「(ハンニバルが)きづいた」,「(ハンニバルが)察知した」と四つの動詞が存在する重文だが,後の三つの文は単純(ただし三つ目は不定法構文を支配)で問題はない.しかし,一つ目の文は「使者たち」を先行詞とする関係文を取り,関係文中の動詞が接続法なので,これ自体が目的文であると同時に関係文中の二つの動詞「探る」と「努力する」の後者がさらに目的文(その目的文がさらに接続法を動詞とする従属文を取っている)を取るという複雑な構文になっている.

 動詞の法と時制,それから主語は何かを冷静に分析すると,自ずから複雑な構文の構造が見えてくる(と思う).

 1.接続詞cumに支配される動詞:vinissent(接続法・過去完了,主語は「使者たち」,fecissent(接続法・過去完了,主語は「使者たち」),cpmperisset(接続法・過去完了,主語は「ハンニバル」),vidisset(接続法・過去完了,主語は「ハンニバル」)

 2.関係代名詞qui(先行詞は使者たち)に支配される動詞:explorarent(接続法・未完了過去,主語は当然「使者たち」),darent(接続法・未完了過去,主語は「使者たち)

 3.接続詞utに支配される動詞:adducerent(接続法・未完了過去,主語は「使者たち」)

 4.接続詞tamquamに支配される動詞:sentiret(接続法・未完了過去,主語は「ハンニバル」)

 5.主文の動詞:adiit(直説法・完了,主語は「ハンニバル」),adiunxit(直説法・完了,主語は「ハンニバル」)

 6.5の二つ目の文にかかる副詞節のcumに支配される動詞:commemorasset(接続法・過去完了,主語は「ハンニバル」

 7.5の二つ目の動詞の目的語になっている代名詞の具体的内容を示す直接話法の文を導く動詞:inquit(直説法・現在=歴史的現在,主語は「ハンニバル」

 8.直接話法で語られた文の動詞:immmolavit(直説法・完了,主語は「ハミルカル」

 以上のほかに動詞的内容を表す完了分詞(corruptus / dato / nato),不定法(segregari),現在分詞(proficiscens)があるので要注意

(試訳)

(2. 2.) このアンティオクスのもとへローマの使節団がやって来た.その目的はアンティオクスの意思を探り,秘密の策をめぐらして,ハンニバルが彼らに買収されて以前とは気持ちが変わっているのだと,彼への疑いを王に抱かせようとするものだった.その思惑が成功をおさめ,ハンニバルはそれに気づき,自分が側近の会議から遠ざけられているのを察知したので,(2.3.) 彼は機会を逃すことなく王のもとに伺候し,自らの多大なる信義とローマへの憎しみを述べた後,以下のことを付け加えた.彼の言い分はこうだ.「わが父ハミルカルは,私がまだ九歳にも満たぬ子供だった時,司令官としてスペインに赴くに際し,カルタゴで至善・至高の神ユピテルに犠牲を捧げました.(以下,ハンニバルの言葉が続く)