ネポス『ディオン伝』講読2

(テクスト)

 (1.2.) Dion autem praeter nobilem propinquitatem generosamque maiorum famam multa alia ab natura habuit bona, in iis ingenium docile, come, aptum ad artes oiptimas corporis dignitatem, quae non minimum commendat, magnas praeterea divitias a patre relictas, quas ipse tyranni muneribus auxerat.

(語彙)

(1. 2.)

 Dion:第3変化・男性名詞Dion, Dionis, m.「ディオン(ディオーン)」の単数・主格
 autem:接続詞「ところで,一方」
 praeter:対格支配の前置詞「〜以外に,〜の他に」
 nobilem:第3変化形容詞nobil-is, -e「高貴な,生まれの良い」の女性・単数・対格
 propinquitatem:第3変化・女性名詞propinquitas, propinquitatis, f.「近さ,親近性,親戚関係」(形容詞から抽象的な女性名詞を作る-tasという語尾の第3変化名詞は-tyという語尾の英語になる確立が高い.実際に辞書を引くとpripinquityという英語を見つけることができる)の単数・対格
 generosamque:第1・第2変化形容詞generos-us, -a, -um「生まれが良い,高貴な,立派な,すばらしい」の女性・単数・対格+等位接続詞-que「〜と,そして」
 maiorum:第1・第2変化形容詞magn-us, -a, -um「大きい」の比較級maior, maiusの男性・複数・属格.この語の男性・複数は名詞化して「先祖」という意味で使われる
 famam:第1変化・女性名詞fam-a, -ae, f.「名声,噂」の単数・対格
 multa:第1・第2変化形容詞mult-us, -a, -um「多くの,多数の,多量の」の中性・複数・対格.bonaを修飾
 alia:第1・第2変化形容詞ali-us, -a, -um「他の,その他の」の女性・複数・対格.bonaを修飾
 ab:奪格支配の前置詞「〜から,〜によって」
 natura:第1変化・女性名詞natur-a, -ae, f.「性質,性格,自然,本性」の単数・奪格.ab naturaで「生来,生まれつき」
 habuit:第2活用動詞habeo, habere, habui, habitum「持つ」の直説法・能動相・完了・3人称・単数.主語はディオン
 bona:第1・第2変化形容詞bon-us, -a, -um「良い」の中性・複数・対格.ここでは中性形が名詞化して「善事,善性,利点,長所」などの意味.中性・複数で「財産」などの意味で使われることが多いが,ここでは名詞化した中性・単数の意味の複数と考える
 in:奪格支配の前置詞「〜において(は),〜に中に(は)」
 iis:指示代名詞is, ea, id「それ,その」の中性・複数・奪格(三性同形).multa bonaを受ける
 ingenium:第2変化・中性名詞ingeni-um, -i, n.「(生まれつきの)性質,性格,天性,能力,才能,知性,天才」の単数・主格.このingeniumを三つの形容詞(最後は完了分詞)docile, come, aptumが修飾している.またこうしたinegeniumが,「それらの中にある,あった」の,「ある,あった」にあたるsum動詞が省略されている
 docile:第3変化形容詞docil-is, -e「従順な,順応しやすい」の中性・単数・主格
 come:第3変化形容詞com-is, -e「礼儀正しい,友好的な」の中性・単数・主格
 aptum:第1・第2変化形容詞apt-us, -a, -um「(〜に)ふさわしい,適した」の中性・単数・主格
 ad:対格支配の前置詞「〜へと,〜に」.この前置詞の目的語がartes,dignitatem,divitiasと三つの並列された(ただし,その間に修飾語や関係詞節が挿入されている)対格名詞.ラテン語では前置詞なしで名詞を並列するのはアシュンデトン(asyndeton)と称して,何らかの強調があるものと考える.A et B et C(A, B and C)をA, B, Cのように並置する場合である
 artes:第3変化・女性名詞ars, artis, f.「技,技能,術,芸術,学問,教養」の複数・対格
 optimas:第1・第2変化形容詞bon-us, -a, -um「良い」の最上級optim-us, -a, -um「最良の,最高の」の女性・複数・対格.「最良の技」は「人間として備えるべき最高の学問,教養,知性,礼儀,立ち居振舞い,人品骨柄」という一語では表しきれない称賛の念が包含されていると思われる
 magnam:第1・第2変化形容詞magn-us, -a, -um「大きな,偉大な」の女性・単数・対格.dignitatemを修飾
 corporis:第3変化・中性名詞corpus, corporis, n.「体」の単数・属格
 dignitatem:第3変化・女性名詞dignitas, dignitatis, f.「威厳,堂々とした様子,立派さ」の単数・対格.「体の大きな威厳」は全体として「堂々たる体躯」と考えてよいだろう.体が大きく,容姿が優れていることもギリシアでは政治家,将軍としては大事なことであった.恩師岡道男先生は授業でホメロスを語りながら,いつも「ギリシア人にとって美しいということの中に大きいというのが大事な要素で,日本のように小さくて美しい,可愛い,というような考え方はない」とおっしゃっていた.ホメロスのテクストを人類の歴史上最もよく読み込み,アリストテレスの『詩学』の考えを徹底的に理解なさった先生ならではの教えで,私自身は確信がないが,先生がそうおっしゃったので多分そうなのだろうと思っている.もちろんホメロスの作品に出てくる「小さいけれども敏捷な英雄」小アイアスのことは先生も指摘しておられた.しかし,トロイア落城の時,神像にとりすがるカサンドラに乱暴して,敬神と人道をないがしろにし,その神罰を蒙って,故郷への帰途,嵐に遭い,波に打たれ,岩に頭を打ち付けて死ぬ小アイアスは確かに「美しい」人とは言い難い
 quae:関係代名詞qui, quae, quodの女性・単数・主格.先行詞は「威厳」
 non:否定の副詞「〜でない」
 minimum:第1・第2変化形容詞parv-us, -a, -um「小さい」の最上級minim-us, -a, -um「最小の,極小の」の中性・単数・対格が副詞化して,「最も少なく,殆ど〜ない」という意味になるが,これと「〜でない」を組み合わせることにより,「二重否定は強い肯定」と言う原則から「殆ど〜ないのではない」は「大いに〜する」となる
 commendat:第1活用動詞commend-o, -are, -avi, -atum「委ねる,任せる,推薦する」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.諸写本は受動相のcommendaturになっているが,これをランバヌスが1569年刊行の校本で能動相に直した.考え方としては「この威厳(堂々たる体躯)が(人々に対して)大いに推奨される」を代名詞eumなどを補って考えながら,「この威厳が(人々に対して)(彼を)大いに推奨する」と解するということであろうか.要するに「この堂々たる体躯こそ,彼が人々の推薦,称賛の的となるもとなのだ」ということだろう
 magnas:第1・第2変化形容詞magn-us, -a, -um「大きな,偉大な」の女性・複数・対格.divitiasを修飾
 praeterea:副詞「さらに,これに加えて」
 divitias:複数で使われる第1変化・女性名詞diviti-ae, -arum, f.pl.「富,財産,豊かさ」の対格
 a:奪格支配の前置詞「〜から,〜によって」
 relictas:第3活用第1形動詞relinquo, relinquere, reliqui, relictum「残す」の完了分詞・女性・複数・対格.divitiasを修飾 quas:関係代名詞qui, quae, quodの女性・複数・対格.先行詞は「富,財産」
 non:否定の副詞「〜でない」
 ipse:指示代名詞ipse, ipsa, ipsum「〜自身,〜自体」の男性・単数・主格.ディオンを指す
 tyranni:第2変化・男性名詞tyrann-us,-i, m.「僭主」(ここでは「暴君」と言う意味でも可と思われる)の単数・属格
 muneribus:第3変化・中性名詞munus, muneris, n.「贈り物」の複数・奪格
 auxerat:第2活用動詞augeo, augere, auxi, auctum「増やす」の直説法・能動相・過去完了・3人称・単数.英語のauctionの語源であるのは言うまでもないだろう 


(試訳)

(1.2.)しかし,ディオンは高貴な親縁関係と祖先たちのすばらしい名声の他に,生来備わっているその他の多くの美点を持っていた.その中には,従順で親しみやすや天性や,最高の学問教養,大いに彼の利点となる堂々たる体躯,さらには父から引き継いで,僭主の贈り物によって自身が殖やした莫大な財産と言ったものにふさわしい資質があった.