フィレンツェだより
2007年5月14日



 




ピッティ宮殿
中庭



§文化週間 第2弾 −パラティーナ美術館−

昨日のことになってしまったが,13日の日曜日は,文化週間で入場無料(イングレッソ・グラトゥーイト)のピッティ宮殿に行き,パラティーナ美術館を探訪した.


 昨年9月に初めて行ったときは,その傑作の多さに驚いたが,2回目の今回は少し余裕を持って見るつもりだった.

 しかし,大傑作に満ちていて気持ちが高揚するのと,大公や家族の居室まで回ると,とにかく広いので体力が必要だ.フィレンツェで一番必要なのは,体力と気力であることが再確認された.



 例によって,ドゥオーモ,シニョリーア広場を通って,アルノ川に向かって歩いて行った.前日の土曜日よりは人出が多いように思えたが,ウフィッツィの行列は,今日もさほどではないようだった.

 ウフィッツィの中庭を通り,ヴァザーリの回廊を見上げながら川沿いを歩いて,ヴェッキオ橋を渡り,グィッチャルディーニ通りをピッティ宮殿に向かう.

 ピッティ宮殿に着くと,日差しが強かったせいか,春や秋には日光浴をする観光客で一杯の前庭にもほとんど人はいなかった.パラティーナ美術館の行列も,昨年9月(理由はまだ確認していないが,その時も入場無料だった)よりも少なかったので,すぐに入れた.

写真:
ピッティ宮殿の前の広場


 「プロメテウスの間」では,フィリッポ・リッピの「聖母子と聖アンナの生涯の物語」が目がひいた.ポントルモの「三王礼拝」にも目をひかれた.ボッティチェルリの作品もあったが,よく思い出せない.今度行ったらしっかり見てこよう.

 「オデュッセウスの間」にあるラファエッロの「聖母子,子どもの洗礼者ヨハネ,聖人たち」は,さすがに傑作だと思った.大人の姿のヨハネは,皮衣を着て,十字架の杖を持ち,キリストを指差しているのが大体お決まりのポーズだが,このヨハネはまだ子どもなのに,すでにそうしている.美少年だが,足が立派で「荒野の呼ばわる声」となる大人の姿を暗示しているように思えた.

 「ユピテルの教育の間」では,カラヴァッジョの「眠るクピド」だろうか.幼児の死体をモデルにしたというこの作品は,何度もじっくり見たいものではないが,さすがに画家の力量を思わせる.この部屋ではクリストファノ・アッローリの「ホロフェルネスの首を持つユディット」が印象に残る.

「サトゥルヌスの間」は,この博物館の最大の見せ場だろう.ラファエッロの作品が幾つかあり,その中でも「大公の聖母」と「椅子の聖母」とそれぞれ通称される2枚の「聖母子」は,大傑作と呼ぶにふさわしい.


 個人的には後者が,聖母子のみならず,あどけない顔の洗礼者ヨハネが描き込まれていて好ましく思える.このヨハネは十字架の杖を持って皮衣を着ているが,キリストを指差してはいない.可愛い手をあわせて礼拝の姿勢をとっているが,やさしい母親に抱かれたキリストをうらやましげに見ているようにも思える.

 写真や解説書で必ず見る「エゼキエルの幻視」は見逃してしまったらしい.これを見るためにまた近々行こうと思う.

 「ユピテルの間」にもラファエッロがある.「ヴェールの女」と通称される貴婦人の肖像がある.彼の愛人がモデルという説は否定する専門家が多いそうだが,そう言わせる雰囲気は十分持っている.

 どうも修復中だったらしい「マルスの間」の絵では,ムリーリョの2枚の趣の違う「聖母子」,伝セネカの古代彫刻が書き込んであるルーベンスの「四人の哲学者」が印象に残る.後者には大古典学者リプシウスが描かれていた.他にはやはりルーベンスの「戦争の結果」という大きな絵が存在感があった.

 「アポロの間」では,ティツィアーノの「マグダラのマリア」だろう.

 私たちにはあまりなじみのない作家だが,2人の(アレッサンドロとクリストファノ)アッローリの諸作品は素晴らしかったし,アンドレーア・デル・サルト(夏目漱石の『吾輩は猫である』に言及がある)の絵も多かった.

 有名な「ガリレオ・ガリレイの肖像画」も展示されているシュステルマンスは,大公家の宮廷画家で,メディチ一族の肖像をたくさん描いている.前回来た時も,彼の描く長い顔に分厚い唇の肖像群が印象に残った.

 ペルジーノの作品も,ヴァン・ダイク,ヴェロネーゼ,ジョルジョーネというビッグネームの画家の作品もあるし,私たちが知らなかったチーゴリという画家の絵も何枚かあって,大変な力量の人に思えた.フラ・バルトロメオの諸作品も迫力があった.カルロ・ドルチという人の作品も多く,かなりの水準に思えた.

 フィリピーノ・リッピの「ルクレツィアの死」は,作家がビッグネームで,ローマの伝説が主題の作品だし,作家については何も知識はないが,フランチェスコ・フリーニの「ヒュラスとニンフたち」は,よく絵画に取り上げられるギリシャ神話が題材なので興味深かった.

 一昨日述べたように,ウフィッツィとピッティ宮殿はヴァザーリの回廊でつながっている.左下の写真はヴェッキオ橋をはさんで北側,右下の写真は南側である.




ウフィッツィからヴェッキオ橋へ





グロッタ脇からピッティ宮殿まで



 体力と根性のある妻に手を引かれながら,この際だから併設の近代美術館にも行ってみた.

 私が見たいものとしてはピサロの絵があるが,これはセザンヌ展(4月14日に鑑賞)に出張中だった.フィレンツェ,トスカーナを中心とする近代イタリアの画家,彫刻家の作品を集めた美術館で,私たちがよく知っている作品はなかったが,どれを見ても一定以上の水準の作品に思え,芸術というものの奥深さを思わされた.

 下の写真は中庭の奥にある「モーゼの洞窟」で,この上にはアーティーチョークの噴水がある.

写真:
「モーゼの洞窟」


 以前ボーボリ庭園に行った時,ブオンタレンティが作ったグロッタ(人工洞窟)に言及した(4月9日)が,その際,その奥にあるとされるジャンボローニャの「ヴィーナス」について,これが本当にその作品かと疑問に思いながらも別の写真を載せていた.

 その彫刻はヴィンチェンツォ・デ・ロッシの「テセウスとヘレネー」で,肝心の「ヴィーナス」はそのさらに奥にあることがわかった.肉眼でも幽かにしか見えないが,ダメもとで写真を撮ってみたら,デジカメは優秀で,おぼろげながらもちゃんと写していた.

,写真:
「テセウスとヘレネー」の
奥にジャンボローニャの
「ヴィーナス」


 少し明るくしたので「テセウスとヘレネー」は白くなってしまったが,奥に「水浴びするヴィーナス」が見える.奥の間にも明り取りの窓があるようなので,時間帯によってはもう少しはっきりと見えるかも知れない.

 これは今回,パラティーナ美術館のブックショップで,妻が友人に出す絵葉書を選んでいて,ジャンボローニャの「ヴィーナス」の絵葉書を見つけたことをきっかけに,一緒に買ったボーボリ庭園のガイドブック(日本語版)でわかったことだ.

 パラティーナ美術館,近代美術館のガイドブックも日本語版が出ていたので購入した.今回の文章を書くにあたり,作品名はすべてガイドブックに準拠した.ちなみに,この日買った3冊のガイドブックの訳者はすべて中嶋先生だった.





ヴァザーリの回廊と
ブオンタレンティのグロッタ
宮殿の2階の窓から