『アエネイス』講読
(第1巻 34-41行)



テクスト
 Vix e conspectu Siculae telluris in altum
vela dabant laeti et spumas salis aere ruebant,   35
cum Iuno, aeterunum servans sub pectore volnus,
haec secum: mene incepto desistere victam
nec posse Italia Teucrorum avertere regem!
quippe vetor fatis. Pallasne exurere classem
Argivum atque ipsos potuit submergere ponto   40
unius ob noxam et furias Aiacis Oilei?
                            (34-41)


語彙
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(語彙)

34行 (テクストへ
 vix:副詞「ほとんど〜しない」,「ようやくのことで〜する」だが,2行後のcumと連動して「〜するや否や,・・・する」(英語のhardly..when, scarcely...when)
 e:奪格支配の前置詞(母音の前ではex)「〜から」(内→外)
 conspectu:第4変化名詞conspect-us, -us, m「視野,視界,眺望」の単数・奪格.直訳すると「シチリアの土地から見える範囲から」で,ここでは停泊していたシチリアから船出して沖の海に出帆したことを意味している
 Siculae:第1・第2変化形容詞Sicul-us, -a, -um「シチリア島の」の女性・単数・属格
 telluris:第3変化・女性名詞tellus, telluris. f.「大地,土地,地方」の単数・属格
 in:対格支配の前置詞「〜(の中)へと」
 altum:第1・第2変化形容詞alt-us, -a, -um「高い,深い」の中性形が名詞化した「深い海,沖の海」の単数・対格

35行 (テクストへ

 vela:第2変化・中性名詞vel-um, -i, n.「帆」の複数・対格
 dabant:第1活用に類似する不規則動詞do, dare, dedi, datum「与える」の直説法・能動相・未完了過去・3人称・複数(主語は明示されていないが「トロイア人たち」)
 laeti:第1・第2変化形容詞「喜んでいる」の男性・複数・主格.明示されていない主語「トロイア人たち」の副詞的同格
 et:「そして,〜と」
 spumas:第1変化・女性名詞spum-a, -ae, f.「泡」の複数・対格
 salis:第3変化・男性名詞(中性の場合もある)sal, salis, m. (n.)「塩」(→「波,海」)の単数・属格
 aere:第3変化・中性名詞aes, aeris, n「銅,青銅」(→「(銅製の)船首,舳先」)の単数・奪格
 ruebant:第3活用動詞ruo, ruere, rui, rutum「急いで進む」(自動詞)「せきたてる,転覆させる,持ち上げる」(他動詞)の直説法・能動相・未完了過去・3人称・複数.ここでは他動詞で「船首で波をかきわけ,しぶきをあげている」ことを意味している 

36行 (テクストへ

 cum:接続詞「〜する時」.ここでは2行上のvixと連動して「〜するや否や,すぐに・・」
 Iuno:第3変化・女性名詞Iuno, Iunonis, f.「女神ユノー」
 aeternum:第1・第2変化形容詞aetern-us, -a, -um「永遠の,永続する」の中性・単数・対格.「傷」を修飾
 servans:第1活用動詞servo, servare, servavi, servatum「保つ,保持する,持ち続ける」の現在分詞・女性・単数・主格.ユノーの副詞的同格
 sub:奪格支配の前置詞(対格支配の場合もある)「〜の下に」.「胸の下に」→「胸の中で」→「心の奥で」
 pectore:第3変化・中性名詞pectus, pectoris, n.「胸,心」の単数・奪格
 volnus:第3変化・中性名詞vulnus, vulneris, n.「傷」の単数・対格(volnus = vulnus)

37行 (テクストへ

 haec:指示代名詞hic, haec, hoc「これ」の中性・複数・対格.次に述べられている内容をさす
 secum:再帰代名詞の奪格+前置詞cum(〜とともに)の組み合わせ.人称代名詞と組み合わせる時は前につけて一語とする.ここでは「自分とともに」→「一人で」の意味で,次にlocutus est「話した」を補い,「自分とともに話した」→「独り言を言った」と考える
 mene:人称代名詞egoの対格+疑問文であることを示す小辞ne(別の語の後ろにつく).meは不定法desistereの主語となって対格・不定法構文を形成
 incepto:第2変化・中性名詞incept-um, -i, n.「企て,試み」の単数・奪格.奪格支配の動詞「やめる,あきらめる」の目的語になっている.
 desistere:奪格支配の第3変化第1形動詞desisto, desistere, destiti(目的分詞形なし)「やめる,断念する」の不定法・能動相・現在.ここの不定法は「感嘆の不定法」
 victam:第3変化第1形動詞vinco, vincere, vici, victum「勝つ,うち負かす,征服する」の完了分詞・女性・単数・対格.meの副詞的同格 

38行 (テクストへ

 nec:接続詞「A nec B」なら「AであってBでない」(前は肯定,後ろは否定),「nec A nec B」なら「Aでもなく,Bでもない」
 posse:sum動詞に準ずる不規則動詞possum, posse, posui(目的分詞形なし)「〜できる」(〜は不定法)の不定法・能動相・現在.ここでも「感嘆の不定法」
 Italia:第1変化・女性名詞Itali-a, -ae, f.「イタリア」の単数・奪格「イタリアから」(散文なら前置詞abが必要)
 Teucrorum:第1・第2変化形容詞Teucr-us, -a, -um「テウクロスの(子孫の)」の男性・複数が名詞化して「テウクロスの子孫たち=トロイア人」となり,その属格.テウクロスはダルダノスの義父でトロイア人の祖先の一人
 avertere:第3活用動詞averto, avertere, averti, aversum「そらす,方向転換させる」の不定法・能動相・現在.この不定違法はposseに支配されている.
 regem:第3変化・男性名詞rex, regis, m.「王」の単数・対格.「トロイア人の王」はここではアエネアスを指す. 

39行 (テクストへ

 quippe:副詞「確かに,本当に,もちろん」
 vetor:第1活用動詞veto,vetare, vetui, vetitum「禁ずる」(英語の「拒否権」の語源:ローマで護民官が「私は禁ずる」(veto)と言ったことに由来)の直説法・受動相・現在・1人称・単数
 fatis:第2変化・中性名詞fat-um, -i, n.「運命,定め」の複数・奪格.受動文の「行為者」を表す
 Pallasne:第3変化・女性名詞Pallas, Palladis, f.「パッラス=女神アテナ(ローマではミネルウァ)」の単数・主格+疑問文であることを明示する小辞-ne
 exurere:第3活用・第1形動詞exuro, exurere, exussi, exustum「焼き尽くす,焼き滅ぼす」の不定法・能動相・現在
 classem:第3変化女性名詞classis, classis, f.「船団,艦隊」の単数・対格

40行 (テクストへ

 Argivum:第1・第2変化形容詞Argiv-us, -a, -um「アルゴスの→ギリシアの」の男性・複数は名詞化して「ギリシア人」の意味になるが,その属格形Argivorumの古形と考える.deum = deorumの場合と同じ
 atque:等位接続詞「そして,〜と」
 ipsos:代名詞ipse, ipsa, ipsum「〜自身(の)」の男性・複数・対格.前の「ギリシア人たちの」を受けて,「ギリシア人たち自身を」
 potuit:不規則動詞possum, posse, potui(目的分詞形なし)「〜できる」(+不定法)の直説法・能動相・完了・3人称・単数
 submergere:第3活用・第1形動詞submergo(summergo), submergere, submersi, submersum「沈める」
 ponto:第2変化・男性名詞pont-us, -i「海」の単数・奪格.「海において」という意味の前置詞を省略して用いられている「場所の奪格」とGould & Whiteleyは言っているが,これは「海に」(沈める)という意味の与格ではいけないのだろうか

41行 (テクストへ

 unius:代名詞型変化(基本は第一・第二変化)形容詞un-us, -a, -um「(ただ)一つの」の男性・単数・属格(三性共通でこの形になるのが,このタイプの特徴.通常第二音節は長いが,短くても可で,ここでは短い.ウーニーウスではなくここではウーニウス).「一人の男の」という意味で使われているが,具体的には次に出てくる小アイアスを指している
 noxam:第1変化・女性名詞nox-a, -ae, f.「害悪,罪,不正,過ち」の単数・対格
 ob:対格支配の前置詞「〜ゆえに」
 et:等位接続詞「そして,〜と」
 furias:第1変化・女性名詞furi-a, -ae, f.「激怒,憤激,激情,狂気」の複数・対格.ここではトロイア落城の際にアテナ神殿で王女カッサンドラに暴行した涜神行為を「狂気」と言っている
 Aiacis:第3変化・男性名詞Aiax, Aiacis「(ギリシア語では)アイアス(ラテン語ではアイアクスもしくはアヤクス)」の単数・主格.ホメロスではアイアスには,サラミスの王で,テラモンの子アイアスと,ロクリスの王で,オイレウスの子アイアスがおり,体型によって前者を大アイアス,後者を小アイアスと称する.ここでは小アイアス
 Oilei:第2変化・男性名詞Oileus, Oilei, m.(属格の語尾-eiは二重母音と考え,1音節とする)「オイレウス」(ギリシア語でも「オイレウス」であり,オイレオスがラテン語風にオイレウスになったわけではないので,この変化は特殊ケースと考える).オ・イー・レイの3音節で五脚目の長・短・短の最後の「短」と六脚目の長・長を構成している

(試訳)
シチリアの地を離れ,トロイア人たちが嬉々として
帆を張って沖の海に出て,青銅の船首で波しぶきをたてると
ユノーは,胸の奥に永遠に消えない傷を残しながら,
一人呟いた.「私は人に屈して,わが意志をあきらめることになるのか.
トロイア人たちの王をイタリアから遠ざけることはできないのか.
なるほど運命が私に禁じているのだ.パラスはギリシア人の船団を
焼き,乗員達は海へと沈めることができたではないか.
ただ一人の罪,オイレウスの子アイアスの愚行ゆえのことだったが.