『アエネイス』講読
(第1巻254-260行)

テクスト
Olli subridens hominum sator atque deorum,
voltu, quo caelum tempestatesque serenat,          255
oscula libavit natae, dehinc talia fatur:
"parce metu, Cytherea: manent immota tuorum
fata tibi; cernes urbem et promissa Lavini
moenia, sublimemque feres ad sidera caeli
magnanimum Aenean; neque me sententia vertit.   260
                        (254-260行)


語彙
254行
255行
256行
257行
258行
259行
260行


(語彙)
254行 (テクストへ)

 Olli:指示代名詞ille, illa, illud「あの,あれ,その,それ」の三性共通の単数・与格illiの古形.ここではウェヌスを指し,「彼女に(対して)」
 subridens:第2活用動詞subrideo, subridere, subrisi, subrisum「笑う,微笑む」の現在分詞・男性・単数・主格.主語のsatorの副詞的同格
 hominum:第3変化・男性名詞homo, hominis, m.「人間」の複数・属格
 sator:第3変化・男性名詞sator, satoris, m. 「生みの親,父」
 atque:接続詞「〜と,そして」
 deorum:やや不規則な第2変化・男性名詞de-us, -i, m.「神」の複数・属格

255行 (テクストへ)

 voltu:第4変化・男性名詞vult(volt)-us, -us, m.「顔,顔つき,表情」の単数・奪格.関係代名詞以下で説明されているような「〜の表情で」
 quo:関係代名詞qui, quae, quodの男性・単数・奪格.先行詞はvoltu
 caelum:第2変化・中性名詞cael-um, -i, n.「天,空」の単数・対格
 tempestatesque:第3変化・女性名詞tempestas, tempestatis, f.「気候,嵐」の複数・対格+後接の接続詞-ue「〜と,そして」
 serenat:第1活用動詞seren-o, -are, -avi, -atum「静まらせる,晴れさせる,明るくする,晴朗にする」の直説法・能動相・現在・3人称・単数

256行 (テクストへ)

 oscula:第2変化・中性名詞oscul-um, -i, n.「小さな口,すぼめた口,キス」の複数・対格
 libavit:第1活用動詞lib-o, -are, -avi, -atum「触れる,触れさせる,味わう,差し出す,捧げる,与える」の直説法・能動相・現在・3人称・単数
 natae:第3活用第1形の形式受動相(能動相欠如)動詞nascor, nasci, natus sum「生まれる」の完了分詞・女性・単数・与格.ここでは名詞化して「娘」.ウェヌスの伝承は様々だが,「ユピテルの娘」とされることが多い
 dehinc:副詞「そこから,それから」
 talia:第3変化形容詞tal-is, -e「このような,これほどの,そのような,それほどの」の中性・複数・対格.ここでは「以下のこと」の意
 fatur:第1活用の形式受動相(能動相欠如)動詞for, fari, fatus sum「言う,語る」の直説法・受動相(意味は能動)・現在・3人称・単数.ここでは歴史的現在で意味は過去

257行 (テクストへ)

 parce:第3活用第1形動詞parco, parcere, peperci, (parsurus)「(奪格を目的語として)〜を容赦する,控える」の命令法・能動相・現在・2人称・単数.ここでは次の語と連動して「恐れるな,心配するな」という意味
 metu:第4変化・男性名詞met-us, -us, m.「恐れ,恐怖,心配,危惧,懸念」の単数・奪格
 Cytherea:第1・第2変化形容詞Cythere-us, -a, -um「キュテラ島の」の女性・単数・呼格.名詞化して「キュテラ島の女神」という意味だが,キュテラ島でアプロディテ(=ウェヌス)の祭祀が盛んだったことに由来する
 manent:第2活用動詞maneo, manere, manui, mansi, mansum「留まる,〜のままである」の直説法・能動相・現在・3人称・複数.主語は次行のfata
 immota:第1・第2変化形容詞immot-us, -a, -um「不動の,不変の」の中性・複数・主格.次行のfataの主格補語
 tuorum:第1・第2変化形容詞tu-us, -a, -um「あなたの,お前の」の男性・複数・属格.男性・複数形は名詞化して「お前の仲間,家族,一族,家来,部下,兵士」の意味になる.ここでは「お前の子アエネアスの仲間であるトロイア人たち」

258行 (テクストへ)

 fata:第2変化・中性名詞fat-um, -i, n.「運命,定め,宿命」の複数・主格
 tibi:2人称・単数の人称代名詞tu「あなた,お前」の与格.利害の与格,もしくは倫理的与格で「お前にとってためになることだが」というニュアンスを汲み取っても良いし,語調を整える(この後は短・短でも短・長でも良く,ここでは後者だが,その意味でも便利な語)ために添えられたと考えても良い.ユピテルがウェヌスに「私がお前のためにならないことをするはずがないだろう」と彼女にちゃんと関心を示している印だと思えば良い
 cernes:第3活用動詞cerno, cernere, crevi, cretum「分ける,分る,認識する,知る,確認する,知覚する,見聞きする」の直説法・能動相・未来・2人称・単数
 urbem:第3変化・女性名詞urbs, urbis, f.「町」の単数・対格
 et:接続詞「〜と,そして」
 promissa:第3活用第1形動詞promitto, promittere, promisi, promissum「約束する」の完了分詞・中性・複数・対格.ここでは形容詞化して「約束された,約束の」.次行のmoeniaを修飾
 Lavini:第2変化・中性名詞Lavini-um, -i, n.「(アエネアスが建設する町)ラウィニウム」の単数・属格Laviniiの短縮形.ラーウィーニイイーでは長・長・短・長となり,最初の最後の6脚目に3音節来ることになって都合が悪い.しかもここは最初の「ラー」は5脚目の長・短・短の最後の「短」にあたる部分なので,韻律の都合上ラウィーニイイーでなければならない.さらに,6脚目に長・短・長が来るのは,そもそもこの形は叙事詩では全く使えないクレティックという形なので,イイーがつまってイーになったと考える.したがって,ラウィーニーとなるのが,ここでは都合がよい.もっともラーウィーニウムは帝政期の詩ではラーウィーヌムという形もあるようなので,一歩進んで(?)第1音節を短いと考え,ラウィーヌムが町の名前と考えても良いかも知れない.訳では長音を用いない原則によって「ラウィニウム」としておく

259行 (テクストへ)

 moenia:複数形のみ使われる第2変化中性名詞moeni-a, -orum, n. pl.「城壁,城市,都市」の複数・対格
 sublimemque:第3変化形容詞sublim-is, -e「高い,崇高な」の男性・単数・対格+後接の接続詞-que「〜と,そして」.次行のAeneanに一致
 feres:不規則動詞fero, ferre, tuli, latum「運ぶ,産む,耐える,持ち上げる」の直説法・能動相・未来・2人称・単数
 ad:対格支配の前置詞「〜へと」
 sidera:第3変化・中性名詞sidus, sideris, n.「星」の複数・対格.ここでは星々の世界である天界を意味する
 caeli:第2変化・中性名詞cael-um, -i, n.「天,空」の単数・属格

260行 (テクストへ)

 magnanimum:第1・第2変化形容詞magnanim-us, -a, -um「心が大きい,勇気がある.豪勇無双の」の男性・単数・対格.接続詞無しで,Aeneanを修飾するsublimem(-queは2つの動詞を繋いでいる)と並用されているのは,こちらが叙事詩的なepithet(形容語,形容句)として「アエネアス」とセットにして用いられているからと考える.「豪勇無双」は「アエネアス」を直接形容詞,「高い」は副詞的同格として,「アエネアスを高いものととして,天界へと連れて行く」→「天の高みに登らせる」としておく
 Aenean:ギリシア語由来の第1変化・男性名詞Aene-as, -ae, m.「アエネアス」で,ラテン語形ならAeneamになるが,ギリシア語の第1変化・男性名詞の類推からこの形になる
 neque:接続詞「そして,〜しない」
 me:1人称・単数の人称代名詞ego「私」の対格
 sententia:第1変化・女性名詞sententi-a, -ae, f.「考え,判断,判定」の単数・主格
 vertit:第3活用第1形動詞verto, vertere, verti, versum「転ずる,変える,逆転する」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.「(いかなる)考えが(も)私を変えることはない」は「私の考えが変わることはない」

(試訳)
 人々と神々の父は彼女に微笑みかけながら,
天を晴朗にし,嵐を鎮める表情をしつつ,
娘に口づけをして,それから次のように語った.
「恐れるな,キュテラ島の女神よ.お前の息子たちの一党の定めは
全く揺るぎはしない.ラウィニウムの町に約束通り,城壁が聳えるのを
お前は見るだろう.そして,豪勇無双のアエネアスをお前は,天高く
星々の世界へと連れ行くことになる.私に心変わりはないのだ.
                                   (254-260行)