『アエネイス』講読
(第1巻223-233行)

テクスト
 Et iam finis erat, cum Iuppiter aethere summo
despiciens mare velivolum terrasque iacentis
litoraque et latos populos, sic vertice caeli         225
constitit, et Libyae defixit lumina regnis.
atque illum talis iactantem pectore curas
tristior et lacrimis oculos suffusa nitentis
adloquitur Venus: "o qui res hominumque deumque
aeternis regis imperiis, et fulmine terres,            230
quid meus Aeneas in te committere tantum,
quid Troes potuere, quibus, tot funera passis,
cunctus ob Italiam terrarum clauditur orbis? 
                        (223-233行)


語彙
223行
224行
225行
226行
227行
228行
229行
230行
231行
232行
233行


(語彙)
223行 (テクストへ)

 Et:接続詞「〜と,そして」
 iam:副詞「今や,すでに」
 finis:男性または女性の第3変化名詞fin-is, -is, mf.「終わり」の単数・主格
 erat:不規則動詞sum, esse, fui, (futurus)「〜がある,〜である」の直説法・能動相・未完了過去・3人称・単数
 cum:接続詞「〜した時に」
 Iuppiter:不規則な第3変化・男性の固有名詞Iuppiter, Iovis, m.「最高神ユピテル」(単数・属格の語幹をもとに通常の第3変化をするので,単数・主格のみ特殊)の単数・主格
  aethere:第3変化・男性名詞aether, aetheris, m.「天空の最上層の大気,エーテル,天空の最上層,天空」の単数・奪格
 summo:第1・第2変化形容詞alt-us, -a, -um「高い」の最上級summ-us, -a, -um「最高の,至高の」の男性・単数・奪格.「最高の天空」は「天空の最上部」を意味する

224行 (テクストへ)

 despiciens:第3活用第2形動詞despicio, despicere, despexi, despectum「見おろす」の現在・分詞・男性・単数・主格.前行のユピテルの副詞的同格
 mare:第3変化・中性名詞mare, maris, n.「海」の単数・対格.despiciensの目的語
 velivolum:第1・第2変化形容詞velivol-us, -a, -um「帆を張って駆ける」→「帆を張る船を通らせる」の中性・単数・対格.mareを修飾.おそらくエンニウスが造語して叙事詩,悲劇に用いたこの語をルクレティウス,オウィディウスが用いたが,ウェルギリウスは「船」ではなく「海」を修飾する語として用いた
 terrasque:第1変化・女性名詞terr-a, -ae, f.「陸地,大地」の複数・対格.despiciensの目的語+後接の接続詞-que「〜と,そして」
 iacentis:第2活用動詞iaceo, iacere, iacui, (iacturus)「横たわる,存在する」の現在分詞・女性・複数・対格.terrasを修飾

225行 (テクストへ)

 litoraque:第3変化・中性名詞litus, litoris, n.「岸辺,海岸」の複数・対格+後接の接続詞-que「〜と,そして」
 et:接続詞「〜と,そして」
 latos:第1・第2変化形容詞lat-us, -a, -um「広い,広きに渡る,広がっている,広く分布している」の男性・複数・対格.populosを修飾
 populos:第2変化・男性名詞popul-us, -i, m.「人々」.単数でも複数的な意味合いのこの語を複数で使っているのは「諸民族」と考える
 sic:副詞「このように,かくも」
 vertice:第3変化・男性名詞vertex, verticis, m.「渦,竜巻,頂」の単数・奪格
 caeli:第2変化・中性名詞cael-um, -i, n.「天,天空,天界,空」の単数・属格

226行 (テクストへ)

 constitit:第1活用動詞consto, constare, constiti, (constaturus)「しっかりと立つ,位置する」の直説法・能動相・完了・3人称・単数.主語はユピテル
 et:接続詞「〜と,そして,〜も」
 Libyae:第1変化・女性名詞Liby-a, -ae, f.「リュビア,リビア,北アフリカ」.regnisを修飾
 defixit:第3活用第1形動詞defigo, defigere, defixi, defixum「据える,向ける,結びつける」の直説法・能動相・完了・3人称・単数.主語はユピテル
 lumina:第3変化・中性名詞lumen, luminis, n.「光,光明,眼光,目」の複数・対格.ここでは「両目」
 regnis:第2変化・中性名詞regn-um, -i, n.「王権,王座,王国」の複数・与格

227行 (テクストへ)

 atque:接続詞「〜と,そして,さらに」
 illum:指示代名詞ille, illa, illud「あれ,それ,あの,その,かの」の男性・単数・対格.「かの者」はここでは「彼」で,ユピテルを指す.対格目的語を取る他動詞「話しかける」の直接目的語になっているので,対格に置かれている
 talis:第3変化形容詞tal-is, -e「このような,これほどの」の女性・複数・対格.行末のcurasを修飾
 iactantem:第1活用動詞iact-o, -are, -avi, -atum「投げる,巡らす」の現在分詞・男性・単数・対格.「彼=ユピテル」の説明的同格
 pectore:第3変化・中性名詞pectus, pectoris, n.「胸,心」の単数・奪格.前置詞無しの詩的表現である「場所の奪格」
 curas:第1変化・女性名詞cur-a, -ae, f.「心配,憂い,世話」の複数・対格.iacentemの目的語

228行 (テクストへ)

 tristior:第3変化形容詞trist-is, -e「悲しい,悲しんでいる」の比較級・女性・単数・主格.次行のウェヌスの副詞的同格
 et:接続詞「〜と,そして」
 lacrimis:第1変化・女性名詞lacrim-a, -ae, f.「涙」の複数・奪格
 oculos:第2変化・男性名詞ocul-us, -i, m.「目」の複数・対格
 suffusa:第3活用第1形動詞suffundo, suffundere, suffusi, suffusum「注ぐ,溢れ出させる」の完了分詞・女性・単数・主格.次行のウェヌスの副詞的同格.ウェヌスが「涙によって」「溢れ出させられた」「浸された」,すなわち「涙が溢れた」となるが,その際「目」が対格に置かれているのは,内的目的語もしくは「〜の点で」となる「関心の対格」すなわし「ギリシア語的対格」で,「両目の点で,涙が溢れた」は「両目から涙を溢れさせてウェヌスは」となる
 nitentis:第2活用動詞niteo, niterem nituim -「輝く」の現在分詞・男性・複数・対格.oculosを修飾

229行 (テクストへ)

 adloquitur:第3活用第1形の形式受動相(能動相欠如)動詞adloquor, adloqui, adlcutus sum「〜に語りかける」(「〜に」は与格ではなく対格の直接目的語)の直説法・受動相(意味は能動)・現在・3人称・単数.主語はウェヌスで,歴史的現在で意味は過去
 Venus:第3変化・女性名詞Venus, Veneris, f.「愛の女神ウェヌス,ヴィーナス」(ギリシアのアプロディテ)の単数・主格
 o:呼びかけの間投詞
 qui:関係代名詞qui, quae, quodの男性・単数・主格.先行詞は省略されているtu「あなた」
 res:第5変化・女性名詞res, rei, f.「もの,こと,諸事,万事,万物,森羅万象」の複数・対格
 hominumque:第3変化・男性名詞homo, hominis, m.「人間,人」の複数・属格+後接の接続詞-que「〜と,そして」
 deumque:不規則な第2変化・男性名詞de-usm -i, m.「神」の複数・属格+後接の接続詞-que「〜と,そして」.第3変化の類推から作られた形で,第2変化の複数・属格deorumもあり,意味は同じ.-que, -queは「〜も,〜も」

230行 (テクストへ)

 aeternis:第1・第2変化形容詞aetern-us, -a, -um「永遠の」の中性・複数・奪格.imperiisを修飾
 regis:第3活用第1形動詞rego, regere, rexi, rectum「支配する」の直説法・能動相・現在・2人称・単数
 imperiis:第2変化・中性名詞imperi-um, -i, n.「支配権」の複数.奪格
 et:接続詞「〜と,そして」
 fulmine:第3変化・中性名詞fulmen, fulminis, n.「雷,雷電,稲妻,電光」の単数・奪格.「手段の奪格」
 terres:第2活用動詞terreo, terrere, terrui, territum「恐れさせる,脅かす」の直説法・能動相・現在・2人称・単数

231行 (テクストへ)

 quid:疑問代名詞quis, quid「誰?,何?」の中性・単数・対格.副詞化して「何の点で,どんな」と考えても良いし,committereの内的目的語と考えても良い
 meus:1人称・単数の所有形容詞me-us, -a, -um「私の」の男性・単数・主格
 Aeneas:ギリシア語由来の第1変化・男性名詞Aene-as, -ae, m.「アエネアス」の単数・主格
 in:対格支配の前置詞「〜へと,〜に対して」
 te:2人称・単数の人称代名詞tu「あなた」の単数・対格
 committere:第3活用第1形動詞committo, committere, commisi, commissum「任せる,委ねる,罪を犯す」の不定法・能動相・現在.「何の点で,罪を犯す?」は「どんな罪を犯す?」となる
 tantum:第1・第2変化形容詞tant-us, -a, -um「これほどの,大変な」の中性・単数・対格が副詞化して「これほど大変に」となり,これが連動して「一体,どれほど大変などんな罪を犯す?」という意味になる

232行 (テクストへ)

 quid:疑問代名詞quis, quid「誰?,何?」の中性・単数・対格.副詞化して「何の点で,どんな」と考えても良いし,committereの内的目的語と考えても良い
 Troes:複数で用いられる第3変化・男性名詞Troes, Troum, m.pl.「トロイア人(たち)」の複数・主格
 potuere:不規則動詞possum, posse, potui, -「(不定法ともに)〜できる」の直説法・能動相・完了・3人称・複数potueruntの別形.主語はトロイア人だが,アエネアスも主語になっていると考える.その場合,potuitの省略と考えるか,「アエネアスとトロイア人たち」と考えるかは,どちらでも良いだろう.「一体アエネアスが,一体トロイア人たちが,これほどの結果を招くどんな罪を犯し得たというのでしょう?」
 quibus:関係代名詞qui, quae, quodの男性・複数・与格.先行詞は「トロイア人」だがアエネアスを含めて考えても良い
 tot:副詞もしくは不変化の形容詞「これほど(多くの)」
 funera:第3変化・中性名詞funus, funeris, n.「死」
 passis:第3活用第2形の形式受動相(能動相欠如)動詞patior, pati, passus sum「ひどい目に遭う,蒙る,甘受する」の完了分詞・男性・複数・奪格.quibusに一致

233行 (テクストへ)

 cunctus:第1・第2変化形容詞cunct-us, -a, -um「全ての,全部の」の男性・単数・主格.行末のorbisを修飾
 ob:対格支配の前置詞「〜の前に,〜ゆえに,〜に対して」
 Italiam:第1変化・女性名詞Itali-a, -ae, f.「イタリア」の単数・対格
 terrarum:第1変化・女性名詞terr-a, -ae, f.「大地」の複数・属格.orbis terrarumは現在なら「地球」を意味する「大地の円板,世界」
 clauditur:第3活用第1形動詞claudo, claudere, clausi, clausim「閉ざす,閉める,閉め出す」の直説法・受動相・現在・3人称・単数.主語はorbis
 orbis:第3変化・男性名詞orb-is, -is, m.「輪,円,円板,地球,世界」の単数・主格.

(試訳)
 ついに終わりの時が来ていた.ユピテルが至高の天から
帆船を走らせる海と横たわる大地,岸辺と言う岸辺と
世界に広がる諸民族を見おろし,天空の高みに
しっかりと立って,北アフリカの王国に両目を据えた時のことだ.
さらには,心中にかくも多くの憂いを思い巡らしている彼に対して,
常よりも悲しみに沈み,輝く両目に涙を溢れさせている
女神ウェヌスが語りかけた.「おお,人々に関しても,神々に関しても
永遠の支配権で万事を司り,電光で皆を怖れさせる神よ,
わが子アエネアスが,またトロイア人たちが一体にどんなに大それたことで,
あなたに対して罪を犯し得たと言うのでしょうか.彼らが多くの死の災いを蒙り,
彼らに対して全世界がイタリアへの道を閉ざしているのと言うは.」
                                   (223-233行)