『アエネイス』講読
(第1巻208-215行)

テクスト
 Talia voce refert, curisque ingentibus aeger
spem voltu simulat, premit altum corde dolorem.
illi se praedae accingunt, dapibusque futuris;          210
tergora deripiunt costis et viscera nudant;
pars in frusta secant veribusque trementia figunt;
litore aena locant alii, flammasque ministrant.
tum victu revocant vires, fusique per herbam
implentur veteris Bacchi pinguisque ferinae.           215
                        (208-215行)


語彙
208行
209行
210行
211行
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(語彙)
208行 (テクストへ)

 Talia:第3変化形容詞tal-is, -e「このような,これほどの」の中性・複数・対格.ここでは名詞化して「以上のこと,このようなこと」
 voce:第3変化・女性名詞vox, vocis, f.「声」の単数・奪格
 refert:不規則動詞refero, referre, rettuli, relatum「運ぶ,戻す,返す,報告する,述べる,関係づける」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.歴史的現在で意味は過去.主語はアエネアス
 curisque:第1変化・女性名詞cur-a, -ae, f.「憂い,心配,配慮,世話」の複数・奪格+後接の接続詞-que「〜と,そして」
 ingentibus:第3変化形容詞ingens, ingentis「大きな,巨大な」の女性・複数・奪格.直前の語を修飾
  aeger:第1・第2変化形容詞aeg-er, -ra, -rum「病んでいる」の男性・単数・主格.続く文の主動詞の主語アエネアスの副詞的同格.「〜なのに,〜にもかかわらず」と譲歩的に考える

209行 (テクストへ)

 spem:第5変化・女性名詞spes, spei, f.「希望」の単数・対格
 voltu:第4変化・男性名詞volt (vult)-us, -us, m.「顔色,表情」
 simulat:第1活用動詞simul-o, -are, -avi, -atum「似せる,まねる,装う」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.主語はアエネアス.歴史的現在で意味は過去
 premit:第3活用第1形動詞premo, premere, pressi, pressum「押す,圧する,押さえつける」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.主語はアエネアス.歴史的現在で意味は過去
 altum :第1・第2変化形容詞alt-us, -a, -um「高い,深い」の男性・単数・対格.doloremを修飾
 corde:第3変化・中性名詞cor, cordis, n.「心,心臓」の単数・奪格
 dolorem:第3変化・男性名詞dolor, doloris, m.「嘆き,悲しみ,苦しみ,苦痛,苦悩」の単数・対格

210行 (テクストへ)

 illi:指示代名詞ille, illa, illud「あれ,それ,あの,かの,その」の男性・複数・主格.「かの者たち」はここでは人称代名詞の代用で「彼ら」を意味し,トロイア人たちを指す
 se:動詞の主語と同じ人物を意味する再帰代名詞の複数・対格でトロイア人たち
 praedae:第1変化・女性名詞praed-a, -ae, f.「戦利品,略奪物,戦果,獲物」の単数・与格
 accingunt:第3活用第1形動詞accingo, accingere, accinxi, accinctum「巡らす,帯を締める,備える,結びつける」.再帰代名詞と与格名詞で,「与格名詞に自らを結びつける」→「与格名詞に専心する」,「与格名詞の準備をする」.主語はilliで,歴史的現在で意味は過去
 dapibusque:通常複数形で使われる第3変化名詞daps, dapis (dapes, dapium), f.「食料,食事」の複数・与格+後接の接続詞-que「〜と,そして」.ここでは-queは説明的で「未来の食事となる戦利品」
 futuris:不規則動詞sum, esse, fui, (futurus)の未来分詞の女性・複数・与格.dapibusを修飾して「未来の食事,後の食事,後に食料となるもの」

211行 (テクストへ)

 tergora:第3変化・中性名詞tergus, tergoris, 「背中,皮,獣皮」(第2変化・中性名詞terg-um, -i. n.に同じ)の複数・対格
 deripiunt:第3活用第2形動詞deripio, deripere, deripui, deriptum「奪い取る,取り去る,剥ぎ取る」の直説法・能動相・現在・3人称・複数.主語はilliで,歴史的現在で意味は過去
 costis:第1変化・女性名詞cost-a, -ae, f.「肋骨」の複数・奪格
 et:接続詞「〜と,そして」
 viscera:通常複数で用いられる第3変化・中性名詞viscus, visceris (viscera, viscerum), n.「肉,肉体,内臓」の複数・対格
 nudant:第1活用動詞nud-o, -are, -avi, -atum「裸にする,剥き出す」の直説法・能動相・現在・3人称・複数.主語はilliで,歴史的現在で意味は過去

212行 (テクストへ)

 pars:第3変化・女性名詞pars, partis, f.「部分,一部,一部の者たち」の単数・主格.単数・主格で主語になっているのに,動詞が3人称・複数で受けている.通常こういう場合は「一部の者たち」という意味から,pars, parsと連動して「ある者たちは〜で,またある者たちは〜」という英語のsome, someもしくはsome, othersという語法に対応している.ここではpars, aliiと連動して「ある者たちは〜で,また別の者たちは〜」,「〜する者たちもいれば,〜する者たちもいる」という意味合いだろう
 in:対格支配の前置詞「〜(の中)へと」
 frusta:第2変化・中性名詞frust-um. -i, n.「破片,一部,断片,かけら」の複数・対格
 secant:第1活用動詞sec-o, -are, -avi, -atum「切り分ける,切る,裂く」の直説法・能動相・現在・3人称・複数.主語はpars,歴史的現在で意味は過去
 veribusque:第4変化・中性名詞ver-u, -us, n.「串,焼き串」の複数・与格
 trementia:第3活用第1形動詞tremo, tremere, tremui, -「震える,揺れる」の現在分詞・中性・複数・対格.省略されている目的語「肉」visceraを修飾
 figunt:第3活用第1形動詞figo, figere, fixi, fixum「つける,刺す,結びつける」の直説法・能動相・現在・3人称・複数.主語はpars,歴史的現在で意味は過去

213行 (テクストへ)

 litore:第3変化・中性名詞litus, litoris, n.「岸辺,海岸,沿岸」の単数・奪格.「場所の奪格」で前置詞なしの詩的用法
 aena:第2変化・中性名詞aen-um, -i, n.「銅器,鍋」の複数・対格
 locant:第1活用動詞loc-o, -are, -avi, -atum「置く,設置する」の直説法・能動相・現在・3人称・複数.主語は次のaliiで,歴史的現在で意味は過去
 alii:代名詞型変化をする第1・第2変化形容詞ali-us, -a, -ud「他の(もの)」の男性・複数・主格.前行のparsと連動して「〜する者もあり,〜する者もいる」
 flammasque:第1変化・女性名詞flamm-a, -ae, f.「炎,火」の複数・対格+後接の接続詞-que「〜と,そして」
 ministrant:第1活用動詞ministr-o, -are, -avi, -atum「管理する,世話する」の直説法・能動相・現在・3人称・複数.主語はaliiで,歴史的現在で意味は過去

214行 (テクストへ)

 tum:接続詞「それから,その時,次に」
 victu:第4変化・男性名詞vict-us, -us, m.「生活手段,食料,食事」の単数・奪格
 revocant:第1活用動詞revoc-o, -are, -avi, -atum「呼び戻す,取り戻す」の直説法・能動相・現在・3人称・複数.主語はトロイア人たちで,歴史的現在で意味は過去
 vires:不規則な第3変化・女性名詞「力」(単数は主格と対格vim,奪格viのみ.複数はvires, viriumとなり通常の変化)の複数・対格
 fusique:第3活用第1形動詞fundo, fundere, fusi, fusum「注ぐ,散らす,投げる,広げる,生み出す」の完了分詞,もしくはそこから派生した第1・第2変化形容詞fus-us, -a, -um「広げられた,広がった」の男性・複数・主格+後接の接続詞-que「〜と,そして」.ここでは「広げられた」は「手足を広げて,伸ばして」と能動的に考え,主語のトロイア人の副詞的同格と考える
 per:対格支配の前置詞「〜を通って,からじゅうに」
 herbam:第1変化・女性名詞herb-a, -ae, f.「草,草地」の単数・対格.草の上に寝転んで手足を伸ばしている

215行 (テクストへ)

 implentur:第2活用動詞impleo, implere, implevi, impletum「満たす」の直説法・受動相・現在・3人称・複数.主語はトロイア人たちで,歴史的現在で意味は複数
 veteris:第3変化形容詞vetus, veteris「古い」の男性・単数・属格.次のBacciを修飾
 Bacchi:第2変化・男性名詞の固有名詞Bacch-us, -i, m.「葡萄酒の神バックス,ギリシアのディオニュソス,バッコス」の単数・属格.「バックス」は「葡萄酒」の意味で使われている.また通常奪格で表される「葡萄酒で」を属格で表しているのは韻律上の理由(形容詞がwetereで∪∪∪になるより,,veterisになって∪∪−となる方が好都合.「葡萄酒」はBacchiバッキーでも,Bacchoバッコーでも同じ)によるギリシア語(「奪格」が存在しないので,奪格の機能は属格もしくは与格が使われる)的表現
 pinguisque:第3変化形容詞pingu-is, -e「豊かな,肥えた,太った」の女性・単数・属格.次のferinaeを修飾
 ferinae:第1変化・女性名詞ferin-a, -ae, f.「野獣の肉,鹿の肉」の単数・属格

(試訳)
 このようにアエネアスは言ったが,大きな憂いに悩んでいたのに,
表情は希望を装い,心には深い悲しみを隠していた.
トロイア人たちはこれから食事の材料となる獲物に取り掛かり,
骨から皮を剥ぎ取り,肉を取り出した.
ある者たちは肉を細かく切って,まだ震えている肉を焼き串に刺し,
別の者たちは岸辺に鍋を置いて,火を点けた.
食事をすることで,彼らは力を取り戻し,草の上に手足を伸ばして,
美味なる古酒と豊かな鹿肉に満足した.
                                   (208-215行)