『アエネイス』講読
(第1巻 12−18行)

 この「会」を主催するにあたり,以下の注釈書を参考にします.

『アエネイス』全体
 R. D. Williams, The Aeneid of Virgil, London: Macmillan, 1972

第1巻
 R. G. Austin, P. Vergili Maronis Aeneidos Liber Primus, Oxford at the Clarendon Press, 1971
 H. E. Gould & J. L. Whitely, Vergil: Aeneid I, London: Macmillan, 1946, rept., Bristol: Bristol Classical Press, 1984

 上記以外の注釈書(セルウィウスの古注など)や参考書に関しては,参照したときその都度言及します.

(と,以前書いてあったのですが,既述の通り,現在海外にいて,ウィリアムズの注釈とロウブ旧版しかてもとにないので,基本的に参考にするのはその2冊のみです)

テクスト
 Urbs antiqua fuit (Tyrii tenuere coloni)
Karthago, Italiam contra Tiberinaque longe
ostia, dives opum studiisque asperrima belli;
quam Iuno fertur terris magis omnibus unam  15
posthabita coluisse Samo; hic illius arma,
hic currus fuit, hoc regnum dea gentibus esse,
si qua fata sinant, iam tum tenditque fovetque.
                         (12-18行)


語彙
12行
13行
14行
15行
16行
17行
18行

(語彙)

12行 (テクストへ

 urbs:第3変化・女性名詞(修飾している形容詞の形に注意.第3変化名詞の「性」は第1・第2変化形容詞が修飾したときはっきりすることが多い)urbs, urbis, f.「町,都市」の単数・主格.ここではカルタゴが主語で「古い町」は主格補語とも,「古い町」が主語で,カルタゴはそれを同格で説明し,「カルタゴという古い町があった」とも考えられる.後者の方が良いか.
 antiqua:第1・第2変化形容詞 antiqu-us, -a, -um「古い,昔の」の女性・単数・主格.当時,女王であったディドーが建設者でもあるので「いにしえの」というのは矛盾しているようだが,「古格を備えた,立派な」町という意味合いと,詩人もしくは読者の視点から「いにしえの」という意味合いが考えられる.
 fuit:不規則動詞 sum, esse, fui, (futurus)(英語のbe動詞)の直説法・能動相・完了・3人称・単数
 Tyrii:第1・第2変化形容詞 Tyri-us, -a, um「テュルス(テュロス)の,フェニキアの」(テュルスはシドンとともにフェニキアを代表する都市で,カルタゴの女王ディドーはテュルスの出身)の男性・複数・主格
 tenuere:第2活用動詞 teneo, tenere, tenui, (tentum)「保つ,保持する,所有する,支配する」の直説法・能動相・完了・3人称・複数 tenueruntの別形
 coloni:第2変化・男性名詞 colon-us, -i, m.「植民者」の複数・主格

13行 (テクストへ

 Karthago:第3変化・女性名詞 Karthago, Kartaginis, f.「カルタゴ(北アフリカの都市)」(通常Carthagoの綴りが多い)(カルターゴー)
 Italiam:第1変化・女性名詞 Itali-a, -ae「イタリア」の男性・単数・対格.対格支配の前置詞contraに支配されている
 contra:副詞の場合もあるがここでは対格支配の前置詞.「〜に向かって,〜の反対側,〜の対岸に」ここでは地中海をはさんで「対岸」という意味
 Tiberinaque:第1・第2変化形容詞 Tiberin-us, -a, -um「ティベリス河の」の中性・複数・対格+-que(そして).次行の ostia を修飾.
 longe:第1・第2変化形容詞 long-us, -a, -um「長い」から作られた副詞(ロンゲー)「遙か遠くに」

14行 (テクストへ

 ostia
  第2変化・中性名詞 osti-um, -i, n.「河口」の複数・対格.ここでは「単数の変わりの複数」(plural for singular)(まさかティベリス河の河口が幾つもある・・実際には幾つもあるだろうが・・からではないだろう).後世(共和制,帝政の時代),ローマの外港として有名なオスティアは「河口」という語が由来であろう.
 dives:第3変化形容詞 dives, divitis「豊かな,裕福な」の女性(カルタゴの副詞的同格)・単数・主格.この形容詞は属格を支配し,「〜で豊かな,〜が豊富な,〜に溢れた」という意味になる.
 opum:第3変化・女性名詞 ops, opis, f.「力,権力,助力」の複数・属格.この語は複数形で「富,財産」の意味になる.
 studiisque:第2変化・中性名詞 studi-um, -i, n.「努力,熱意,勤勉,勉学,研究」の複数・奪格+-que.ここでは「戦争への熱意,情熱,戦意」
 asperrima:第1・第2変化形容詞 asper, aspera, asperum「荒々しい,残酷な,峻厳な」の最上級・女性・単数・主格(カルタゴの副詞的同格)
 belli:第2変化・中性名詞 bell-um, -i, n.「戦争」の単数・主格

15行 (テクストへ

 quam:関係代名詞の女性・単数・対格.先行詞は「都市」もしくは「カルタゴ」関係文中の動詞 coluisse,tenditque fovetqueの目的語
 Iuno:第3変化・女性名詞 Iuno, Iunonis, f.「女神ユノー」(ユーノー)の単数・主格(もちろん単数しかない)
 fertur:重要な不規則動詞fero, ferre, tuli, latum「運ぶ,耐える,生む」の直説法・受動相・現在・3人称・単数.この形で,英語のit is said,they sayの意味となり,「〜と言われていいる,〜と言う話だ」の意味になる.不定法構文を支配している.
 terris:第1変化・女性名詞「大地」の複数・奪格.「場所」を示す奪格.前置詞inが省略されていると考えても良い.「全ての」と結びついて,「全世界において」「世界中で」の意
 magis:副詞「より多く,さらに」
 omnibus:第3変化形容詞 omn-is, -e「全ての」の複数・奪格.terris を修飾.
 unam:第1・第2変化形容詞(ただし代名詞型変化)un-us, -a, -um「(ただ)一つの」の女性・単数・対格.カルタゴを修飾して,「ただカルタゴだけを」

16行 (テクストへ

 posthabita:第2変化動詞 posthabeo, posthabere, posthabuisse, posthabitum「より低く評価する」の完了分詞・女性・単数・奪格
 coluisse:第3変化動詞 colo, colere, colui, cultum「世話をする,耕す,住む,保護する,愛する」の不定法・能動相・完了
 Samo:第2変化・女性名詞 Sam-us, -i, f.「サモス島」(「島」の名前は第2変化でも女性名詞)(ユノーの神殿で有名)
 hic:ここでは副詞(ヒーク)で,次の行の同じ語と連動して「こちらには〜,こちらには・・」(〜もあるし,・・もある)の意
 illius:指示代名詞 ille, illa, illudの三性共通の単数・属格形で,ここでは女性でユノーを受ける
 arma:第2変化・中性名詞で複数のみで使われる arm-a, -orum, n. pl.「武器,武具」の対格

17行 (テクストへ

 hic:前行のhicと連動
 currus:第4変化・男性名詞 curr-us, -us, m.「(古代の)二輪馬車,戦車」の単数・主格
 fuit:不規則動詞 sum, esse, fui, (futurus)(英語のbe動詞)の直説法・能動相・完了・3人称・単数
 hoc:指示代名詞 hic, haec, hoc「これ」の中性・単数・対格.ここではカルタゴを受けるので女性形になるべきだが,同格補語の「王権,王国」が中性であることを念頭に,代名詞も中性形となっている.行末のesseの主語
 regunum:第2変化中性名詞 regn-um, -i, n.「王権,王国,権力」の単数・対格
 dea:第1変化・女性名詞 de-a, -ae, f.「女神」の単数・主格
 gentibus:第3変化・女性名詞 gens, gentis,f.「種類,種族,家族,一族,部族,民族」の複数・与格「諸民族にとって」
 esse:不規則動詞 sum, esse, fui, (futurus)(英語のbe動詞)の不定法・能動相・現在

18行 (テクストへ

 si qua:「もし何らかの」
 fata:第2変化・中性名詞 fat-um, -i, n.「運命,定め」の複数・主格
 sinant:第3活用第1形動詞 sino, sinere, sivi, situm「〜させる,許す,認める」
 iam tum:「すでに」と「その時」の組み合わせで「最初から」の意味となる
 tenditque:第3活用・第1形動詞 tendo, tendere, tetendi, tentum「伸ばす,提供する,努める,意図する」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.この現在形はいわゆる「歴史的現在」で「完了」と同じ意味になる.-que, -queは「〜も,・・も」
 fovetque:fovetは第2活用動詞 foveo, fovere, fovi, fotum「暖める,大事にする」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.これも「歴史的現在」.ここでは「望む,切望する」くらいの意味と考える.

(試訳)
いにしえの町カルタゴは,フェニキアのテュロスからの植民者たちの
支配下にあり,イタリアはティベリス河の河口の遙か向こうにあったが,
そこは豊かな富に溢れ,戦意においても並ぶ者なく決然としていた.
この町を女神ユノーは,サモス島をも下位に位置づけ,全世界で最も
寵愛したと言われている.そこにはユノーの武具も,戦車も奉献されており,
女神は,運命さえ許すならば,この町こそが全世界の民族に
君臨することを初めから企図し,切望していたのだった.