『アエネイス』講読
(第1巻177-183行)

テクスト

tum Cererem corruptam undis Cerealiaque arma
expediunt fessi rerum, frugesque receptas
et torrere parant flammis et frangere saxo.
 Aeneas scopulum interea conscendit, et omnem   180
prospectum late pelago petit, Anthea si quem
iactatum vento videat Phrygiasque biremis,
aut Capyn, aut celsis in puppibus arma Caici.

                        (177-183行)


語彙
177行
178行
179行
180行
181行
182行
183行


(語彙)
177行 (テクストへ)

 tum:副詞「その時,それから」
 Cererem:第3変化・女性名詞Ceres, Cereris, f.「穀物の女神ケレス,ギリシア神話の女神デメテル(デーメーテール大地の母)のラテン語名」の単数・対格.比喩的表現で「穀物」の意味に使われている
 corruptam:第3活用動詞corrumpo, corrumpere, corrupi, corruptum「壊す,砕く,堕落させる,賄賂で買収する」の完了分詞・女性・単数・対格.Cereremを修飾
 undis:第1変化・女性名詞und-a. -ae, f.「波,流れ,水」の複数・奪格.受動文で行為者を表す奪格,もしくは手段の奪格で,前の完了分詞を修飾
 Cerealiaque:第1・第2変化形容詞Cereali-us, -a, -um「ケレスの,穀物の」の中性・複数・対格+後接の接続詞-que「〜と,そして」.armaを修飾
 arma:複数で使われる第2変化・中性名詞arm-a, -orum, n.pl「武器,道具」の対格.「ケレスの道具,穀物の道具」とは「碾き臼」を意味するだろう

178行 (テクストへ)

 expediunt:第4活用動詞exped-io, -ire, -ivi, -itum「放出する,解放する,取り出す,整理する,準備する」の直説法・能動相・現在・3人称・複数.歴史的現在.主語は172行のトロイア人たちを受ける「彼ら」
 fessi:第1・第2変化形容詞fess-us, -a, -um「疲れた,倦んだ」の男性・複数・主格.主語の「彼ら」の説明的同格.「疲れた」原因は属格で示される(ギリシア語の「原因,起源」の属格)
 rerum:第5変化・女性名詞res, rei, f.「もの,こと」の複数・属格.複数形で「諸事,万物,運の変転,運勢」の意味で使われる
 frugesque:第3変化・女性名詞frux, frugis, f.「収穫,果実,成果,穀物」の複数・対格+後接の接続詞-que「〜と,そして」(
 receptas:第3活用第2形動詞recipio, recipere, recepi, receptum「受け取る,拾い出す,選り抜く,保証する」の完了分詞・女性・複数・対格.frugesを修飾

179行 (テクストへ)

 et:接続詞「〜と,そして」
 torrere:第2活用動詞torreo, torrere, torrui, tostum「乾かす,焙る,煎る,焼く,火にかける」の不定法・能動相・現在
 parant:第1活用動詞par-o, -are, -avi, -atum「用意する,整える,〜しようとする」の直説法・能動相・現在・3人称・複数.歴史的現在.主語は172行のトロイア人たちを受ける「彼ら」
 flammis:第1変化・女性名詞flamm-a, -ae, f.「炎,火」の複数・奪格
 et:接続詞「〜と,そして」
 frangere:第3活用第1形動詞frango, frangere, frexi, fractum「砕く,壊す,碾く」の不定法・能動相・現在
 saxo:第2変化・中性名詞sax-um, -i, n.「石,岩」の単数・奪格

180行 (テクストへ)

 Aeneas:主格と呼格のみギリシア語形の語尾を持つ第1変化・男性名詞Aene-as, -ae, m.「アエネアス」の単数・主格
 scopulum:第2変化・男性名詞scopul-us, -i, m.「岩,崖,断崖」の単数・対格
 interea:副詞「その間」
 conscendit:第3活用第1形動詞conscendo, conscendere, conscendi, conscensum「登る」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.歴史的現在.主語はAeneas
 et:接続詞「〜と,そして」
 omnem:第3変化形容詞omn-is, -e「全ての」の男性・単数・対格.次行のprspectumを修飾

181行 (テクストへ)

 prospectum:第4変化・男性名詞prspect-us, -us, m.「眺め,見通し,眺望,展望」の単数・対格
 late:副詞「広く」
 pelago:第2変化男性型の中性名詞pelag-us, -i, n.「海洋,海」(複数はない.呼格,対格は主格と同形)の単数・奪格.前置詞なしで使われる詩的用法「場所の奪格」
 petit:第3活用第1形動詞peto, petere, petivi, petitum「求める,探す」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.歴史的現在.主語はAeneas
 Anthea:ギリシア語に由来する固有名詞Anthe-us(アンテウース)のギリシア語形対格アンテア.属格がAnthei(アンテイー)の場合はラテン語の第2変化男性型の変化.属格Antheos(アンテオス)の場合はギリシア語の第3変化に準じてこの形になると考えられる
 si quem:接続詞「もし〜ならば,かどうか」とsiの後では不定代名詞aliquis, aliquid「誰か,何か」の代りに用いられるquis, quid,もしくは形容詞形のqui, quae, quodで,主格の場合が「もし誰か〜する者があるならば」となるが,この場合対格なので,「アエネアスが誰かがいるのを〜するならば」となり,さらに「誰かある者」が形容詞的に使われていて,全体として大体「誰かアンテウスのような者が風に弄ばれているのが(アエネアスに)見えはしないか,と」アエネアスは探し求めた,というような意味になる

182行 (テクストへ)

 iactatum:第1活用動詞iact-o, -are, -avi, -atum「投げる,揺らす」の完了分詞・男性・単数・対格.前行のAntheaの説明的に同格
 vento:第2変化・男性名詞vent-us, -i, m.「風」の単数・奪格.受動文での行為者の奪格
 videat:第2活用動詞video, videre, vidi, visum「見る」の接続法・能動相・現在・3人称・単数.前行のsiで導かれる従属文の中で,事実と言うよりもアエネアスの期待,不安と言った主観を表しているので,接続法が使われている
 Phrygiasque:第1・第2変化形容詞Phrygi-us, -a, -um「プリュギアの,トロイアの」の女性・複数・対格.biremisを修飾
 biremis:第3変化形容詞birem-is, -e「2つの櫂の,2層の漕ぎ席のついた」が女性名詞化した「二段櫂船」の複数・対格

183行 (テクストへ)

 aut:接続詞「〜か,あるいは」
 Capyn:ギリシア語の固有名詞から来たCapys, Capyos (Capyis), m.「1.アッサラコスの子でアンキセスの父/2.アエネアスの家臣」の単数・対格.ここでは2の人物.単数・属格が-osならギリシア語の,-isならラテン語の第3変化名詞.Capynはギリシア語形の対格.ギリシア語の第3変化の場合,対格が-aで終わるものと,-nで終わるものがあり,これに約音する場合が加わると若干複雑だが,この場合はpekys, pekyos, m.「腕」(ペーキュス)と同じ(田中美知太郎,松平千秋『ギリシア語入門』§662)と考えれば良い
 aut:接続詞「〜か,あるいは」
 celsis:第1・第2変化名詞cels-us, -a, -um「高い」の女性・複数・奪格.puppibusを修飾
 in:奪格支配の前置詞「〜に,〜において,〜の中で」
 puppibus:第3変化・女性名詞pupp-is, -is, f.「船尾,艫,船」の複数・奪格
 arma:複数で使われる第2変化・中性名詞arm-a, -orum, n.pl「武器,道具」の対格.ウィリアムズによれば「船首に飾ってある武具」とのことだが,この場合この文の「船尾」と「船首」の矛盾はないのだろうか,あるいは通常武威を示すために船首に掲げてある武具が,波風に曝されて船尾にまで移動し,本来高くなっている船尾が,傾きでさらに高くなっているイメージなのだろうか.そもそも「船尾」も「船首」,「竜骨」同様,部分で全体を意味する「提喩」(synecdoche)という比喩表現で「船」全体も表すので,「高く聳える大きな船」もしくは「船の高くなったところ」という意味で使っているのであろうか.可能性は様々考えられるが,「高く聳える船尾にカイクスの武具を」と解しておく.
 Caici:第2変化・男性名詞Caic-us, -i, m.「アエネアスの家臣カイクス(カイークス)」の単数・属格

(試訳)
それから,彼らは運の変転に疲れていたが,波で打撃を受けた穀物と,
碾き臼を取り出し,食料となるものを選び出し,
火で焙って,石で砕く準備をした.
 アエネアスはその間,断崖を攀じ登り,広く海の方に
全ての眺望を求めた.風に流されているアンテウスらしき者や,
トロイアの二段櫂船の船団が,あるいはカピュスが,あるいは
船尾に高く掲げられたカイクスの武具が見えないかと期待してのことだ.
                                   (177-183行)