『アエネイス』講読
(第1巻108-112行)

テクスト
tris Notus abreptas in saxa latentia torquet
(saxa vocant Itali, mediis quae in fluctibus, Aras,
dorsum immane mari summo), tris Eurus ab alto 110
in brevia et syrtis urget (miserabire visu)
inliditque vadis atque aggere cingit harenae.
                           (108-112行)


語彙
108行
109行
110行
111行
112行

(語彙)

108行 (テクストへ

 tris:数形容詞「3」の女性・対格.明示されていない目的語「船」(naves または navis・・複数・対格)を修飾
 Notus:第2変化・男性名詞Not-us, -i, m.「南風」の単数・主格
 abreptas:第3活用第2形動詞abripio, abripere, abripui, abreptum「奪い取る,奪い去る」の完了分詞・女性・複数・対格.明示されていない「船」を修飾
 in:対格支配の前置詞「〜へと」
 saxa:第2変化・中性名詞sax-um, -i, n.「岩」の複数・対格
 latentia:第2活用動詞lateo, latere, latui, -「隠れている」の現在分詞・中性・複数・対格.「岩」を修飾
 torquet:第2活用動詞torqueo, torquere, torsi, torsum「回転させる(が原義だが,槍を投げるとき紐を巻き付けるなどして回転させ,勢いをつけて投げることから以下の意味にもなる),投げる」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.主語は南風.「南風が三艘の船を奪い去って,それを見えない岩へと放り投げた」
109行 (テクストへ

 saxa:上の行参照.
 vocant:第1活用動詞voc-o, -are, -avi, -atum「呼ぶ,称する」
 Itali:第1・第2変化形容詞Ital-us, -a, -um「イタリアの」の男性・複数・主格で,民族名の形容詞の男性・複数は名詞化して「〜人」となるので,ここでは「イタリア人(たち)」
 mediis:第1・第2変化形容詞medi-us, -a, -um「真ん中の,中間の」の男性・複数・奪格.「波」を修飾.「中間の波」はラテン語では「波間」の意味になる
 in:奪格支配の前置詞「〜において,〜の中で」
 fluctibus:第4変化・男性名詞fluct-us, -us, m.「波,洪水,潮」の複数・奪格
 Aras:第1変化・女性名詞ar-a, -ae, f.「祭壇」の複数・対格.固有名詞扱いなので,大文字で書き始めている(もちろんそうしたのは校訂者で,原作者ではない)

110行 (テクストへ

 dorsum:第2変化・中性名詞dors-um, -ii, n.「(山の)尾根,背,隆起部」の単数・対格.前行の「岩」を同格的に説明している
 immane:第3変化形容詞imman-is, -e「巨大な」の中性・単数・対格.dorsumを修飾
 mari:第3変化・中性名詞mare, maris, n.「海」の単数・奪格(-i幹なので,この形で奪格).前置詞なしで「〜で,〜において」を意味する奪格の詩的用法
 summo:第1・第2変化形容詞super-us, -a, -um「上の,表面の」の最上級summ-us, -a, -um「最上の,最高の,表面の」の中性・単数・奪格.「最も高い海→海の最も高いところ→海面」
 tris:数形容詞「3」の女性・対格.明示されていない目的語「船」(naves または navis・・複数・対格)を修飾
 Eurus:第2変化・男性名詞Eur-us, -i, m.「東風(の神)」の単数・主格
 ab:奪格支配の前置詞「〜から」
 alto:第1・第2変化形容詞alt-us, -a, -um「高い,深い」の中性形が名詞化し「深み,深海」の意味になっていると考える.中性・単数・奪格

111行 (テクストへ

 in:対格支配の前置詞「〜へと」
 brevia:第3変化形容詞brev-is, -e「短い」の中性・複数・対格.ここでは名詞化して「浅瀬」
 et:等位接続詞「〜と,そして」
 syrtis:第3変化・女性名詞syrt-is, -is, f.「砂洲」の複数・対格
 urget:第2活用動詞urgeo, urgere, ursi, -「駆り立てる」の直説法・能動相・現在・3人称・単数
 miserabile:第3変化形容詞miserabil-is, -e「哀れな,惨めな,無惨な」の中性・単数・主格.括弧内挿入(パレンテシス)になっているのは,直接何らかの名詞を受けるのではなく,(作品中で)眼前に展開される光景が「見るも無惨」ということであろう
 visu:第2変化動詞video, videre, visi, visum「見る」の目的分詞・第2形(形容詞や副詞を修飾し「〜するのに・・・」という意味)「見るのに無惨」→「見れば無惨」→「見るも無惨」

112行 (テクストへ

 inliditque:第3活用第1形動詞inlido (illido), inlidere (illidere), inlisi (illisi), inlisum (illisum)「打ちつける」の直説法・能動相・現在・3人称・単数+等位接続詞-que「〜と,そして」
 vadis:第2変化・中性名詞vad-um, -i, n.「浅瀬,水辺,砂洲,流れ」の複数・与格
 atque:等位接続詞「〜と,そして」
 aggere:第3変化・男性名詞agger, aggeris. m.「堆積,土塊,堤,防柵,砦」の単数・奪格
 cingit:第3活用第1形動詞cingo, cingere, cinxi, cinctum「取り囲む,包み込む,防御する」の直説法・能動相・現在・3人称・単数
 harena:第1変化・女性名詞haren-a (aren-a), -ae, f.「砂,砂浜,競技場」の単数・属格

(試訳)
 三艘の船を北風が奪い去って,隠れていた岩へと投げつけ
(イタリア人たちは,波間にあったその岩を「祭壇」と呼んでおり,
海の表面に突き出した巨大な岩礁であった),三艘の船を東風が海底から
持ち上げるようにして,浅瀬と砂洲のある方へと押し流し(見るも無惨な光景だ),
浜辺に打ち付け,砂の山で取り囲んだ.
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