『アエネイス』講読
(第1巻90-101行)

テクスト
intonuere poli, ex crebris micat ignibus aether,     90
praesentemque viris intentant omnia mortem.
extemplo Aeneae solvuntur frigore membra;
ingemit et duplicis tendens ad sidera palmas
talia voce refert: "O terque quaterque beati,
quis ante ora patrum Troiae sub moenibus altis     95
contigit oppetere! O Danaum fortissime gentis
Tydide! mene Iliacis occumbere campis
non potuisse tuaque animam hanc effundere dextra,
saevus ubi Aeacidae telo iacet Hector, ubi ingens
Sarpedon, ubi tot Simois correpta sub undis      100
scuta virum galeasque et fortia corpora volvit!"
                                 (90-101行)


語彙
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(語彙)

90行 (テクストへ

 intonuere:第1活用動詞inton-o, -are, -ui, -「雷を鳴らせる,(雷鳴が)轟かせる」の直説法・能動相・完了・3人称・複数intonueruntの代用形
 poli:第2変化・男性名詞pol-us, -i, m.「地軸,天極,天空」の複数・主格
 ex:奪格支配の前置詞「〜から」.ここでは理由や原因を表している
 crebris:第1・第2変化形容詞creb-er, -ra, -rum「厚い,濃い,濃密な,頻繁な」の男性・複数・奪格
 micat:第1活用動詞mic-o, -are, -ui, -「輝く,きらめく,またたく」の直説法・能動相・現在・3人称・単数
 ignibus:第3変化・男性名詞ign-is, -is, m.「火,炎,光」の複数・奪格
 aether:第3変化・男性名詞aeter, aetheris, m.「(普通の天のさらに上層にあると仮想された)天,エーテル天,(普通の意味での)天空」の単数・主格

91行 (テクストへ

 praesentemque:第3変化形容詞praesens, praesentis「現存する,目の前にある,目前に迫っている」の女性・単数・対格+等位接続詞-que「〜と,そして」
 viris:やや変則的な第2変化・男性名詞vir, viri, m.「男」の複数・与格
 intentant:第1活用動詞intent-o, -are, -avi, -atum「〜を(脅迫的に)つきつける」の直説法・能動相・現在・3人称・複数
 omnia:第3変化形容詞omn-is, -e「すべての」の中性・複数・主格.ここでは名詞化(代名詞化?)して「(それら)すべてのもの」(もしくは明示されていない主語「それら」の副詞的同格)
 mortem:第3変化・女性名詞mors, mortia, f.「死」の単数・対格

92行 (テクストへ

 extemplo:副詞「即座に」
 Aeneae:ギリシア語系の外来語に基づく第1変化・男性名詞Aeneas (Aenea), Aeneae, m.「アエネアス」の単数・属格
 solvuntur:第3活用第1形動詞solvo, solvere, solvi. solutum「ゆるめる,ほどく,解放する,自由にする,力をぬけさせる」の直説法・受動相・現在・3人称・複数.主語は「四肢」
 frigore:第3変化・中性名詞frigus, frigoris, n.「寒さ,寒気,冷気,悪寒」
 membra:第2変化・中性名詞membr-um, -i, n.「手足,部位,(複数で)四肢」の複数・主格

93行 (テクストへ

 ingemit:第3活用・第1形動詞ingem-o, -ere, -ui, -itum「(〜に関して)嘆く」の直説法・能動相・現在・3人称・単数
 et:等位接続詞「〜と,そして」
 duplicis:第3変化形容詞duplex, duplicis「二重の,二つ一組の」の女性・複数・対格.duplicesと同じ.「手のひら」を修飾
 tendens:第3活用第1形動詞tendo, tendere, tetendi, tendum (tensum)「伸ばす,向ける,差し出す」の現在分詞・男性・単数・主格.文の主語アエネアスの副詞的同格
 ad:対格支配の前置詞「〜の方へと」
 sidera:第3変化・中性名詞sidus, sideris, n.「星,(複数で)星々=天」の複数・対格
 palmas:第1変化・女性名詞palam-a, -ae, f.「手のひら,掌」の複数・対格.掌を逆さにして天に向けるのは,古代の祈りの定法

94行 (テクストへ

 talia:第3変化形容詞tal-is, -e「このような」の中性・複数・対格.ここでは「以上のようなこと」
 voce:第3変化・女性名詞vox, vocis, f.「声」の単数・奪格.「声で」=「声に出して」
 refert:第3活用第1形を基本とする不規則動詞refero, referre, rettuli, relatum「返す,報告する,告知する,語る,述べる」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.主語はアエネアス.歴史的現在
 o:感嘆を表す間投詞
 terque:副詞「三重に,三倍に」+等位接続詞-que「〜と,そして」
 quaterque:副詞「四重に,四倍に」+等位接続詞-que「〜と,そして」
 beati:第1・第2変化形容詞beat-us, -a, um「幸福な」の男性・複数・主格

95行 (テクストへ

 quis:関係代名詞,qui, quae, quodの男性・複数・与格quibusの代用形(したがって発音はクィース).先行詞が代名詞の場合は省略される(「幸福な」を主格補語とする主語の代名詞が省略されている)
 ante:対格支配の前置詞「〜の前で」
 ora:第3変化・中性名詞os, oris, n.「顔,口」の複数・対格
 patrum:第3変化・男性名詞pater, patris, m.「父」の複数・属格
 Troiae:第1変化・女性名詞Troi-a, -ae, f.「トロイア」の単数・属格
 sub:奪格支配の前置詞「〜の下で」
 moenibus:複数で使われる第2変化・中性名詞moeni-a, -orum, n.pl.「城壁」の奪格
 altis:第1・第2変化形容詞alt-us, -a, -um「高い」の中性・複数・奪格

96行 (テクストへ

 contigit:第3活用第1形動詞contingo, contingerem contigi, contactum「触れる,握る,到着する,接する,(自動詞)(+与格)〜に・・ということ(不定法など)が生じる,起こる」の直説法・能動相・完了・3人称・単数.主語は直後の不定法
 oppetere:第3活用第1形動詞oppeto, oppetere, oppetivi, oppetitum「出会う,蒙る,死ぬ」の不定法・能動相・現在
 o:呼びかけの間投詞
 Danaum:複数で使われる第2変化・男性名詞Dana-i, -orum, m.pl.「ダナオイ人=ギリシア人」の属格の古形
 fortissime:第3変化形容詞fort-is, -e「強い」の最上級fortissim-us, -a, -umの男性・単数・呼格
 gentis:第3変化・女性名詞gens, gentis, f.「民族,部族」の単数・属格

97行 (テクストへ

 Tydide:ギリシア語系の固有名詞(第1変化・男性名詞)Tydides, Tydidae, m.「テュデウスの息子=ディオメデス」の呼格(韻律上「テューディーデー」という発音になるが,ギリシア語の父称テューデイデースの呼格に拠っているためで,語源的根拠を持つ)
 mene:人称代名詞ego「私」の対格+疑問を表す小辞-ne
 Iliacis:第1・第2変化形容詞Iliac-us, -a, -um「イリオン=トロイアの」の男性・複数・奪格
 occumbere:第3活用第1形動詞occumbo, occumbere, occubui, occubitum「倒れる,死ぬ」の不定法・能動相・現在
 campis:第2変化・男性名詞camp-us, -i, m.「野,平原,戦場」の複数・奪格(前置詞無しで場所を表す詩的用法)

98行 (テクストへ

 non:否定の副詞
 potuisse:不規則動詞possum, posse, potui, -「(+不定法で)(〜することが)できる」の不定法・能動相・完了
 tuaque:第1・第2変化の所有形容詞tu-us, -a, -um「あなたの」の女性・単数・奪格(「右手」を修飾)+等位接続詞-que「〜と,そして」
 animam:第1変化・女性名詞anim-a, -ae, f.「心,魂,命」
 hanc:指示代名詞hic, haec, hoc「これ,この」の女性・単数・対格.「命」を修飾.「この命」=「私の命」
 effundere:第3活用第1形動詞effundo, effundere, effudi, effusum「注ぎだす,こぼす,失う,捨てる」の不定法・能動相・現在
 dextra:第1・第2変化形容詞dext-erm, -ra, -rum「右の」の女性・単数・奪格.女性形は名詞化して「右手,(単に)手」

99行 (テクストへ

 saevus:第1・第2変化形容詞saev-us, -a, -um「残酷な」の男性・単数・主格.ヘクトルを形容する言葉としてはやや奇異だが,彼の勇猛さが強調されていると考える
 ubi:場所を表す関係副詞
 Aeacidae:ギリシア語系の固有名詞(第1変化・男性名詞)Aeacides, Aeacidae, m.「アイアコスの子(子孫)」の単数・属格.アイアコス(アエアクス)の子がペレウス.ペレウスと女神テティスの子がギリシア一の英雄アキレウス(アキレス).ここではアキレウスのことを言っている
 telo:第2変化・中性名詞tel-um, -i, n.「槍」の単数・奪格
 iacet:第2活用動詞iaceo, iacere, iacui, -「横たわる,倒れる,死ぬ」の直説法・能動相・現在・3人称・単数.主語はヘクトルで歴史的現在(意味は過去)
 Hector:第3変化・男性名詞Hector, Hectoris, m.「(トロイア一の英雄)ヘクトル」
 ingens:第3変化形容詞ingens, ingentis「大きな」の男性・単数・主格

100行 (テクストへ

 Sarpedon:第3変化・男性名詞Sarpedon, Sarpedonis, m.「サルペドン:ユピテル(ゼウス)とエウロパの子で,リュキアの王.トロイア戦争でギリシア方のパトロクルス(パトロクロス)に殺された」の単数・主格
 tot:不変化の形容詞「(これほど)(きわめて)多くの」.次行の「楯,兜,死体」を修飾
 Simois:第3変化・女性名詞Simois, Simoentis, f.「シモイス川:トロイア地方のスカマンデル(スカマンドロス)川の支流」の単数・主格
 correpta:第3活用・第2形動詞corripio, corripere, coppipui, correptum「捕らえる,掴む,集める」の完了分詞・中性・複数・対格.文法的には「楯」と「死体」のみを修飾するが,意味的には「兜」(女性・複数・対格)をも修飾
 sub:奪格支配の前置詞「〜の下に」
 undis:第1変化・女性名詞und-a, -ae, f.「波,水,流れ」の複数・奪格

101行 (テクストへ

 scuta:第2変化・中性名詞scut-um, -i, n.「楯」の複数・対格
 virum:viris:やや変則的な第2変化・男性名詞vir, viri, m.「男」の複数・属格virorumの古形
 galeasque:第1変化・女性名詞gale-a, -ae, f.「兜」の複数・対格+等位接続詞-que「〜と,そして」
 et:等位接続詞「〜と,そして」
 fortia:第3変化形容詞fort-is, -e「強い」の中性・複数・対格.「死体」を修飾
 corpora:第3変化・中性名詞corpus, corporis, n.「体→死体」の複数・対格
 volvit:第3活用第1形volvo, volvere, volui, volutum「ころがす」の直説法・能動相・現在・3人称・単数

(試訳)
天空は雷鳴を轟かせ,数多くの稲妻で上空が輝き渡って,
あらゆるものが男たちに目前に迫る死をつきつけている.
たちまちにしてアエネアスの四肢は悪寒で力を失ってしまう.
彼は嘆き,両の掌を星々へと伸ばし,声を発して
言った.「おお,三倍も,四倍も幸福だったのだ,
トロイアの高い城壁のもと,父親たちの眼前で,死の運命に
出会った者たちは.おお,ギリシア民族の中で最強の男,
ディオメデスよ,おまえの右手によって私が,イリオンの
戦場で命を失うことができればよかったのだ.そこでは,
勇猛なヘクトルがアキレウスの槍に倒れ,見事な体格の
サルペドンが打ち倒され,シモイス河が,その波の下に,
兵士たちの数多くの楯,兜,勇者の死体を流した.」
                                 (90−101行)