『アエネイス』講読
(第1巻 1-7行)

 テクストは英語対訳付きの Loeb Classical Library版が入手しやすいので,それを用います.注釈書は折を見て紹介します.ロウブ版は改定が施された新版が出ましたが今手元に旧版しかないので,旧版に従います.

 日本語訳は,泉井久之助訳が岩波文庫等で出ましたが,『アエネイス』の良さを伝えきれていないので皆さんには紹介しません.しかし,泉井訳は五七調・七五調にこだわった響きを気にせず虚心坦懐に読むとかなり正確に訳されていますので,参照するのは良いと思います.

 岡道夫先生のご遺稿の未完部分を高橋宏幸さんが訳したものが,京都大学学術出版会から出ました.労作です.是非,参照してください.値段ははりますので,買えない人は図書館で.

 英訳はあまたありますが,詩人 C. Day Lewisのものが Oxford University Pressの The World Classicsというペーパーバックのシリーズにありますので,とりあえず必要な人はそれをどうぞ.古くはサリー伯爵,ドライデンあたりから,いずれ少しずつ紹介します.(と,以前書いたのですが,現在在外研究でてもとにある本が少ないので,これは帰国後の課題とします)

 長音は通常は学習時に長母音の上に横棒(macronマクロン/メイクロン)を付しますが,このページでは表示できませんので,必要な場合にはその代用として長母音には下線を付します.「ラテン語入門」のページでは一部の例外を除き,この方式を採用していますが,このページはある程度以上のラテン語の学習経験を前提にしており,母音の長短(これは古典ラテン語では大変重要)の情報が必要な場合は各自辞書で確かめてもらうこととして,長音表示は原則として省略します.学習段階を終えると,長音記号は使いませんし,もともと古代ローマにはなかったものですから,順次慣れて行きましょう.

テクスト
 Arma virumque cano, Troiae qui primus ab oris
Italiam fato profugus Laviniaque venit
litora ? multum ille et terris iactatus et alto
vi superum, saevae memorem Iunonis ob iram,
multa quoque et bello passus, dum conderet urbem  5
inferretque deos Latio; genus unde Latinum
Albanique patres atque altae moenia Romae.
                           (1-5行)


語彙
1行
2行
3行
4行
5行
6行
7行

(語彙)

名詞:
 単数・主格と単数・属格を示す.m.は男性名詞,f.は女性名詞,n.は中性名詞.複数で使われる名詞にはpl.と併記する.

形容詞:
 単数・主格を男性,女性,中性と並記.男女同形の場合は男性(=女性),中性と並記.単数・主格が三性とも同形の場合は名詞と同様,男性・単数・主格と属格を並記し,第3変化であることを示す.

動詞:
 直説法・能動相・現在・1人称・単数
 不定法・能動相・現在
 直説法・能動相・完了・1人称・単数
 目的分詞
を並記.能動相欠如動詞(形式受動相動詞)の場合は
 直説法・受動相・現在・1人称・単数
 不定法・受動相・現在
 直説法・受動相・完了・1人称・単数
を並記する.

1行 テクストへ

 arma:複数形で用いられる第2変化・中性名詞 arm-a, -orum, n. pl.「武器,武具」→「戦争」の対格.
 virum:第2変化・男性名詞 vir, viri, m.「男,夫,英雄」の単数・対格.少しだけdominusなどと違うので注意が必要だが,違うのは要するに単数の主格と呼格のみなので,そこだけ両方ともvirとして,後はdominusに準じて変化表を作って見れば良くわかる.
 cano:第3活用第1形動詞cano, canere, cecini, cantum「歌う」の直説法・能動相・現在・1人称・単数
 -que:接続詞「〜と」A B-que = A et B
 Troiae:第1変化・女性名詞 Troi-a, -ae, f.「トロイア」の単数・属格
 qui:関係代名詞 qui, quae, quod の男性・単数・主格.次行の動詞 venitの主語.先行詞は virum
 primus:第1・第2変化形容詞 prim-us, -a, -um「第一の」の男性・単数・主格ここでは,主語の副詞的同格として「(彼が)初めて」
 ab:奪格支配の前置詞 a, ab, abs「〜から」
 oris:第1変化・女性名詞 or-a, -ae, f.「岸辺」の複数・属格.ここでは前置詞と結びついて「岸辺から」

2行 (テクストへ

 Italiam:第1変化・女性名詞 Itali-a, -ae, f.「イタリア」の単数・対格.ここでは,ここでは前置詞なしで「方向」を示し,「イタリアへと」という意味になっている.
 fato:第2変化・中性名詞 fat-um, -I, n.「運命,定め」の単数・奪格で,「定めによって」という意味になっている.
 profugus:第1・第2変化形容詞 profug-us, -a, -um「逃亡している,亡命している」の男性・単数・主格.動詞venitの主語の副詞的同格で「亡命者として」くらいの意味に考える.名詞化して「亡命者」考えてもよいが,その場合でも解釈は同じ.
 Lavinia:第1・第2変化形容詞 Lavini-us, -a, -um「ラウィニウムの」の中性・複数・対格.「海岸」(litora)を修飾.ラウィニウムは主人公アエネアスが後にラティヌス王の娘,ラウィニアと結婚して作る都市国家(の原型?)の名前で,ここでは「イタリアの」とか「ラティウムの」と考えても良い.
 venit:第4活用動詞 venio, venire, veni, ventum「来る」の直説法・能動相・完了・3人称・単数.マクロンがないと能動相・3人称・単数は現在(ウェニト)でも,完了(ウェーニト)でも見た目は同じに見えるが,ここは韻律上から言っても完了のウェーニトである.

3行 (テクストへ

 litora:第3変化・中性名詞 litus, litoris, n.「岸辺,海岸」の複数・対格.ここでは先の「イタリア」同様,方向「〜へと」を示す前置詞adなしでその意味を表す詩的用法.
 multum:第1・第2変化形容詞 mult-us, -a, -um「多数の,多量の」の中性・単数・対格が副詞化して「大いに,非常に,大変」
 ille:指示代名詞ille, illa, illud 「あれ,それ,あの,その」の男性・単数・主格.ここでは「彼,その人」の意味でアエネアスを指す.
 et…et…:〜も〜も(both A and B)
 terris:第1変化・女性名詞 terr-a, -ae, f.「大地」の女性・複数・奪格.ここでは場所を示す前置詞inなしで同じ意味を表す詩的用法と考え,後の部分と連動して「大地においても,海においても」「陸でも海でも」の意味.複数形は詩では単数の代わりに使われることもある(plural for singular)し,逆も可能である(singular for plural).
 iactatus:第1活用動詞 iacto, iactare, iactavi, iactatum「投げる,揺さぶる,打つ」の完了分詞・男性・単数・主格.ここでは「彼」(アエネアス)の副詞的同格で,(彼は海でも陸でも神々の力に)「打たれて」(「もてあそばれて」だと訳し過ぎか?)くらいの意味.
 alto:第1・第2変化形容詞 alt-us, -a, -um「高い,深い」の中性・単数・奪格.ここでは「深い」という意味から中性形が名詞化して「海」(それもずっと沖の方で「大海原」)の意味になる(英語のthe deep).

4行 (テクストへ

 vi:不規則的な第3変化・女性名詞vis, viris,f.「力」の単数・奪格.「〜の力によって」(手段の奪格)
 superum:第1・第2変化形容詞 super-us, -a, -um「上の,高い,至高の」の男性・複数形は「至高の者たち=神々」になるが,この形は複数・属格superorumの古形(cf. deum=deorum).この複数・属格の形はウェルギリウスでは多用される.
 saevae:第1・第2変化形容詞 saev-us, -a, -um「残酷な,残忍な」の女性・単数・属格.ユノーを修飾.
 memorem:属格支配の第3変化形容詞 memor, memoris「(〜を)覚えている,忘れない」の女性・単数・対格で,ここでは「怒り」を修飾して,属格目的語は取らず,「執念深い」くらいの意味.
 Iunonis:第3変化・女性名詞 Iuno, Iunonis「女神ユノー」の単数・属格「ユノーの」.
 ob:対格支配の前置詞.「〜の前」という意味と「〜故に」という意味があり,ここでは後者.
 iram:第1変化・女性名詞 ir-a, -ae, f.「怒り」の単数・対格.

5行 (テクストへ

 multa:第1・第2変化形容詞 mult-us, -a, -umの中性・複数・対格「多くのことを」で後の完了分詞 passusの目的語.
 quoque:副詞「〜もまた」次のet belloと連動して「戦争においてもまた」
 bello:第2変化・中性名詞 bell-um, -i, n.「戦争」の単数・奪格.前置詞inないで「〜において」を表す詩的用法.
 passus:形式受動相動詞(能動相欠如動詞)(deponent verb) patior, pati, passus sum「被る,蒙る,ひどい目に遭う,許す」の完了分詞・男性・単数・主格で,意味は能動.目的語を取っているので他動詞として使われている.主語のアエネアスの副詞的同格.
 dum:従属文を導く接続詞.従属文中の動詞が直説法の場合は「〜している間」(while),接続法の場合は「〜するまで」(until)と思えば良い.ここでは後者.
 conderet:第3活用第1形動詞 condo, condere, condidi, conditum「打ち立てる,建設する」の接続法・能動相・未完了過去・3人称・単数.主語はアエネアス(自明なので明示していない).
 urbem:第3変化・女性名詞urbs, urbis「町,都市」の単数・対格.

6行 (テクストへ

 inferret:第3活用動詞 infero, inferre, intuli, illatum「運ぶ,持ち込む」の接続法・能動相・未完了過去・3人称・単数.主語はアエネアス.
 deos:やや例外的な変化も見られる第2変化・男性名詞 de-us, -i, m.「神」の複数・対格「神々を」
 Latio:第2変化・中性名詞「ラティウム」(地名)の単数・予格「ラティウムに」
 genus:第3変化・中性名詞genus, generis, n.「生まれ,種族,種類」の単数・主格.
 unde:疑問副詞「どこから」は関係副詞にもなる.ここでは関係副詞で「そこから」.先行詞は前行の「町,都市」
 Latinum:第1・第2変化形容詞「ラティウムの」.「種族」を修飾し,全体として「ラテン人」(場合によっては→「ローマ人」)の意になると思われる.

7行目 (テクストへ

 Albani:第1・第2変化形容詞 Alban-us, -a, -um「アルバの」の男性・複数・主格.「父たち」を修飾.「アルバ」はアエネアスの息子ユルス・アスカニウスが後に建国する都市で,その王族の子孫からローマの建国者ロムルスが出る.
 patres:第3変化・男性名詞 pater, patris, m.「父」の複数・主格.ここでは「父祖」の意味で使われている.
 atque:「そして」「・・と・・」
 altae:第1・第2変化形容詞 alt-us, -a, -um「高い,深い」の女性・単数・属格.ここでは「高い」で「ローマ」を修飾するが,文法的制約を超えて,意味的に「城壁」を修飾すると考えても良いと思われる(transferred epithet).
 moenia:複数形を代表とする第三変化・中性名詞 moenia, moenium, n., pl.「城壁」,「都市」.
 Romae:第一変化・女性名詞 Roma, Romae, f.「ローマ」の単数・属格.

(試訳)
戦争と,かの英雄を私は歌う.その人こそは,最初にトロイアの
岸辺から定めによって亡命の身となり,イタリアはラウィニウムの
海岸へと至り,神々の力で,陸でも海でも大変な難儀を蒙ったし,
残忍な女神ユノーの執念深い怒りの故に,
戦争でも多大な苦難を味わったが,都市を建設し,
ラティウムの地へと祖神を移したのだ.そこにこそ,ラテンの民も,
アルバの町の父祖たちも,高くそびえるローマの城壁も起源を持つのだ.