「ラテン語入門」(第1講)
1.ラテン語の基礎知識 2.「マニフィカト」本文 3.文字の読み方 4.動詞の活用
1.ラテン語の基礎知識
(1)ラテン語はインド・ヨーロッパ語族(以下,印欧語)に属し,英語などヨーロッパの大多数の諸言語やイラン,インドの諸語と共通の祖先を持つとされ,その祖先をインド・ヨーロッパ祖語(印欧祖語)と称する.
(2)言語は一般的に,
屈折語(inflectional language)
膠着語(agglutinative language 日本語,韓国・朝鮮語,モンゴル語,トルコ語など)
孤立語(isolating language中国語など)
に分類されるが,印欧語は屈折語である.
(3)屈折語の特徴は,
動詞の活用(conjugation)
名詞・代名詞・形容詞の変化(格変化) (declension) である.
⇒基本は「語幹+語尾」で語尾を変化(活用と変化)させる
(4)動詞は人称(1人称・2人称・3人称)と数(単数・複数)で,語尾が変化(この講座では一応「活用」と称する)する.
(5)ラテン語
古代ローマの言語(伝説的なローマ建国は紀元前8世紀だが,学校で習うラテン語は紀元前1世紀から紀元後1世紀くらいの時代のもの)
中世には学問・文化の面での共通語 |
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2.「マニフィカト」本文
以下のテクストをヒントにまず文法の骨格を学ぶことにする.バッハの宗教曲「マニフィカト」で有名だが,元来は『新約聖書』「ルカによる福音書」の中にある(1章46節−55節)「マリアによる神への賛歌」である.
以下,便宜的に太字はアクセントのある母音,下線は長母音を表すことにする(通常,学習時には.「長音」は母音の上にマクロンもしくは英語読みでメイクロン横棒macronを付して示す)
Magnificat anima mea Dominum:
et exultavit spiritus meus in Deo salutari meo.
Quia respexit humilitatem ancillae suae:
ecce enim ex hoc beatam me dicent omnes generationes.
Quia fecit mihi magna qui potens est:
et sanctum nomen ejus.
Et mesericordia ejus a progenie in progenies
timentibus eum.
Fecit potentiam in brachio suo:
dispersit superbos mente cordis sui.
Deposuit potentes de sede,
et exaltavit humiles.
Suscepit Israel puerum suum,
recordatus misericordiae suae.
Sicut locutus est ad patres nostros,
Abraham, et semini ejus in saecula. |
参考のため,日本聖書協会の『新共同訳 聖書』から該当個所を引用する.こちらは当然ギリシア語原文から訳されたものなので,あくまでも「参考」.
わたしの魂は主をあがめ,
わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます.
身分の低い,この主のはしためにも
目を留めてくださったからです.
今から後,いつの世の人も
わたしを幸いな者というでしょう,
力ある方が,わたしに偉大なことをなさいましたから.
その御名は尊く,
その憐れみは代々に限りなく,
主を畏れる者に及びます.
主はその腕で力を振るい,
思い上がる者を打ち散らし,
権力ある者をその座から引き降ろし,
身分の低い者を高く上げ,
飢えた人を良い物で満たし,
富める者を空腹のまま追い返されます.
その僕イスラエルを受け入れて,
憐れみをお忘れになりません,
わたしたちの先祖におっしゃったとおり,
アブラハムとその子孫に対してとこしえに. |
(以前の授業で配布した資料では,ここにギリシア語原文があるが,ここでは省略)
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3.文字の読み方
発音は長いラテン語の歴史を考えると時代によって違うことは容易に想像されるが,古典語の発音は16世紀の思想家で人文学者のエラスムスが推定した方式に概ね従っている.宗教音楽などで歌われる場合やカトリック教会での発音とは若干異なっているが,いわゆる「ローマ字読み」で発音することにする.
アクセントは「高低アクセント」(pitch accent)であるとされるが,こだわらないことにする.強弱アクセント(stress
accent)のように,アクセントある箇所を意識的に強く読んで構わない.
このテクストを一文ずつ文法的に読解しながら,ラテン語習得に必須の「動詞の活用」と「名詞の変化」を中心に学んで行く.まず1行目から.
Magnificat anima mea Dominum: |
幸いなことに第一文が最初に学ぶべき基本的文法事項を含んでいるので,学んで行く.
まず,最初の単語だが,宗教音楽の場合は「マニフィカト」(多分イタリア語式)と発音しますが,古典のラテン語では「マグニフィカト」.ラテン語では書いてある字は全て読む.ローマ字読みで十分(なにせローマの字だから).アルファベットは基本的に英語と同じですが,幾つか注意すべき点のみここに挙げる.文字の読み方は近代語の読み方に対応させて例えば
A |
a |
アー |
B |
b |
ベー |
C |
c |
ケー |
D |
d |
デー |
E |
e |
エー |
F |
f |
エフ |
G |
g |
ゲー |
H |
h |
ハー |
I |
i |
イー |
J |
j |
上に同じ |
K |
k |
カー |
L |
l |
エル |
M |
m |
エム |
N |
n |
エヌ |
O |
o |
オー |
P |
p |
ペー |
Q |
q |
クー |
R |
r |
エル |
S |
s |
エス |
T |
t |
テー |
U |
u |
下に同じ |
V |
v |
ウー |
X |
x |
イクス |
Y |
y |
ユー |
Z |
z |
ゼータ |
のように発音して覚えることはできる.近代語の場合はアルファベットを覚えることで,その言語の特徴をある程度つかむことできるので,その暗誦は必須の場合も多いと思うが,ラテン語では特にその必要はないだろう.普段の授業では文字は日本式の英語名称を用いて,誤解を招きそうな場合は注意を喚起することで対応している.LとRは日本語の表記上同じになってしまうが,前者は舌を上顎につけて発音,後者は舌を上顎につけず場合によっては巻き舌をすることにしている.
1 |
cは全て[k]の音になる.gも全て[g]の音になる.例外はない. |
2 |
kは特殊な場合しか使わない(月の最初に日kalendae(カレンダエ:カレンダーの語源). |
3 |
i と j,u と v は本来それぞれ同じ文字です.ここでは参考書(大西英文,『はじめてのラテン語』,講談社現代新書)にあわせて両方使う.それぞれ前者(iとu)は母音,後者(jとv)は子音として扱います.後者はjが「ヤ行」,vが「ワ行」の子音を表すと考える. |
4 |
sは絶対に濁らない(ドイツ語のように語頭,イタリア語のように母音間の場合有声化する,というようなことは古典のラテン語では一切ない). |
5 |
yはラテン語では母音である.この点は日本のローマ字と違うので注意.「ユ」という感じの発音で,母音なので長音「ユー」にもなる. |
6 |
wはない(英語の double u,フランス語の double v でわかるように,u,vにあたる文字を二つ重ねて後から作られたもの). |
7 |
ch,ph,thはギリシア語のχ,φ,θに対応し,主としてギリシア語からの外来語に用いられ,古典語の伝統に従って,それぞれ[k],[p],[t]の音ともに息の音が入るとされる.実際上は区別するのは難しいので,日本語で文字表記するときはそれぞれカ行,パ行,タ行と同じ表記になる.たとえば,philosopiaはピロソピアと表記するが,ギリシア語の気息音も時代によって違うことは容易に想像されるので,英語や現代ギリシア語のようにフィロソフィアと発音してもも差し支えない. |
その他ありますが,以上の諸点に気をつければまず大丈夫.
問題はアクセントですが,これは次回分のページで説明する.基本的に後ろから2番目か3番目の音節にアクセントがある.
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4.動詞の活用
ともかく,今回で第一文だけでも文法を.
で,maginificatだが,これは動詞.ラテン語では語順は基本的に自由なので,動詞が文頭に来ても全然不自然ではない.ラテン語の動詞はほとんどが規則動詞です.ただし動詞の活用が英語にくらべるとおぼえることが多いので,一見難しいが(実も難しい)法則を飲み込めば,非常に規則的.
ラテン語の規則動詞は4つに分類されますが,事実上5つと考えるとわかりやすい.
|
|
第1活用 |
amo, amare, amavi, amatum
(アモー,アマーレ,アマーウィー,アマートゥム) |
第2活用 |
moneo, monere, monui, monitum
(モネオー,モネーレ,モヌイー,モニトゥム) |
第3活用
第1形 |
rego, regere, rexi, rectum
(レゴー,レゲレ,レークスィー,レクトゥム |
第3活用
第2形 |
capio, capere, cepi, captum
(カピオー,カペレ,ケーピー,カプトゥム) |
第4活用 |
audio, audire, aidivi, auditum
(アウディオー,アウディーレ,アウディーウィー,アウディートゥム) |
それぞれ,この講座で基本動詞として扱うものの,4つの基本形(次回説明)を表示した.今後,わずらわしく思われるかも知れないが,動詞を説明するときには,この基本形を踏まえることにする.
第二番目の赤字で書いた部分が「不定法・能動相・現在」という形で,これによって第1から第4までのグループに分類される.第3活用は第1形と第2形ではかなり違うが,不定法・能動相・現在がエレで終わるので,同じ第3活用に分類される.
第1文の最初の語magnificatは第1活用動詞です.ですから,amo(※)と同じ活用をします.
※ちなみにラテン語では,動詞を辞書で引くとき,近代語のように不定法で引くのではなく,「直説法・現在・能動相・1人称・単数」(私は〜する)という形で引く
(日本語の中に挿入したラテン語に「太字」,「下線」の処理を施すと,行替わりが起こったりするので,このような場合は文字のみを書く)
★amoの活用
1人称・単数:amo(アモー)(私は愛する)
2人称・単数:amas(アマース)(あなたは愛する)
3人称・単数:amat(アマト)(彼,彼女は愛する)
1人称・複数:amamus(アマームス)(私たちは愛する)
2人称・複数:amatis(アマーティス)(あなたがたは愛する)
3人称・複数:amant(アマント)(彼らは愛する)
|
単数 |
複数 |
1人称 |
amo |
amamus |
2人称 |
amas |
amatis |
3人称 |
amat |
amant |
同様にmagnifico, magnificare, magnificavi, magnificatumの直説法・現在・能動相の活用は
1人称・単数:magnifico(マグニフィコー)(私はあがめる)
2人称・単数:magnificas(マグニフィカース)(あなたはあがめる)
3人称・単数:magnificat(マグニフィカト)(彼,彼女はあがめる)
1人称・複数:magnicamus(マグニフィカームス)(私たちはあがめる)
2人称・複数:magnificatis(マグニフィカーティス)(あなたがたはあがめる)
3人称・複数:magnificant(マグニフィカント)(彼らはあがめる)
|
単数 |
複数 |
1人称 |
magnifico |
magnificamus |
2人称 |
magnificas |
magnificatis |
3人称 |
magnificat |
magnificant |
となります. したがって,第1文冒頭のmagnificatは動詞の直説法・能動相・現在・3人称・単数の形で「〜があがめる」という意味だということがわかる.主語である「〜」が何かは次回説明します.
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第1文の説明は第2講に続きます.
練習:
1.動詞「歌う」canto, cantare, cantavi, cantatum を直説法・現在・能動相で活用させなさい.
(動詞の表記に慣れるためにあえて,この形で示したが,本文の
「愛する」amo, amare, amavi, amatum
と同じタイプの活用をすることが推測できれば,それで良い.したがって,本文最後の「愛する」のam-の部分を「歌う」のcant-に変えれば,それで「直説法・能動相・現在:〜する」の活用は完成する)
2.動詞「祈る」oro, orare, oravi, oratumを直説法・現在・能動相で活用させなさい.
(1と同じで,基本形の二つ目に-are(アーレ)で終わる不定法が来るので,第1活用だから,「愛する」のam-の部分をor-変えれば良い)
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